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第19話 乳兄弟なんていらなかった


 二~三歳くらいになってくると子供ってめっちゃ動き出す。

 男の子ならなおさらだ。

 今まで身近に子供がいなかったので、俺はケルビンの成長を驚きとともに見守っていた。


 自分自身はどうなんだって言われても、俺は規格外だからなぁ。

 なぜかすでに家庭教師がいるし、ローズもしつけに厳しい。こんな幼児って他にいる? 普通、三歳って通わせてもヤマハくらいじゃない?


 ケルビンはお母さんっ子で甘えん坊なのでローズにくっついてよく俺の部屋に遊びに来たがる。

 だけど、俺とは仲が悪いのだ。


 ついさっきまで車輪のついた馬のおもちゃで遊んでたかと思ったのに、ちょっと目を離した隙に俺の隣に立っている。

 そして俺が勉強に使っている石筆を取り上げようとしてきたりする。


「あっ! ケルビン!」

「ケルもおえかきしゅるー」


 俺やローズが止める暇もない。俺の背丈に合わせて低く作られた勉強机に身を乗り出して、石盤にぐちゃぐちゃと落書きし始める。


「返せよ」


 なんとか穏便に済ませられないかと手を差し出してみるが、ケルビンはプイと横を向くばかりだ。


「やー。これ、ケルのー」

「こらっ、ケルビン! ルーカス様はお絵描きしているわけではないのですよ!」

「やー、いやーっ!」


 ローズがスッ飛んで来てケルビンから石筆を取り上げようとするが、しっかりと掌に握り込んで離そうとしない。

 石筆って意外と弱いからな。無理に取り上げたらボキボキに折れてしまうので、ローズも取り戻すのに一苦労している。


「ローズ、もういいよ。僕は本を読むから。ケルビンには好きにさせといて」


 大きく嘆息して椅子に座り直す。このまま無理やりやめさせて、機嫌を損ねたケルビンに大泣きされるのは避けたい。


「甘やかすのはケルビンの教育上、良くありません」

「そうは言ってもさー」


 こいつ、思い通りにならないと飽きもせず何時間でも泣き続けるからな。できればあの絶叫は聞きたくない。俺が弱い者いじめしてるみたいな気分になってくる。

 実際は被害をこうむってるのは俺なのにな。


 ローズは厳しいし、旦那さんは子育てに口出すタイプじゃないし、兄二人だってやんちゃだからケルビンには優しくないはずなのに、どうしてこんな甘ったれに育ったんだろう?

 王宮で暮らしてるからいけないのかな。


 俺は大してわがままも言わないし、自分でできる事をしてしまうので侍女たちには物足りないようだ。

 今、城にいる幼児は俺とケルビンだけなので、自然と侍女たちの関心はケルビンに向かうのだ。


 俺だって可愛いメイドさんたちにちやほやされたいのに……。

 子供らしくするって難しいんだよな。

 幼稚な喋り方するのは恥ずかしいし。


 隣ではまだローズとケルビンが格闘している。


「ケルビン、離しなさい! 言うこと聞かないと部屋に戻しますよ!」

「やー、やーっ!」

「もういいから、ローズ。本を取ってよ」


 石盤の向こうに置かれた本を指さすと、ローズが不承不承、俺の膝に置いてくれた。

 この世界の本はごわごわした紙でできていて、ずっしりと重い。

 表紙も分厚いのだ。

 俺では持ち上げるのが難しいのでローズに取ってもらったってわけだ。


 俺は前世で活字中毒に近かった。部屋には棚からはみ出て床やクローゼットにも小説や漫画が積み上げられていたし、暇さえあればスマホでも読んでいた。

 こっちの世界でも本があって良かった。そっと大事に紙の端に指を滑らせる。


 まだ活版印刷は発明されてないんだろう。手書きで、一冊一冊、職人の手で製本されている本だ。人によって癖があるから読むのも一苦労だ。

 それでも車も電気もない時代から人は本を作っていたんだなと知って、なんだか嬉しくなる。


 俺が王子じゃなきゃ本なんて読むのも難しかったのかも知れないけど。

 これはエラムが勉強用に置いていったもので、どちらかと言うと子供向けの内容みたいだ。そうは言っても幼児用の絵本なんてないので、中~高校生程度が対象ってところか。

 ……エラムが俺の年齢をきちんと分かっているのか怪しいな。


 本って言っても当たり前だがこちらの世界にライトノベルなんてない。大体は歴史書か神学書だ。

 とは言え、こっちでは神話も歴史もおとぎ話や英雄譚に近いので、意外と小説風に楽しむことはできる。


 これは『灰の八日間』というタイトルの本で、大狼マーナガルムが神になった話がえがかれている。

 その昔、この世界には八つの月があった。今は七つだけど。

 その頃は普通に地上に神様がいたって話だ。もちろん今は神なんていない。神話の話だ。


 八番目の月マーナルが地上に堕ちた時、神は姿を隠し、この世界を厄災が襲った。黒き魔物が現れ、人々を苦しめた。繁栄していた古代王国は衰退し、人類も滅ぶかと思われた。

 しかし人々は黒衣の魔女に導かれ立ち上がった。魔女に力を授けられた勇者と神獣が力を合わせて魔物を追い払い、堕ちた月を打ち倒すって筋立てだ。

 この神獣ってのが、大狼であるマーナガルム様ほか、熊とか兎とか色々出てくる。


 眉唾ものだが、俺たちが暮らすこの首都こそが八番目の月が堕ちたと伝えられる場所なんだそうだ。

 だからマーナルガン……月が落ちた土地って名前らしい。

 嘘かホントか、だからウチの国は鉄がたくさん取れるんだって。


 俺のひいひいおじいちゃん……始祖エズワルドが国を興すまで、ここは誰も寄りつかない深い森だった。

 古代の遺跡に山賊が住み着いてて、あとは木こりたちの村がちょこちょこっとあるくらいだった。

 そんな場所に人を集めて、国を立て、鉱山を掘り外貨を稼いだ。

 ひいひいおじいちゃんの話はいつ聞いても面白い。そんな伝説の生きざまを俺が知る事ができるのも、本があるからだ。


 ページを捲りながら、感慨深く文字に目を落とす。

 縦書きから横書きの世界に転生しちゃったけどさ。ここは便利な電気器具も何もない世界だけど。


 俺はけっこう、この世界が好きだ。家族も俺に甘いし、やる事もけっこうあって忙しい。家臣には恵まれてるか分かんないけど、まぁエラムにもローズにも嫌われてはないと思う。多分。

 幼児から人生やり直しなんて一時はどうなるかと思ったけど、なんとかなってるんじゃないか?


 なんて、俺が本の内容もそっちのけでこれまでの事を思い出してる時だった。

 大人しく落書きしていると思ったケルビンが、いつの間にかノソッと俺の隣に立っていた。

 奴の焦げ茶でまん丸い目がジッと見つめているのは俺の膝の上にある本で……。


「わーっ、ケルビン、やめろ! さすがにこれはやばい!」

「けっ、ケルビン、やめなさい! ルーカス様、本を死守してください!」


 俺は慌てて両手で本を持ち上げようとしたが、なにせずっしりと重い。表紙を閉じるのが精いっぱいだった。

 ケルビンはよだれで汚れた掌を本に伸ばしてくる。


「ケルもあそるー」

「これはおもちゃじゃない!」


 本がどれだけ高価だと思ってんだ! 破かれでもしたらエラムが激怒する! この世界にはセロハンテープもないんだぞ!

 またまたローズがスッ飛んで来て、間一髪、ケルビンを抱き上げた。

 途端にケルビンは手足をジタバタさせて、ワーッと泣き叫び始めた。


「ルーのいじわるー! ケルもごほんよむぅー!」


 あー、耳が痛い。


「ルーカス様、申し訳ありません。この子を部屋に置いてきます」

「うん、よろしく……」


 俺は遊びもせず勉強してただけなのに、どうしていつもこうなるんだ。青筋を立てたローズが肩にケルビンを担いで大股で部屋から出ていくのを見送る。

 廊下に響き渡るケルビンの泣き声は、次第に遠ざかっていった。


 ケルビンの奴、早く大きくなって落ち着いてくれないかな。俺もこんな身体が小さかったらできる事も限られてるしな。

 早く、早く時が経てばいいのに。


 大人の記憶を持っていてもそう願ってしまう俺は、まだまだ精神も子供なのかも知れなかった。


 

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