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第16話 薬草学の先生

 

 そんな風に発明品の実験をしたり、兄と遊んだりする日々の間も、もちろんずっとエラムの授業は続いていた。

 エラムの教えは多岐に渡った。国語や外国語、算術、歴史、地理、兵法などなど。

 俺に何を期待しているのかと思う。ちょっと三歳児に教える量じゃない。


 しかもエラムは一度教えた事を聞かれるのを嫌がった。俺なら分かって当然と思っているようだ。


「あの、先生、申し訳ありません。今のところをもう一度……」


 おずおずと手を挙げてそんなことを言い出そうものなら、ジロリと冷たい視線が飛んでくる。

 さすがに口に出された事はないが、まさか今のところが分からなかったのですかな?と言わんばかりの目つきだ。

 あの視線を浴びたくない一心で、したくもない勉強の予習、復習までするようになってしまった。

 そのせいで父母やローズは俺が勉強好きだと思っている節がある。


 違うんだい。俺だって本当は子供らしく外に遊びに行きたいんだっ。

 でも、あのエラムの冷たい視線に耐えられる人がいるなら見てみたいと思う。

 それに所詮、この世界は日が昇ってから沈むまでが一日だし、前世の仕事量を思えば短い方……なのか? 本当に?

 ちょっと俺もエラムのじーさんに毒されてきているのかも知れない。


 とは言え、授業は座学ばかりではなく、エラム以外にも先生がいた。

 ひとつが薬草学だ。幼い俺はまだ城の外に出して貰えなかったので、授業は敷地内にある薬草園で実施された。


 ウチは貧乏な国なので城に庭園なんて大層なものはない。

 その代わり、回廊を挟んで幾つかある中庭では野菜や薬草が作られ、あちこちに鶏が走り回っていた。

 奥では豚や山羊、羊も飼われている。


 見た事のないたくさんの香草なんかが植えられた料理長のガズじーさん自慢のハーブ園もあって、ここは許可なしに入ったら怒鳴られる。


 それから父が母の治療のために揃えさせた薬草園も見応えがある。なんと温室まであるのだ。

 とある国から引き抜かれた凄腕のオレイン医師と、その助手たちが管理している。


 オレイン先生は俺より珍しい二神の加護を受けている神子(みこ)だ。

 医師の神ウレイキスと、草花の神アーレイディア。


 医師の神のギフトは具合の悪い部分が光るように見えて分かるらしい。

 草花の方は栽培促進というか、なんとなく水が足りないとか栄養が足りないと分かるので、まず枯らす事がないようだった。

 こんな凄い人が良くウチみたいな小国に来てくれたなと思う。


 本人は学者馬鹿みたいな、頭がボサボサで背が高くヒョロっとしている、三十歳手前の男性だ。

 性格も穏やかで、ちょっと間延びしたような、のんびりした口調で話をする。


「あ~、それはですね~、前に陛下に助けていただいた事があるからですね~」


 なんとこの人も父の武者修行時代に出会った人らしい。

 意外と人脈が広いな、父。


「薬草を探しに森に出かけた時、野獣に追いかけられているところを陛下に助けていただいたんですね~」

「や、野獣ですか?」

「は~い。こ~んなに大きな猪でしたね~」


 オレイン先生がうーんと大きく腕を広げて示す。マジか。

 モンスターのいない世界だと思っていたけど、自然が豊かだから獣の発育がいいのかも知れない。

 もし山に行く事があったら気をつけよう。


 その時に受けた怪我を治して貰ったので父の中ではお互い様という結論に至っているようなのだが、助けられたオレイン先生の意見は違う。


「自分という足手纏いがいたから陛下はお怪我をされたんですよ~? お一人であれば、遅れを取られるはずがないでしょう? そもそも命を助けられた対価が、怪我の治療では見合わないですよ~」


 そんなわけで母を娶る際に祖父が出した条件のひとつとして専属の医師を探していた父に、オレイン先生は自ら立候補してこの国に来たらしい。

 律儀な人だな。


 神子であればどんな些細な能力でも、神殿や各国で尊ばれる。ましてや神医(しんい)と二つ名がついた先生の能力だ。どこだろうと地位や名誉、お金だって望み放題だったはずだ。

 故郷を離れ、こんな北の小国なんかにやって来て、貧乏くじを引かされたと思わないんだろうか?


「それに、そんなに悪い話でもなかったんですよ~? 寒い地方でしか採れない薬草もありますしね~?」


 そう言いながらオレイン医師は、鉢植えの若草を持ち上げ、頬ずりでもしそうな程、ニマニマした顔で眺めた。

 なんて言うか薬草マニアと言うか、この人も変わり者だ。

 顔いっぱいに能天気な笑みを見せる先生を見上げて、俺も思わず笑ってしまった。

 まったく。オレイン先生らしい。


「それにこの温室は素晴らしい! これがあれば研究も更に進むでしょう~!」


 先生は踊るようにグルッと回って両腕で温室を示した。

 元は冷害に弱い植物を避難させておくために倉庫の屋根にガラスをはめ込んで作られただけの温室だったのだが、去年から新機能が追加された。


 それが例のストーブだ。

 農業にも使えるとは思わなかった。

 冬でも一定の温度を保てるようになったので、南方の植物を育てたり、今まで年に一回しか収穫できなかった貴重な薬草の収穫期を早める事もできるかも知れないと期待されている。


 温室の中は珍しい植物や、危険なものもあるので俺は大人と一緒でないと入れない。

 普通に食べたら毒だが、少量だけとか、上手に使えば薬になる薬草とかあるらしい。

 こんなところまでついてきてくれる大人なんて一人しかいない。エラムだ。


 この年になっても知識欲が旺盛なエラムは自分の専門分野でなくてもなんでも話を聞きたがって、オレイン先生を困らせていた。


「オレイン殿! この薬草はどんな効能があるのですかな!? どこで採れて、どう処理をされているのか!!」

「あぁ~、エラム、煩い! 今は僕が授業を受けているんですから!」


 とまぁ、こんな感じで薬草学の時間は誰が生徒か分からないくらいだ。


「まぁまぁ、お二人とも。順番に、順番にね~?」


 天使のような慈愛に満ちた微笑みで、オレイン先生が俺たちを黙らせる。

 先生は、この城で数少ない癒しだ。他は母様とアルトゥール兄さんくらいかな。


 俺はオレイン先生から薬草学の基礎を教わった。

 特に口を酸っぱくして教え込まれたのは、食べられるものと毒があるものの見分け方だ。


「良く見てくださいね~? ニリンソウは食用で、トリカブトは猛毒ですが、葉っぱだけを見るとほとんど違いがないでしょう~? 見分けるには花がつく春先に収穫するか、根を見るのが一番ですね!」


 野草やキノコ類には毒を持っているものも多い。ひとつずつ、俺はしっかりと知識を叩き込まれた。


 他にも薬草は生で薬効があるもの。乾燥させたり、煮出したりしないといけないもの。服用するもの、患部に貼るものなど、様々だ。

 一つの植物でも、花や実、茎、葉、根で薬効が違うものもあるし、季節や、生える場所で変わる時もある。

 もちろん前世の漢方薬みたいに組み合わせて使う。

 なんか奥深いって言うか、ここまでくると終わりなき学問だな。


 オレイン先生が研究しているのは、母の病気の改善だ。

 手術が一般的でないこの世界で完治は難しいのだろうが、症状を抑え、体質を改善する事で風邪など他の病気を併発して体力を損なわないように努めているのだ。


「今後は、ルーカス殿下にもお手伝いして貰いますよ~」

「はい、もちろんです!」


 俺も薬草園の一角に小さな畑を貰った。

 今は普通に薬草を育てているだけだけど、いずれ品種改良とかできたらいいなと思っている。

 俺の勉強以外のひそかな楽しみだ。

 決して座学が辛くて現実逃避しているわけではない。

 ……本当だ。



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