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第15話 腹違いの兄さんもいます

 

 その他に俺の家族と言っていいのか分からないが、母や俺が住む東棟とは別に、西側には正妃ツツェーリアと、半分だけ血の繋がった兄アルトゥールが住んでいる。


 ツツェーリア妃の事は良く分からない。ほとんど交流がなく、口を聞いた事もないからだ。

 彼女はいわゆる政略結婚で嫁いできた人らしい。親同士が決めた結婚相手に尊敬や好ましさは芽生えても、父とは互いに恋愛感情はないようだ。


 たまに見かける姿はまさに王族。華麗なドレスを着こなし、髪を結い上げ、化粧もばっちりほどこしている。過剰じゃない程度に身につけた宝飾品がその美しさを彩っていた。

 いつもゆったりとした服を着て、髪を下ろし、ノーメイクな母ソフィアとはまったく真逆の人だ。


 公の場では正妃として上から下まで隙なく着飾って父の隣に立つ。絵に描いたような美男美女の夫婦は国民から絶大な人気を誇っていた。

 歴戦連勝の勇壮な王と、大国の第三王女である凛とした姫君。

 自分のところの王様と王妃がそんな人たちだったら、そりゃ、自慢したくもなるよね。


 特にこの国は女性にも強さを求めるので、歯に衣着せず政治にも口を出すツツェーリア妃はけっこう評判が良かった。

 頭脳面はちょっと危なっかしい父様のいいパートナーと見なされているようだ。


 病弱な母様と引っ込み思案の俺は、実はあまり評判が良くない。俺が神子(みこ)だと思われているので、もう少し成長して能力を発揮するまで評価は据え置いておこう、みたいな感じだ。

 能力も何も、俺には前世の記憶しかないんだが。

 いつバレるかと思うと胃がキリキリと痛む。


 正妃は確かに見目麗しいが、なんと言うかこう、俺には無機質な女性に見えていた。ニコリとも笑ったところを見た事がないので冷たい印象があったのだ。

 俺を見かけてもチラリと視線を向けるだけで、声をかけてもこなかった。


 腹違いの子など彼女にとっては腹立たしいものでしかなかったのかも知れない。

 だからと言って兄に俺の悪口を吹き込んだりしなかったところをみると、悪い人でもないような気がするが。


 ある夏の日、俺が中庭で遊んでいるところに突然、兄が現れたのだ。


「やぁ、君がルーカスだね」


 声をかけられて見上げると、陽光を受けて赤い髪をキラリと輝かせる少年が立っていた。

 父に似た水色の瞳がにこりと微笑んでいる。

 クソ。イケメンは子供でもイケメンだな。


 その時、俺は三歳を過ぎた頃。五歳違いの兄アルトゥールは八歳だったのだろう。

 八歳と言うのは前世で言うなら小学二、三年生だが、兄は背が高いので見た目は中学生くらいに見えた。


 兄も俺と同じような大袈裟な名前を持っている。

 アルトゥール・デ=コステロ・イル・イグニセム。

 正妃が西方の大国イグニセムから嫁いできたから、身分を表す言葉としてイル・イグニセムがついている。

 俺の名前のエル・シアーズとの、エルとイルの違いは良く分からない。兄が長男だからだろうか。


「僕はアルトゥール。君のお兄さんだよ」


 これが噂の兄かと思って、俺は慌てて立ち上がった。地面に直に座っていたせいでズボンについていた土埃を払う。


「は、初めまして兄様。僕はルーカスです」


 ペコリと頭を下げるとアルトゥールはハハッと声を上げて軽快に笑った。


「そんなにかしこまらなくていいよ。大人びてると聞いてたけど、本当なんだね。城には子供が少ないから仲良くしよう」


 そう言って笑顔で手を差し出してくれる。


「は、はい!」


 その手を取って握手しながら、俺はコクコクと頷いた。

 なんだ、いい子じゃないか。

 兄とは比べられる事が多いので、向こうがどんな感情を抱いているかちょっと不安に思っていたのだ。


 比べられるってのはあれだ。お兄さんは出来がいいのに弟は、ってやつじゃなくて、反対だ。

 アルトゥール殿下はお出来にならなかったのにルーカス殿下はこの歳でなんて言われると、ドーピングしている気分になって、まだ見ぬ兄には申し訳なく思っていたのだ。


「何を作っていたの?」


 兄は俺の横にしゃがみ込むと地面に散らばっている木工道具を眺めた。

 屈んでも、まだ俺より顔が上にある。


「あ、これはですね、部屋の模型を作っていまして」


 その当時、俺は来たる冬に向けてストーブ製作と、それに伴う母の部屋の改造計画に勤しんでいた。

 地面に転がしていた真四角の模型を手に取ると、俺は嬉々として喋り始めた。


 ルーカス殿下がまた何か妙なことをやっているという目で見られて、俺がしている事に興味を持ってくれる人はほとんどいない。

 エラムに話すと目の色を変えて質問してくるから怖くてあまり喋りたくないし、母はニコニコと聞いてくれるがどこか暖簾に腕押しなところがある。


 初めて二心のない関心を向けてくれた人に俺は興奮を隠せず、プレゼンに張り切るサラリーマンが如く、とうとうと喋り始めてしまった。


「部屋全体を暖かくする仕組みを作れないかと考えてたんです。ほら、マーナガルムは寒いでしょう。部屋を暖かくできれば冬も快適に過ごせると思うんですよね」


 作りかけの木の模型を兄に差し出す。


「え、あ……うん」


 目を白黒させながら兄は模型を受け取った。理解しがたいものを見るように目をパチクリさせて模型を眺めている。

 またやっちまった、と思って、俺はその場にへたり込みたくなった。

 初対面の八歳児に何をプレゼンしてんだ……。


 せっかく向こうから声をかけてくれたのに不気味に思われたらおしまいだ。

 と思ったが、意外にも兄はにっこりと破顔した。父の笑い方とそっくりの弾けるような笑顔だった。


「ルーカスはちっちゃいのに凄いね。ちゃんと色んな事を考えているんだね」


 にーちゃん、すっごく懐が広いぜ。

 目がウルウルと緩みそうになる。

 自分が理解できない事を否定せず、分からないなりに認める。そういうところは父に似てるなぁと思った。


「えへへ」


 兄に褒められて気恥ずかしくなって、頭をかいて俯く。


「具体的にはどうするつもりなんだい?」

「ええっと、まず壁や天井に断熱材を入れて、床暖房って言うのをですね……」


 兄は俺の説明口調の長話に嫌な顔もしなかった。にこにこと笑顔で、ずっと話を聞いてくれた。

 この日、俺は父母とエラムに続く四人目の理解者を手に入れてご機嫌だった。


 それからも何度かアルトゥールの訪問は続いた。

 既に帝王学などの勉学や、剣の鍛錬が始まっているアルトゥールは暇ではないはずだったが、折に触れて俺の事を気にかけてくれているようだった。

 多分、他の子にハブにされて一人で遊んでいる不憫な弟と思われたのだ。


 そうじゃない。同年代は幼稚園児程度の年齢だし、少し大きい子でも話が合わないので一人でいただけなんだい。

 決してボッチだったわけでは……ない。


 アルトゥールは俺の話を不思議そうに聞いたり、剣の練習につき合ってくれることもあった。

 木刀を使うだけの、ただのチャンバラゴッコの延長戦上だったけどね。

 もう身体もしっかりしているアルトゥールが習っているような剣技は、三歳児にはまだ早すぎたからだ。


「いきますよ、兄上っ!」

「痛い、痛いよ、ルーカス!」


 力の弱い俺に木刀でポコポコと殴られて、アルトゥールは楽しそうに笑った。

 それを見て俺も笑った。

 久しぶりに何も考えず、ただ楽しくて笑った。

 こんなお兄ちゃんがいて良かったと思った。

 俺はもうすっかりアルトゥールが大好きになっていた。


 兄も兄で、お兄ちゃんぶれるのが嬉しかったのだろう。

 なぜか向こうの召使いはいい顔をしていなかったが、暇を見つけては何度も訪れてくれた。

 いつしか東棟と西棟の間にある中庭は、俺たちの遊び場になっていた。


 アルトゥールは生真面目で頭も良く、優秀だった。

 どうも城内での評価は俺ほど賢くないって事になってて恐縮なのだが、俺がいなければ恐らく天才だと思われていただろう。

 本当に申し訳ない。


 そんないわれのない悪評価にもめげず、弟に優しく、自分には厳しい素晴らしい兄だ。

 とても八歳児とは思えない。


 俺が前世で八歳の頃って、何してたかな。

 思い出せないけど、家でゲームとか、近所のガキ連中と外でケイドロとか缶蹴りとかしてたくらいかな。

 あの頃にはまだ公園や空き地とかがいっぱいあってさ。なんて、昭和的な感傷は置いといて。


 俺は優しいお兄ちゃんができて柄にもなく子供っぽく浮かれていた。

 兄の置かれた立場とか、周囲の目をまったく気にしていなかった。

 それが分かるのは、まだしばらく経ってからだった。



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