第12話 僕のパパは王様です
ここらで少し俺の家族の話をしよう。
まずは父からだな。
フィリベルト・フルグラトス。
ご存知の通り、このマーナガルム王国の国王だ。
容姿は掘りが深く精悍。肩にかかるかかからないかの赤髪に、水色の瞳。それはもう遠目からはっきりと分かるほど鮮やかな赤毛だ。
そして身体はとにかくでかい。縦にも横にもでかい。ムキムキの筋肉質だ。
父に家名はない。国王だと誰もが知っているので名乗る必要がないからだ。
だから俺にも苗字はない。もしかしたら将来的にはつくのかも知れないが。
この世界では面倒くさいのだが、身分が高いとミドルネームがつけられる。
例外はあるが男性なら、個人名+聖人の名前+あるなら家名もしくは身分を表す言葉、と言う名乗りが一般的だ。
俺の名前で言うなら、ルーカスが個人名、アエリウスがなんか昔の偉人の名前、エル・シアーズが、母がシアーズ公国から来たと言う身分を表してるってわけだ。
なので、父はフィリベルトが個人名、フルグラトスが聖人の名前だ。
ちょっとややこしいが、エラムは平民出身なのでミドルネームを持っていない。宰相としての働きを認められて爵位を授かりブロムベルク姓を名乗るようになったので、名前+家名だけなのだ。
俺は父が三十二歳の時に生まれた。その時、母は十八歳だ。
さぁ、逆算して欲しい。母はいつ父に嫁いだのか……前世だったら下手したら犯罪ものだぞ!
ふわふわした少女のような母と父が並んでいる姿を見るたび、俺は嫉妬で煮えくり返りそうになった。
そしてなんと俺の母は正妃ではなく、第二王妃だった。
そう、父には嫁が二人もいたのだ! しかも二人ともタイプは違うが、かなりの美人だ。
彼女いない歴=年齢だった前世の俺からすると、爆発しろ!と言いようがない。
俺は第二王子なので、実は腹違いの兄もいたりする。
俺と兄には父の特徴がしっかりと受け継がれていて、二人とも見事に赤毛だ。
ただ母親が違うせいか、赤と言っても多少の違いはある。
兄のアルトゥールは正妃である母親が栗毛のせいか、赤褐色と言うか少し暗めの赤髪。
対して俺の髪は父に似てオレンジ色に近い明るい赤色だ。
誰が名づけたのか、黄昏のアルトゥール殿下と、暁のルーカス殿下と称される事もあるらしい。
伸びてきた前髪をクルクルと指に巻いて眺める。俺は髪の色と目の色だけは父そっくりなんだそうだ。だけは、ね。
武闘派の父と違って俺はいつも部屋にこもって本を読んだり、勉強ばかりしている軟弱者だと思われていて、家臣からの評判は良くない。
この国では勉学より武芸の方が重視されているのだ。
王様である俺の父はいつも忙しそうで、一週間も会えないなんてざらだった。
この世界に日曜日や祝日みたいな休日と言う概念がないせいもあるだろう。
そもそもカレンダーなんてものがないのだ。
暦はおおまかに季節ごとに分けられている。
春と秋に二回、大きなお祭りがあって、国中で飲めや歌えの大騒ぎをする。お正月は一月じゃなく、春だ。春祭りは新年祭なわけだ。ちなみに秋は収穫祭だ。
春秋のお祭り以外に決まった休みはない。
俺の父は小国ながら一国の王であるわけで、それはもう忙しそうなんてものではなかった。
国の運営や、予算の認定、麦の作つけの量の決定。不作であれば輸入も必要だ。
その他にも、諸外国との外交や駆け引き。はては国民の諍いの調停や、治安維持。数週間も城を空けて国を見回る事もあった。
有事には軍を率いて戦場に立つ。そのためには鍛錬も欠かせない。
父はたった一人で、日本で言うなら各省庁のトップでもあり、裁判官や警察官、軍の総司令官でもあるわけだ。
そんな父と過ごせる時間はそう多くなかったが、一緒にいると大体、なぜか身体を動かすはめになった。
「よーぅ、ルーカス! 元気してたか!」
俺がまだ小さい時はそう言って抱き上げると、大声で笑いながら肩に乗せて走り回ったりしていた。
「と、父様、危ないですって! 落ちちゃいますよ!」
「なにー、お前は男のくせに軟弱だな! ほらほら、これはどうだ!」
俺が頭をペチペチ叩いて抗議すると、更にムキになってあちこち走り回る。父様はそう言う人だ。
本当に俺より子供っぽい。
肩車はな、本当に怖いんだぞ。いきなり視線が何倍もの高さになるし、不安定でグラグラするし。
なぜ子供が肩車や高い高いで楽しめるのか分からない。
その他にも少し長じた後は、剣の素振りや稽古、プロレスまがいの鍛錬、乗馬などをして一緒に過ごした。
まぁ、ウチの国は王様も含めて体育会系ばかりなのは前述した通りだ。
頭を使う事をあまり好まない父は、執務室にいる時はいつもウンウンと唸り声を上げて家臣の話を聞いていた。
エラムじーさんの指導により、幾人かは文官も育っているので予算などを父が計算する必要はないが、最終的な決定権を持つのはやはり国王だ。
その王が内容も知らず決断は下せない。
なので各部署からの報告会はいつも父の勉強会と化していた。
けれど父は苦手だからと言って、決して部下に丸投げだけはしなかった。
俺だって少し記憶が怪しくはあるが学生の頃に簿記を習ったりもしたので、書類仕事くらいは手伝えるのに。
「父様、僕も手伝いましょうか?」
そう言った事があるが、さすがに二~三歳児に仕事を押しつけるわけにはいかないと思ったのだろう。
「ありがとうな、ルーク」
父はニカッと笑って俺の髪を撫でると、後はひたすら苦虫を潰したような顔で書類を睨んでいた。
俺もそんな父の意思を尊重して、膝の上で書類を眺めてもできるだけ口出ししないようにしていた。
しかし書類があまりにも間違っている場合には、
「あれぇ? 父様、ここなんか数字おかしくない~?」
とか、可愛らしく聞こえるように作った声で指差したりする事もあった。
ふっふ。だてに某、子ども探偵が活躍するアニメを見ていたわけじゃないんだぜ。可愛い子ぶりっ子は大得意だ。
まさか俺もそんな知識を活かす時がくるなんて思いもしなかったけどな。
人生、何が役に立つか分からないものだ。
まぁ、それよりもっと勉強しときゃ良かったとは思うけど。
「どれどれ? おい、ザッカート」
父は報告書を取り上げると、すぐに財務官を呼んだ。
書類を手渡されてもしばらくきょとんとしていた財務官だったが、(俺に言われて)父が指摘した他の書類と見比べる内に、段々と顔色が悪くなってくる。
「し、失礼いたしました。すぐに調査します!」
早速、部下を呼びつけて何やら指示を出していた。
後日、小耳に挟んだところによると、とある村長の横領が発覚したとか。
巧妙に細工してあったが、それは帳簿上だけ。麦の収穫量や、輸出入の数値を見ていればおかしいのは一目瞭然だった。
他部署の報告書と見比べていなかったから財務担当官は気づけなかったんだな。
暇だから父の元にある色んな書類をぼんやり読んでいたのが功を奏した。
この身体、脳みそが新鮮だからか、実はやたら記憶力がいいんだよな。
計算も凄く早い。
五~六桁の計算を暗算で叩き出すものだから、自分の頭ながらひええ~っと思ってしまう。
前世なら絶対に無理だ。
歩く電卓と名づけたい。
そんな事があってから家臣たちには更に畏怖の目で見られるやら、尊敬されるやらで、ちょっと落ち着かないなんて事もあった。
とは言え、ウチの子煩悩パパは平常運転だった。
「さすがルーカスだな! 俺はぜんぜん気づかなかった!」
自分の事のように鼻高々で、俺の頭をグリグリと撫でてくる。
気づかなかったとか、そんな堂々と認めていいのかと思うが……まぁいいんだろうな、父様だし。
父のいいところは、こうして自分の欠点を大っぴらに認める事だ。自分が何をできて何ができないか知っているから思い上がったりしない。
それにそんな父様を見ていると、男女を問わず、なんだか助けてあげたくなるらしい。
クッソ、イケメンは生まれ持ってのスキルが違うな!
俺も父の血を引いているはずなのだが、なぜか今のところカッコいいと言われた事はない。家臣からの評価は、可愛いか、もしくは得体が知れないの二択だ。
いやいや、まだ幼児なのがいけないんだ。もっと大きくなれば俺もモテるに違いない! 父様の子だもの!
今日も今日とて家臣に囲まれる父の近くでグッと拳を掲げる俺は、通りすがった人に不審な目で見下ろされるのだった。




