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第11話 じーさんのスパルタ授業


 それはもう、エラムのじーさんは鬼と言うか、ドSだった。


「読み書きはある程度できる、と。よろしい。ではこれを読んでみなされ」


 紙を束ねたものを渡される。

 紙は前世と違って、なんだか茶色くて繊維が目に見えてゴワゴワしている。が、一応、紙は紙だ。


 なになに?

 りんご三十個を五人で分けるには……って、これ国語じゃなくて算数じゃん。

 さすがにこれは計算しなくても解けるけど。


 しかしなぁ、二歳児が読み書きできるってだけでも怪しいんだよな。

 幸いこの国は脳筋が多いせいか、今のところあからさまに俺を不審がっている人はいない。

 悪魔憑きや化け物と思われるよりはマシなのだが、習ってもいない計算までできたらどうなんだろう。


 ここは可愛らしく、分かりませぇんとか言っとくべきか?

 それともりんごを三十個描いて五枠に分けてみようか。それくらいならできておかしくないか?


 チラリとエラムを見上げると、バッチリ目が合った。

 あっと思う間もなく紙を取り上げられる。


「失礼。殿下には容易過ぎる問題でしたな」


 うう。さっそく計算もできるってバレてるぅ。


 それから俺は鬼教師の元で高等算術(この世界では算数や数学をこう呼ぶらしい)をひたすら解かされた。

 なにせ少しでも手を抜こうとすると、心を読んでいるのではないかと思うほど的確に、


「殿下ッ!」


と、厳しい声が飛んでくるので誤魔化す事もできなかった。

 前世の俺が苦手だった微分積分らしき問題が出て初めて、本当に解けないらしいとやっと納得してくれたようだった。


 問題地獄から解き放たれて、思わず机に突っ伏す。

 さすがの俺もオーバーワークだよ。

 頭の中身は大人だが、身体はまだ二歳児なんだぞ。


「おぉ、これは失礼しました。このエラム、あまりにも賢いので失念しておりましたが、殿下はまだお小さいのでしたな」


 小さいって言うか、この間まで赤ん坊だったけどね?


 ようやく休憩にしてくれるらしく、エラムが指示して侍女がお茶やお菓子を並べてくれる。

 向かいのソファに座ってお茶を飲むエラムは、両手でクッキーを持ってポリポリと食べている俺を見て微笑んだ。


「殿下は素晴らしい恩寵(ギフト)をお持ちですな」

「ギフト?」


 この世界で初めて聞く言葉に首を傾げてエラムを見上げる。


「ギフトとはその名の通り、贈り物。神から与えられし能力の事です」


 前にも言った通り、この世界には残念ながら前世のゲームやアニメから想像するような魔法はない。


 ただエラムが言うには、ちょっとした治癒が使えるとか、雨乞いに成功しやすい人とか、人より断然身体能力に優れているとか、そう言う人は稀にいるらしい。

 そんな人を総称して、神に愛されし子、神子(みこ)と言う。

 癒しの神に愛されれば治癒、龍神の加護を受ければ雨降ができるってわけだな。


 今は神様が姿を消して人々の前に現れなくなってしまい、力だけ残っていると信じられているのだ。

 神が普通にいると思われているのに魔法がないなんて、本当になんて残念な世界なんだ。

 ともあれ、俺が急に喋れるようになったのもギフトだと見なされて、そこまで不気味に思われずに受け入れられていたわけか。謎がひとつ解けた。


 しかし、前世の記憶も本当にギフトなんだろうか?

 ギフトとすれば、なんの神なんだ?

 記憶の神なんて多分いないよな。今のところ聞いた事がない。


 実は、この世界は宗教に関してはかなり緩い。

 この国の人たちは主に大狼神(たいろうしん)マーナガルムを信仰しているが、世界的には前世の日本のように、それこそ書いて字のごとく八百万(やおよろず)の神がいる。

 どの神を信仰してもいいし、なんなら一神に絞らなくてもいいのだ。


 俺の感覚で言うと贔屓の神様を応援するファンクラブみたいなイメージだ。

 ひとつの街に幾つも教会があって、神官たちが気軽に勧誘している。


 そんなたくさんいる神様の中でマーナガルム神は狼なだけあって、失礼ながら頭はあまり良くなさそうなんだよな。もし与えるなら身体系の能力っぽい気がする。

 なので多分、俺の守護神はマーナガルム神ではないだろう。


 うーん。こんな無駄な大人の記憶より、どっちかって言うと身体系の能力が欲しかったぜ。狼のように素早く雄々しいとかカッコいいよな。

 厨二な発想だが、もしなれるなら人狼とか憧れる。


 それに首都が静かなので実感がないが、この世界では頻繁に戦争が起こっている。

 マーナガルムでも国境付近は、いつも小競り合いが絶えないようだ。


 恐らく俺も一国の王子として将来的には戦場に立つ時もくるだろう。

 戦争、なんて想像もつかないが、いざと言う時に自分の身も守れないのは考えものだ。それを考えれば強いに越した事はない。


「ちょっと勉強ができるより、異能力があった方がカッコ良くないですか?」


 そう言ってみたが、しかしエラムは首を横に振った。


「戦は武力だけではございません。幸い、この国には戦馬鹿はもう揃っておる。殿下はそのギフトで国を支え、父上を補佐しておあげなさい」


 うわぁ。澄ました顔して戦馬鹿とか言っちゃったよ、この人。それって国王……父様も含んでの事ですよね?

 ツッコミも追いつかず、俺は黙ってエラムのじーさんを見上げた。

 さて、とエラムは膝を打って笑う。


「そのためには学ばなければならない事が山のようにありますぞ。いやはや、これからの日々が楽しみでなりませんな!」


 楽しいのはお前だけだ、バカァ!

 とも言えず、俺は引きつった笑いを返すしかなかった。

 この地獄への穴を掘ったのは、他ならぬ考えなしの俺自身だったからだ。



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