探究 06話
湖は水が澄んでおり、とても美しかった。
魚影もチラホラと見えており、陽光に鱗が反射して見える。
「見えている魚は釣れないって言うよね」
さっそく、釣り糸を垂れるけど勿論なにもかからない。
そんな釣り糸を横目に、道具屋で仕入れたワインを開ける。
「んー、この種類じゃ、ダメかな?日本酒のが良いのかな?」
そんなこと考えていたら水面が揺れた。
「お、釣れたか?」
八岐大蛇ってか?ただのヒュドラだな。
何本もの首をもたげてこちらを睨む蛇と龍の間の化物。
「動きました」
テラフニエルから連絡が入った。
「はてさて、誰が来るやら」
今回は本当に分からない。
けど、系統的には分かる。
村では、この世界で初めて米を見た。小麦がメインのこの世界で。
俺の前に光が落ちた。
体中から稲光を放ちながらヒュドラを睨むその姿は神々しい。
「しかし、相性は良くないよね」
稲妻が湖の水とヒュドラの表面の粘液に流されていく。
建御雷、天尊系統の神様。
須佐之男命でも出てくるかと思ったけど。
しかし、どうしたもんかね。
この喧嘩に介入する理由がない。
「帰ろうか」
俺は、釣り具を片付けて村の酒場に向かった。
宿屋に直行は野暮ってもんだ。
男衆が居ないせいか、酒場のくせに静かだ。
カウンターで唐揚げを食べていると、隣に道具屋の婆さんが座った。
「この村も終わりかもしれないねぇ」
「ふーん?農家不足?漁師不足?そもそも安全じゃないから?」
「なに、分かったようなことを」
婆さんがエールを一気飲みする。
「神様の都合なんて人間風情が知らないように、人間の都合も神様知らないからだよ」
「そら、そうだろ。違う生き物?存在?なんだから」
「そう言われて納得できるかい」
「そら、そうだろ。人間なんてそんなもんだ」
「助けてくれないのかい?」
「助ける理由がない。この村に恩も恨みもない、あの神様たちにもだ」
「私達に死ねと坊主は言うのかい?」
「ああ、この土地が欲しいなら戦えよ。なんでも使ってさ。逃げるのは嫌いじゃないけど、しぶしぶってのは俺は嫌いだね」
婆さんは、渋面のまま酒のお代わりをしている。
「なあ、なんで湖だけ戦場になってるんだ?村の中は随分と平和そうなのに。あ、縄張りが違うのか」
「坊主には、どこまで見えているんだい?」
俺は何も言わず唐揚げを頬張る。
恐らく、この土地は三竦みなんだろう。八岐大蛇と建御雷ともう一柱。
この土地は人間の手を離れているんだろうな。
だから、出稼ぎなんてして嵐が過ぎるのを待っている。
逆にある意味、平和の形なんだろうな。人間同士が争うより自然に優しい。
「俺は、たまたま通りかかっただけさ。ごちそうさまでした」
自然豊かなこの土地は、やはり夕闇になると涼しくなる。
人が極端に少ないから、灯も殆ど無い。
宿屋に着いて、体を拭いてベッドに横になった。
「なんだかなー、人間同士で争ってみたり神様同士で争ってみたり。そんなんばっかりだ」
なにかモヤモヤするな。
寝付けない。
なんだ?何かが引っ掛かる。
神様が争うから人間も争うのか?人間が争うから神様も争うのか?
もし、争いのない世界を真に願うとするとどうなる?
停滞か?何でだ?逆に停滞は悪なのか?
それを願った何者かが居たとしたら?
それが創造主?
こじつけが過ぎるな。
「ミルクでも貰おうか」
民宿よりも生活に連動している宿屋で夜中の注文は、普通にはありえない。
21世紀になってもそうなのだから、宿屋というものはそうなのだろう。
小さなころ父に連れられて行った山小屋は最悪だった。
シャワーもベッドもない。
そして、父は私を気に掛けないから私は途中で脱水症状でぶっ倒れる始末。
他の方と行ってもリーダーすると遭難しかけるのでそういう酷い人だったのだろう。
ん?あれ?誰の事だ?
俺の父親は、こちらの世界で神をやっていて。
いや、向こうの世界の父は何をしていた?
思い出せない。
俺の両親は留守がちで茉莉が世話を焼いてくれた。
あれ?俺は、俺の親の顔どころか名前すら分からない。
俺はぞっとした。
俺は色々な事を思い出せない。
両親の名前、学校の名前、特に固有名詞が壊滅的だ。
なんとなく向こうの世界との繋がりが薄れていく気がした。
むりやりにベッドに入るが案の定眠れないまま朝になった。
宿屋でぼそぼそと朝食を食べていると道具屋の婆さんがやってきた。
「坊や、眠れなかったのかい?」
「ああ、なんとなくね、眠れなかったよ」
「で、婆さんは朝から酒かい?」
「こんなもの気付けすらならないよ」
そういうとぐびぐびと飲んでいく。朝から元気な婆さんだ。
俺は、元の世界の唯一の繋がりである記憶が無くなって気が滅入っているというのに。
「なにがあったんだい?こんな婆さんで良ければ話を聞くよ」
「聞いて貰ったら最後、尻の毛まで毟られそうだ」
「ひひひ、分かっているじゃないか」
「とりあえず、今日も釣りしにいくよ」
「なんだい連れないね」
「晩酌には付き合うよ」