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天使戦争  作者: 薬売り
8/99

未来は、まだ、分からない 8話

 正太郎は、沈痛な面持ちで窓口を後にした。


 出口で、装備一式とIDを渡された。


 あまりの用意周到さに乾いた笑いが込み上げた。


 そのまま、家に帰った。


「ただいま」


「おかえり、どうだった?」


「うん。お茶貰える?」


 明菜は、いつも明るい正太郎の様子がおかしい事に気が付くと、ハーブティーを淹れて向かいに座った。


「なにがあったの?」


「指名依頼だった」


「そんな、何かの間違いじゃ」


 明菜は、顔を真っ青にして俯く正太郎を見た。


 正太郎の沈痛な顔から、それが事実だと理解した。


 明菜も基地で暮らしている、指名依頼がハイリスクハイリターンなのは知っている。


 いつもの正太郎なら、明るく笑顔で危険な任務に飛び込んで帰ってきた。


 それは正太郎の中で、成功させる生き残ることが出来ると確信しているからだと明菜は考えていた。


 その正太郎が、暗い顔をしているということは生き残れない可能性が高いと自覚しているからだ。


「正太郎、逃げなさい」


「え?」


 正太郎が顔を上げると、真剣な顔をした姉の顔があった。


「あなたは、今まで私たちのために命を懸けて戦ってくれた。もう十分。私たちの事は良いから逃げなさい」


 傭兵が逃げた後の家族の風当たりは強い。


 まず、預金が凍結され、市民権も?奪されてしまうため稼ぎ口も見つからない。


 スラムで暮らすしかなくなる。


 身を守るすべを持たない者がスラムへ行けば、身ぐるみどころか命まで剥ぎ取られてしまう。


 スラムでは、内臓まで売買の対象となるため、文字通り命まで剥ぎ取られてしまう。


 それでも、姉は逃げろと言ってくれる。


 それも本気で言っている。


 逃げろと言えば、正太郎は逃げないだろうという打算的な考えは微塵も考えてない。そんな目をしていた。


「ハンバーグとシチューがいい」


「え?」


「夜ご飯は、ハンバーグとシチューがいい」


「分かったわ」


「明日は、グラタンが食べたい」


「腕によりをかけて作るわね」


 正太郎は、腹を括った。


「依頼は受ける、絶対成功させる。でも、口封じで殺される可能性があるんだ。だから、報酬貰ったら皆で逃げよう」


 明菜の顔が曇る。


「私は、こんな足だし。お母さんは動けないわ」


「トレーラーを改造して病室にしたものを準備する。生命維持装置も完備すれば別の基地まで行けるよ」


 明菜は、何も言わず笑顔の正太郎に笑顔を返した。


 正太郎が、いつもの情報屋へ行くと家を出た後、明菜は母の部屋へ向かった。


 ピッピッピッと規則正しい電子音が鳴っている。


「お母さん、気分はどう?」


「今日は、調子が良いわ。天気が良いのかしらね?」


「正太郎が、また危険な任務に行ったわ」


「まぁ、それは心配だわ」


「それでね、お母さん。その作戦が終わったら皆で別の基地に移動しようって正太郎が言っているの」


「そう。二人で支えあって元気でいるのよ、いいわね?」


 明菜は、涙を流しながら画面に表示される文字を撫でた。


「お母さんを置いていけないよ、正太郎も皆でって言ってるもの」


「でも、正太郎には秘密にしているのでしょう?」


「うん」


「時が来たのよ。だって私はとっくの昔に死んでいるのだから」


 その部屋に人間は、明菜ただ一人だった。


 部屋の半分ほどの大きさのコンピューターと液晶ディスプレイだけだ。


「でも、でも、お母さんはここに居るじゃない」


「脳だけが延命措置を受けているこの状態を生きていると言えるのかしら?少なくとも正太郎は、そう思わないでしょうね」


 明菜は、小さな子供のように泣きじゃくる。


「それに今の私は基地のコンピューターと繋がっているわ、そのおかげで貴方たちを見守ってこれたけれど、別の基地へ移動したらウィルスとして消されてしまうわ」


「正太郎が戻ったら、全部話して二人で逃げるのよ。その位の時間稼ぎはしてみせるわ。いままで辛かったでしょう。ごめんね」


「お母さん分かったわ、でも、正太郎が戻ったら少しだけでいい話をしてあげて」


「母親が脳ミソしか残っていないって知ったら、ショックで正気を失うかもしれないわよ?」


「大丈夫、正太郎はそんなにやわじゃない。お母さんが知らないうちに強くなってるんだから」


 明菜は、涙を拭おうともせず笑った。


「あら、それは楽しみね。大きくなった正太郎を見てみたいわ。触れられないのは寂しいけれど」


「それは、私も正太郎もそうだよ。寂しいよ。でも、居なくなっちゃうよりは良いと思ってる」


 明菜は、部屋を後にした。


 部屋では、ピッピッピッと規則正しい電子音が鳴っている。

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