探究 01話
会長が部屋に入ってきた。
その顔は、浮かない顔だ。
「どうしたんですか?」
「良い話と良い話どっちが聞きたい?」
「両方とも良い話じゃないですか」
会長は、紅茶を頼んで一息つくと切り出した。
「原因は分からない、だが、解決方法が見つかった。二人には悪いがすぐに潜ってもらう」
俺達は、了解して部屋に向かっていつも通りの手順を踏んだ。
「友田、お前は私を恨んでくれていい」
茉莉は、何も言わず会長の頬を張った事を俺が知ることは無かった。
いつも通りの乾いた空気
いつも通りの荒廃した臭い、うん、悪くない。
「会長、無事に入りました」
俺の声に返答がない。
「会長?悪ふざけしないでくださいよ」
それでも返答はない。
俺は、何気なくステータスウインドウを立ち上げる。
しかし、ステータスウインドウは立ち上がらない。
動作、音声、全てが徒労に終わった。
基地内での不審行為として、憲兵に捕まって留置場に入れられた。
それでも、俺は、ステータスウインドウを立ち上げる動作を繰り返す。
ログアウト不能、そんなチープな言葉が心を支配していたからだ。
俺は、数日で留置場から釈放された。
もともと罪など犯していないのだ、尋問にもなるべく普通に答えた。
俺は、とぼとぼと家路に向かっている。
「正太郎!」
俺の名前は、祐介だ。
「正太郎ってば!」
強引に肩を掴まれ振り向かされる。
「姉さん」
「大丈夫?」
「ああ、体は至って健康だよ」
「そう、お家で母さんも待っているし、急いで帰りましょう」
「うん」
「本当に大丈夫?」
姉さんが顔を覗き込俺はんでくるので、目を逸らす。
彼女は姉だ、ただのNPCだ。そのはずだ。
俺は、彼女に手を繋がれて家路へ着いた。
家に入ると、母さんとネフィーがキッチンで食事の用意をしているようだ。
とても良い懐かしい香りだ。
「そうだ、正太郎これ留置場から返してもらってきたよ、部屋に置いておく?」
「いや、貰う」
「俺は、愛用のハンドガンとナイフを身に着けてショットガンをテーブルに立て掛けて席に着いた」
良い匂いのする、カレーが配膳された。
俺の中の俺が全力で警鐘をならしている。
カレーは、美味しい。
このカレーも、見た目が青いとか、紫色の湯気を立てているのではなく普通のカレーだ。
だが、この世界ではカレーは存在しない事を知っている。
香辛料を育てるための大地の力も戦力も足りてない。
これは、なにかしらの罠だと考えるのが妥当だ。
「食べないの?」
明菜が聞いてくる。
「みんなで仲良く食べましょう」
ネフィーが笑顔を向ける。
恐らく、これを食べれば俺は取り返しがつかなくなる気がする。
「ちょっと、トイレ」
俺は、個室に入って鍵を閉めた。
「テラフニエル、あのカレーは何だ」
「この世界では非常に珍しい通常のカレーです」
「そうか、食べると向こうの世界と俺の意識が完全断絶するんだな」
「既に、マスターは以前の世界から断絶されています」
「誰がやった」
「お答えしかねます」
「おお、そうかい」
「では、質問を変えよう。答えを知っているのか?」
「お答えしかねます」
「答えは知っているのか、ふむふむ」
「なッ」
「知らないなら知らないと答えるだろう?普通」
俺は、トイレの窓から外に出て走り出す。
手持ちは、いつも携帯している傭兵端末のみだ。
「テラフニエル、俺を船まで抱えていけ。そのまま船飛ばせ!」
「それは」
「出来ないわけないよな?それにあれの所有権は俺にあるはずだが?」
「わかりました」
こうして俺は、空の人となった。
「浮遊大陸でもあったら、面白いんだけどな」
「ありますよ?現在は海底で休眠状態にありますが」
「なんでもありだな、この世界」
しかし、この船のキッチンにある冷蔵庫パンパンじゃないか。
俺が逃げ出すことを想定していたのか?
「とりあえず、母さんに連絡するか」
俺は、船の通信機から家の電話に繋いでみた。
「あの、俺だけど」
「あらあら、ちゃんと連絡してくるなんてえらいえらい。でも、明菜とネフィーちゃんがものすごく怒ってるから後で謝るのよ」
「うん」
「骨はひろってあげるから」
「え!?謝ったら許されてハッピーエンドなんじゃ」
「現実って世知辛いわね」
「ごめん!ごめんなさい!色々てんぱってて」
「うん、それは分かってるから。少しゆっくりしてらっしゃい。二人は私が抑えてちゃんと説明しておくから」
「かーちゃん、まじ女神」
「お父さん神様やってるから、当たらずも遠からずね」
笑う母さんの顔が思い浮かぶ。
通信を切って、俺は食堂に向かった。
テラフニエルがお茶を淹れてくれる。
「さて、どうしますかねー。つーか、傭兵の身分証ドックタグからいつの間にヘンテコな端末になったんだ?」
「そういえば、そうですね」
「あと、バルキアケルどうしてる?」
「御身の傍に」
「ああ、やっぱりそういう登場なのね。ずいぶんほったらかしにして悪かったね、これからはビシバシ働いて貰うから」
「至上の喜びです」
現状の把握をしっかりしないとな。
あとは、今後の目標の設定だな。
全然、考えがまとまらない。
「マスター、もう夜です。睡眠を推奨します」
「え?」
外を見ると月明かりが差し込んでいる。
「ココアを飲むと良く眠れるらしいですよ」
「いや、ホットミルクを頼む」
バルキアケルから、ホットミルクを受け取って寝室へ向かった。
少しずつミルクを飲んで考える。
もう、茉莉にも隅田君にも会えないのかなー。
手にポタポタと涙が落ちた。
「寝よう」
固いベッドに横になったらふと思った。
この世界って乾燥してるよな。地政学的な測定をしないとだめだよな。
水がある程度行き届けば・・・そのまま俺は寝てしまった。
「この世界も世界観を統一した方が良いと思うんだよなー」
俺はデッキから雲海を見ている。
「どうされたのですか?」
「いやね、あれは流石に」
「しかし我々も神話上の存在のようなものですから、不思議はないかと」
「そういう考え方はあるのか」
目の前には数十頭のドラゴンが船に並んで飛んでいる。
西洋竜と言われる、大きな胴体に大きな翼だ。
「なかなか勇壮だけど、攻撃してこないよね?」
「こちらからしなければ、恐らく」
「恐らくなんだ。どうりでこの世界で航空機が少ないはずだ」
ひと際大きなドラゴンがこちらをちらりと見やると少しずつ離れていった。
「この空の何処かに竜の巣か谷でもあるんだろうか」
「ご存知なのですか?」
「いや、なんとなく。なんとなくだよ。今日はどうしようかな、竜が居るくらいだからスカイフィッシュでも釣れないかな」
雲の中に釣り糸を垂らしてのんびりすることにした。
うーむと俺は、デッキで跳ねる魚を観察する。
冗談でやってみたが釣れてしまった。
どう見ても鯵だよな、なんで鯵が雲の中から釣れるんだ?
雲の中に水が溜まっているのか?
しかし、それでは塩分やミネラルやプランクトンとかどうなってんだ?
とりあえず、もう少し釣ってみることにした。
空で釣りをする奴がいないせいか爆釣だった。
「しかし節操のない生態系だな」
秋刀魚に鯖などの海水魚と鯉やフナなどの淡水魚が同じように釣れてしまう。
雲の中を進んでサンプルを回収したいところだが、嫌な予感がする。
普通に考えて、ドラゴンの餌場だよな。
空に水が浮いているから、地上が荒れているのか?
俺は、何を考えているんだろう。
俺は、何をしたいんだろう。
天使に魚を冷凍保存してもらい、幾つかを母さんの所で分析してもらう。
普通の魚なのかを知りたかった。
でもと、俺の頭の中で一つの諦めある。
竜と敵対することになったら人類は、今以上に窮地に立たされる。
もう誰が敵か分からない世界で新しい敵を作るのは好ましくない。
仮に人間が一致団結して、ドラゴンに勝ったとしてもドラゴンが居なくなるのは寂しい。
前の世界では沢山の動植物が絶滅していたし。
しかし、俺は何で俺はあっちから断絶されたんだ?
確か、創物主は箱庭の住人が箱庭を造ることは許容できないとか言っていたな。
どこのどいつか知らないけど。
でも、神様って訳じゃなさそうだ。いや、神様なのか?
父さんはあくまで代役っぽかったし。
会長の作ったこのゲームの世界が箱庭の住人が作った箱庭なのか?
だとしたら、消されるのはこっちの世界だよな。
何の因果か俺が向こうに存在してたから世界を守るために会長は俺を捨てるという英断をしたんだろう。
なら、なんで俺は俺達はまだ存在しているんだ?
分からない事だらけだ。