未来は、まだ、分からない 6話
2週間後
「レイコさん、精算して」
「はい、今日も無事で何よりです。登録証をお願いします」
「はい」
「確認が取れました、今回の作戦目標は、敵機甲師団の壊滅、もしくは遅滞ですね。2週間の遅滞を確認できました任務達成おめでとうございます」
「ありがとう」
「どのような魔法を使ったのですか?衛星情報では、敵が不自然な転進を行っております。その後の攻勢も勢いがなく撤退していきました」
「ふふふ、企業秘密」
「そうですか、では入金できましたので登録証はお返ししておきますね、なにか入用な物はありますか?」
「あ、バイクが壊れちゃったから、新しいのを自宅に納車してくれる?」
「分かりました、口座から引き落としを行います概ね1週間での納車となります」
「ノーマルじゃないから仕方ないね、それでお願い。あと500萬円分の燃料を指定地点まで移送して欲しいかなタンクローリーは買取でいいや」
「承りました」
「それじゃ」
「お疲れ様でした」
正太郎は、自宅には帰らず情報屋の元を訪れた。
「おう、正太郎じゃないか。今日は、どうした?」
「アフターケアかな?かなり無茶させちゃったし、ついでにあの後の敵の様子がどうだったのかちょっとだけ気になったからね」
「殊勝なこった、正太郎の名前も何も向こうは掴んじゃいないし、探してもいないようだ」
「そうだろうね、上層部は物資の横流しの範囲や犯人探しとかで忙しいだろうし」
「なんだよ、知っているなら聞くなよ」
「それくらい予想着くよ、その前の戦闘の事かな聞きたいのは、報酬は燃料500萬円分でどう?」
「お前は、こっちが欲しいものまで知ってるのかよ、傭兵なんて辞めて情報屋になったらどうだ?」
「やだよ、稼げないし」
「今のお前の稼ぎを考えたらそうだな、でも、そんなの何時までも続かないぞ?」
コトリと正太郎の目の前にカップが置かれる。
カップからは、珈琲のいい香りがしている。
「へ?」
正太郎は、驚いた。
「お前がいつも、お茶も出ないっていうからな。サービスだ」
隻眼の情報屋は、ニヤニヤとして自分の分の珈琲に口をつけた。
正太郎が驚いたのは珈琲がサービスされたことではない、突然珈琲が出てきたことだ。
情報屋の後ろには、トレイを持った一人の少女が佇んでいた。
正太郎に気付かれることなく、香りのする珈琲を二人分用意した少女が。
正太郎は、背中に冷たいものを感じた。気配を全く感じないということは、いつ殺されても分からないことを意味するからだ。
正太郎は、温かい珈琲に口をつけ、「趣味が悪いね」と情報屋を睨んだ。
「そんな、怖い顔するな。お前を殺すことは今のところないから、紹介する娘だ、もちろん血の繋がった実の娘だぞ?」
少女は、少し顔を赤らめてペコリと頭を下げた。
「子供がいたの!?そんな怖い顔して!?」
「失礼な奴だな、美人の嫁もいるぞ」
「娘さん、お父さんに似なくて良かったね」
「ほんとに失礼な奴だな、嫁の写真見るか?」
「いやだよ、気持ち悪い笑顔してないでよ、燃料移送用のタンクローリーは、そのままあげるよ」
「お、ずいぶん気前がいいな」
「恩を売っておけば僕の身の安全は、少しは保証されるでしょ」
「娘は、やらんぞ!」
「いらないよ!いや、君が可愛くないとかそういう意味じゃないからね!」
正太郎は、悲しそうな表情でこちらを見つめる少女に向かって言い訳をした、内心ヒヤヒヤものである。
「もう!いい加減情報を渡してよ」
「そうだな、久しぶりにお前をからかえて面白かったしちゃんと教えてやる」
私の名は、グラッペン。名もなき士官だ。
今は、撤退戦を指揮している。
本来であれば上官の上官であるラトラー准将の下で浸透作戦を行っているはずだが、上官達は全て戦死してしまった。
一人でも多くの兵を連れて帰る決意と共に檄を飛ばす、小さな特務少尉の言葉を胸に。
特務機関とは諜報など様々な特殊作戦をときに指揮し、ときには自ら実践する組織だ。
本来の階級より一つか二つ上の指揮権を持つことが常である。
ラトラー准将の派閥は、自分の持つ正しい軍人の姿とは正反対に位置している。
物資の横領に、情報の漏洩など自分達の私腹を肥やすことばかり考えているような輩だ。
今回の浸透作戦は、本来であれば現用装備で行うはずだった。
しかし、ラトラー准将の発案で旧型の装備で多大な犠牲を厭わず遂行することになった。
配備されるはずだった装備は、他の部隊や民間軍事会社へ横流しされ旧型を揃えることでその差額を懐へ入れた。
笑いあう派閥の面々を苦々しい思いで眺めていた。
査察部への告発を行ったこともあるが、准将の派閥は案外広範囲であり部隊の外に情報が出ることは無かった。
それ以来、自分は派閥の面々から距離を置き事なかれ主義を貫いていた。
こうして士官以外の多大な犠牲を前提とした浸透作戦が開始された。
そして敵性勢力圏内に入ったところで、小さな特務少尉が現れた。
少年兵のような特務少尉は、自信を持った態度でラトラー准将と渡り合っていた。
その姿は、くぐってきた実戦経験に裏打ちされているようだった。
気が付けば、自分は特務少尉に話しかけていた。
特務少尉は、まるで事前に知っていたかのように今回の作戦が甚大な被害を前提にしていることを見抜いた。
上官のあり方に不満を持っていた思いを優先させた自分に大局的な物の見方をするよう教えてくれた。
特務少尉の持ってきた指令書と横領への査察をちらつかされたラトラー准将は、直ぐに命令に従った。
そして、転進した自分達は物資の補給を受け、展開地点へ向かった。
ラトラー准将も流石に補給物資まで横領することは無かった。いや、出来なかったと言うべきだろう特務の紐付きの物資だ横領すれば直ぐに足がつく。
目的地までは、転進と補給のため2週間以上かかってしまった。
いくら情報を遮断したとしても、流石に敵に作戦が露呈してもおかしくないと思った。
しかし、ラトラー准将は補給が無事に受けられたことに満足したのか指令書通りに作戦遂行を命令してきた。
唯一の救いは、展開地点つまり戦場になると思われる場所は、どこの空軍基地からも遠く航空戦力の投入は見送られると予想されることだ。
鈍重な機甲師団では、航空戦力には歯が立たない。
同じ航空戦力による制空権の確保が絶対条件となる。
敵にも味方にも航空戦力が無いため、ラトラー准将は大手を振って旧型装備に切り替えたのだろう。
それから何日かして、目的地に着いた。
斥候部隊が戻らない事に嫌な予感がして撤退を進言したが、犠牲が前提のため聞き入れてもらえるはずがなかった。
嫌な予感ほど当たるもので、目的地には既に敵が展開を完了していた。
そして、地対地ミサイルが発射されるのが分かった。
そのミサイルは的確に後方の指揮車両群を吹き飛ばした。
自分は、特務少尉の言葉を胸に部隊中央に居たため難を逃れた。
無線機で被害状況を確認するよう部下に指示を出しつつ、自分は近くにいた通信士を捕まえて上官のへの通信を行わせたが反応がないとのことだった。
「全軍、撤退だ!上級士官が戦死したため自分が指揮を受け継ぐ!先頭機甲部隊は威嚇射撃のみで全力で転進しろ当てなくていい責任は自分が取る!」
幸いなことに、敵からの追撃は散発的なものだった。
恐らく撤退指示が遅れていれば、指揮官の居ないこちらは敵の全力攻撃を受けて壊滅していただろう。
結果的に指揮車両群と数十名の死傷者を出したが無事に基地に帰還することができた。
作戦の失敗により自分は責を負わされるかもしれないが、最小の被害ですんだ。一人でも多くの兵を生きて帰すことが出来て満足だ。
結果から言えば、上級士官の戦死と浸透作戦は失敗に終わったが敵の布陣の完成が済んでいたため全滅の可能性が高かったところを軽微な損害での帰還でチャラとなってお咎めなしとなった。