本当の世界とは? 11話
俺が半分白目を剥いている間に、目の前に蕎麦が置かれる。
「季節的に新蕎麦でもない、南半球産でもない。これはやりすぎですね」
ずっずっと蕎麦を食べていく。
恐らく、水耕栽培で季節を弄ったのだろう。
「で、どうだい?ユー坊」
「このタレ、何処で盗んだというのは野暮でしょう」
店の隅に立っている黄色い着物をきている超絶美形な女の人は知っている。
この商店街が草原だった頃から蕎麦屋をしている老舗の子だ。
「良く分けてもらえましたね」
「それは、僕は蕎麦打ちにかけては、誰にも負けないからね」
「あー、そうでしたね」
「ユー坊のせいでもあるけどね」
「全く意味が分かりません」
袖を茉莉が遠慮がちに引っ張る。
「ん?なんだ?」
「ゆーくん、先輩ボコボコにした」
「え?」
「ゆーくん知らないの?先輩は、当時荒れてた。ゆー君のバイクに近づいてウサギさんにボコボコにされた」
「あー、なんというか」
「それだけじゃない、復讐をしようとしてもウサギさんはルール無用。だから、先輩はルールに逃げてボクシング始めた」
「茉莉ちゃん、あの、僕の過去は」
「ゆー君は弱い。だから、ボクシングのルールに乗ってこない。だから、先輩、ゆーくんが食いしん坊だと知って実家の蕎麦で特訓始めた。もうその時点でくるくるぱーになってたと思う。」
なんだろう。俺は一体何をしたんだろう?
茉莉の言うウサギさんは、俺が乗り物組んだりしただけのはずなんだが、なんでそんな?ええ?
「先輩、めちゃくちゃ頑張った。何に命かけてるか分からないくらい」
茉莉は、お茶に口を付けた。。
なんだろう、男性陣ライフがゼロよ!
「先輩、好きな人できた。自分の蕎麦も限界を感じた。先輩の彼女のお父さん厳しい人、弟子何人も辞めたよね」
恥ずかしそうに、頷く人ひとり
「そこに先輩が紹介される。お父さん大激怒。でも、そこは私には分からない。なぜか仲良くなってる」
先輩を見ると泡を吹いている。
ちらっと彼女さんをみると、寄ってきた。
「えっと、初めまして。婚約者の鈴奈です」
「「はあぁ?」」
茉莉とハモってしまった。
「ちゃんと説明するね」
お姉さん、顔真っ赤ですけど。
「お父さんがね、蕎麦打ちも出来ない奴に嫁にやれるかー!って怒ったんだけど」
あー、あー、もう甘甘ですね、もうげんなりですわ。
「彼は微笑んでね、お蕎麦をね。そしたね、お父さんがね。こんな強い香りとコシじゃあ、普通のタレじゃあ負けちまうって。蔵からずーっと使ってなかったの出してきたの」
「はいはい、で、結果がこれって事でしょ?」
「うん、あの、祐介君、ありがとね」
「はあ?」
おれ、さっきから疑問形しか口にしてない。
「お父さんは、婿に欲しいって言ってたんだけど彼、一人っ子だからお嫁に行くことに、あ!うちのお店はお父さん現役だし弟たちがボクシングしてるから」
「はいはい、ごちそうさん」
そういって、俺は立ち上がる。
「ゆーくん、私、まだ、お蕎麦食べてない」
ううぉーい!空気よめー。
ここは、颯爽と立ち去る場面でしょうが。
「そうだった。あまりの事に本題を忘れる所だった」
先輩復活してた。普通にしてたら超絶イケメン。
「ほい、おまち」
俺たちの前には、それぞれ盛りそばが一枚ずつ。
あれ?さっき、茉莉には出て無かったな。
「んー!おいしい!」
「どれ」
正直、唸った。
つまんだ蕎麦の先端だけをつゆに浸ける食べ方、完全につゆに泳がせる食べ方、色々試してみる。
しかし、どの食べ方をしても美味い。
決してしょっぱくも辛くもならない。これならば、食べ方を観光客向けに図示してやれば楽しめるだろう。
このままでは、先代は越えられない。
「先輩、この山葵、どうしたんですか?あと生姜」
「ちょっと頑張って仕入れて来たよ。あ、サンプルはユー坊のお父さんに渡してあるけど、出来る限りそこから仕入れる」
「余計なお世話かもしれないですけど」
「うん、水源になる山も買ってあるよ。余計なお世話だね。で?」
「とても美味しいです」
先輩は、気絶するように崩れ落ちた。
「あなた!」
「大丈夫、大丈夫だ。俺は、この時のために頑張ってきた」
なにこの夫婦漫才。
俺は、普通にレトルトでも旨いって言うわ。
「「ごちそうさまでした」」
俺たちは、料金を払って店を出た。
要らないと言われたが、それは、違うと偉そうに言ってみた。
「さて、ラーメン食べに行きますか」
「うん!たくさん食べよう!」
蕎麦屋の前でする会話じゃないね。
結局、馴染みのラーメン屋で味噌ラーメンと餃子を頼む。
昔ながらのラーメン屋さんは、なんというか安心感があっていいね。
値段も良心的で学生たちの御用達だ。
俺たちは、帰りにコンビニでアイスを買って家路に着いた。
「蕎麦屋で長居しすぎたな」
「でも、先輩も嬉しそうだったからいいじゃない」
「まぁ、それもそうだな。商店街が元気なのは良い事だ」
「いつまでも、こんな時間が続くといいね」
「ああ、そうだな」
しかし、それは無理だろうと俺は思っている。
商店の高齢化、駅前の再開発も計画されている。
新しく綺麗でおしゃれな駅と大手資本が入ったら、地元の商店街なんか直ぐに閑古鳥だろう。
八百屋も魚屋も肉屋も、独自の流通ルートを確保しておかないとダメだろうな。
「ゆーくん、また、何か難しい事考えてる?」
「え?いや、別に」
「そう?それなら良いんだけど」
「ところで、今日も泊まるのか?」
「うん、一週間くらい?」
「まあ、いいや。もうちょっとだけ編集してしまうから、先に風呂にでも入ってな」
「はーい」
茉莉は、着替えを手に部屋から出て行った。
「ん?なんだこれ?」
PCを開くと文字化けしたメールが届いていた。
「添付ファイルも無し、差出人もアドレスも文字化けしてる。つーか、この元アドレスもこれじゃあ機能しないだろう。セキュリティーにも反応なしと」
一旦、データをスタンドアロンのジャンクノートPCに移して中身を開いてみるが、文字化けしていて全く読めない。
「新しいスパムでも開発されたのかね?削除、削除っと」
順序通りに撮れたから編集も楽なもんだ。
冒頭の数分をネットに上げて後はマスターとしてディスクに焼いて、隅田君に渡す予定だ。
「あんまり凝っても仕方ないし、後は、全体にフィルム映画風のフィルターを掛けたら完成っと」
我ながら、なかなかの出来だと思う。
「ゆーくん、出来たの?」
風呂上がりの茉莉がバスタオルで髪の水分を取りながら声をかけてきた。
「おー、なんとか形になったぞ。あと、ちゃんと水分取るんだぞ」
「はーい。観たい観たい」
「そうだな、俺もちゃちゃっとシャワー浴びてくるからその後に一緒に観よう」
嬉しそうに笑う茉莉を部屋において、シャワーを浴びてポカリを二人分持って部屋に戻った。
茉莉は、俺が放置していたノートPCを覗いている。
「ゆーくん、これ何?」
「ん?変なメールが来てたから隔離しておいたんだ。文字化けばかりで読めないしな。それよりムービー観ようぜ」
「う、うん」
俺は、パソコンではなく大きなモニターに映し出した。