歯車にならないように 9話
普段無表情の天使達に安堵の色が伺える。
ゆっくりと登っていく。
「突撃ー!」
正太郎は、あらん限りの声で叫んだ。
飛空艇が軋みを挙げてヤコブの梯子を登っていく。
天使の力がヤコブの梯子に吸い込まれているため、船体を維持するための天使の謎パワーが失われつつある。
空に大きな魔法陣が描かれている。
ヤコブの梯子は、そこに吸い込まれている。
飛空艇もその魔法陣の中に吸い込まれていく。
そこに大地は無かった。
どこまでも空が続いている。
空に地面が浮いており、其処から水が流れ虹を作っている。
空の大地には、木々が生えており、命の息吹を繰り返している。
さらに奥に、黄金に輝く雲の上に建物が建っている。
ヤコブの梯子を登った天使は、その建物を目指して喜びに満ちて向かっている。
飛空艇に組み込まれた、天使達も喜びに満ちている。
故に、そのまま飛空艇を向かわせる。
「姉さん、ピーちゃんに使節を頼んで、ラファエルに大門を開けて俺達を居れるように。こちらにはミカエルもガブリエルも居ると伝えて」
少しずつ、天使が解放されていき飛空艇は形を失くして、ただの帆船になっていく。
「帆を張れ!パズス、風を頼んだぞ。船を落とすなよ」
「委細承知」
天界を進む正太郎達、天空に浮かぶ大地や木々の先に大きな門が聳えており、その先に光り輝く尖塔が建っている」
大門が、少しずつ開いていく、その開いた隙間を抜けるように船は進んでいく。
{ぐうう}
パズスが苦し気なうめき声をあげる。純粋な魔神には天界の光はつらいだろう。
「船を軟着陸させろ、そのまま船倉に籠れ!勝手に消えるんじゃないぞ」
船が軋みをあげて着陸する。
船の周りには、何千という天使が舞っている。
「さて、行きますか」
俺たちは、ひと際輝く尖塔に向かって歩き出した。
遠くに見えていた尖塔も、動く道であっという間に辿り着いた。
「この先は父の間です、本当にいくんですか?」
テラフニエルが、不安そうに声をかけてくる。
「ああ、いくよ。辛いなら待っていたらいい。創造主と俺らを比べれば優先すべきは分かり切っている。この先に創造主が居ればだけどね」
ミカエルやガブリエルは平然としている。
俺たちは、父の間に入っていった。
苦悩していた天使達も付いてきてくれた。
光に満ちた、広間に入ると、ミカエルとガブリエルは真雪の傍を離れ奥へと飛んで行った。
玉座に、だらしなく座る男が一人。
両脇に、四大天使が控えている。
まるで、創造主のようだ。
男は、右手に稲妻を持った美丈夫から酒を注がれている。
「ひさしぶりだね、お父さん」
「ああ、正太郎か、いつのまに大きくなったんだ?」
「もう浦島太郎でいられる時間は終わったけど、どうする?」
「ん?あ?地球は滅んだのか?」
父の濁った眼を見るのも、濁らせている存在も見るのも反吐が出る。
「さて、四対四だ。貴様らの寂しさを紛らわせるための父を返してもらおうか。はっきり言うとお前らは俺達に勝てないよ?秒殺だ」
ナックルを顕在化させて右に振るう、何もなかった空間にガブリエルが現れて殴られてくれる。
ミカエルは、ネフィーに脳天かかと落としをくらってる。
ラファエルは、母さんから精神汚染をされているのか、膝をついて目から血を流している。
ウリエルは、姉さんを殴っていた。
僕らの中では、一番非力で頑張り屋さんで、ただの人間の姉さん。
ぼろ雑巾の様に転がっていく。
銃を乱射しても、天使には当たらない。精々、調度品を粉々にするくらい。
それでも、歯を食い縛り立ち上がる。
正太郎は、槍を無造作に振るう、その先にはガブリエルが現れて受け止めていく。
ネフィーは、ミカエルの炎の剣を焼けるのも構わず拳を握りしめ殴りかかる。
ラファエルの翼が黒く染まっていく、母さんの神経も焼き切れる寸前化もしれない。
ウリエルが嘲笑を交えて、横たわる姉さんに語り掛ける。
{ふん、ただの人間風情が天界で、天使に歯向かうなぞ言語道断}
ウリエルが稲妻を、振りかぶり明菜に振り下ろした。
{明菜、我を呼べといっただろう}
稲妻を手に掴んで手が天界の床から伸びている、四枚の翼を持つ堕天使が姿を現した。
「マステマ、ありがとう」
マステマが空いた手を明菜に向けると、明菜の傷は癒された。
{マステマ、貴様のような堕天使がなぜ、天界に存在できる?地獄の重力に負けて飛べないはずなのに}
{我にも、分からない。しかし、明菜は私に慈悲を与え我は救われた。故に彼女の守る}
マステマが四枚の翼を大きく広げ、臨戦態勢をとった。
ウリエルは、狼狽していた。
マステマは二枚の翼を黒く染めて地獄に堕ちた。
しかし、目の前のマステマは、白い翼を四枚広げている。
天使の力量は、翼の数に比例する。
ウリエルの翼は二枚、位階は熾天使だが魂の力では叶わない。
{ポチ、タマ、ピー、貴様らはそれで良いのか?明菜に喜びを与えられなかったのか?}
その声に呼応するように3体の天使が現れた。全員が羽を広げている。
ウリエルが吼える。
{父に仇なすのですか!貴方たちは天使であることを捨てて堕天するのですか?」
ポチがウリエルの腕に噛みつき吠える。
「構わぬ!明菜様のために堕ちるなら本望」
タマはウリエルの背中を切り裂く。
「うちのお母さんは明菜にゃ」
ピーちゃんがウリエルの前に立つ。
「ねえ、ウリエル様。我々天使は父から何と言われました?それを忠実に守る我々と貴方に勝ち目があると思っているのですか?祝福すべき魂を守る我らに」
その言葉にウリエルは、激高する。
「我々が父の意思に忠実でないとでも!我らも祝福すべき魂を守っている!」
正太郎は、ガブリエルを踏みつけながら鼻で笑う。
「人間を父を愛するようように愛せ。それを薬で傀儡にして触媒にして魔界に侵攻することが同じだと思えるとは、俺の頭は可笑しいのかねー」
正太郎は続ける。
「正直に言えよ。地獄の統治には飽きた、いつまでも地獄に堕ちていく人間が憎いと」
「私は、父の意思と命令に従っているだけだ」
「そらそうだろうよ。しかし、地獄がなくなれば、自分の役目は終る。また、父に愛してもらえると願わなかったか?」
「そんなことはない。私の意思は神の意思だ」
その言葉で、他の天使が固まってしまう。