歯車にならないように 8話
「ねえ、正太郎、あれ、蛙よね?」
「うん、蛙だね、でもそれは言っちゃいけないと思うんだ」
「そう、でも、この緑茶ってのは美味しいわ」
「うん、正座もせずに胡坐で飲んでいる姉さんに僕は恐ろしいよ」
ちゃぶ台の向こう側で、蛙の体に人の顔に王冠を頂いた神格が団子を頬張っている。
「あの、バアル様ですよね?」
{そうじゃ、本来ならほれ、その奥の玉座に釘付けだったがな。あれこれしているうちにこの部屋位は動けるようになった}
バアルは、自分の腹を見せると其処には、もう見慣れてしまった鈍い色の杭が刺さっている。
「すごいですね、その杭を抜きに僕たちは来ました」
{ああ、わかっておる。既にマステマもリリスも自由になっておるようだな}
「はい」
{汝の望みはなんだ?}
「僕の望みは正直分かりません、でも、地獄を切り離したいと思います」
{その後は、どうする?}
「とりあえず、散発的な紛争は人間の性から無理かと思うので、環境の整備を行いたいと思います、具体的には何もないですが}
{人間を増やして、星の寿命を縮めるのか?}
「そもそも星の寿命は、人間程度がどうこうできるものではありません。星の命とは何ですか?内殻の運動ですか?」
{そうか、神性を感じられぬ人間には理解が不能か}
「恐らくそうだと思います。たとえ、その星が神格を産み人間の意識がそれを形作るとしても。人間の意識が認識できないのそのものが在るかもしれませんが」
{ふふん、多少なりとも真理は理解しているのか}
「この問答に意味は無いでしょう。私達の目的は、地獄を切り離して戦争を止めたいです」
{貴様、自身の目的はなんだ?}
「神に、いや、神を自称している存在を確かめに天界に行きたいです」
{そうか、なら、我については、そのままにしておけ}
「なぜ?」
{地獄が悪魔を楔として人間界に繋がった、そして、その後に天界から天使が卵の状態で投入された}
「天界と人間界は、繋がっている?しかし、天使をそのまま送れるほどには繋がっていない。クザファンの所に言っていきます。そして、戻ってきます」
{聡い人の子じゃの。あちらには、連絡しておくいつでも旅立つがいい}
「何から何まですいません」
{急いだ方が良いじゃろうな、向こうも無手無策という訳ではないだろうしの}
「分かりました。直ぐに出立いたします」
正太郎達は、直ぐに飛空艇をグザファンの居る場所まで飛ばした。
その間、5日間。
特に何もなく、居城まで辿り着いた。
兵士が案内をしてくれる。
今回も全員で参加だ。
管制官からの指示に従い飛行場の一角に停泊した。
案内をしてくれる兵士は、非常に丁寧に案内をしてくれた。
そこは、地下深く。
マグマが蠢いているほどの地下だ。
今までの悪魔でも、こんな地中奥深くに居るとは思わなかった。
杭は、今までそこまで奥深くに打たれてはいなかった。
正太郎達が、その地底まで案内されてきたとき、角の生えた白髪の老人は、幾つもの機械を操っていた。
{来たか。バアルから聞いている。天界にケンカ売るってなー!剛毅なもんだ!なんでも持っていけ!}
「まったく違います。とりあえず、その首に刺さった杭を消しますね」
{おおー!自由になった!これで研究が捗るってもんだ」
「いや、地獄で釜を作るところから始めてください」
{ちょ、そんな話きいてないぞ}
「では、すこし猶予をあげましょう。出来上がっているのでしょう?機械巨人」
{なんのことか、俺にはさっぱりだ}
「その炉心にするために天使の卵が居るのでしょう?同士討ちとは、さすが悪魔、えげつない」
{なんで、そこまで分かってんだ?}
「簡単な話です。神話に書いてありました。貴方の出番はもうないのですよ、さっさと帰ってください」
ミカエルの魔法陣でグザファンが消えていく。
「あー、リヴァイアサンの改造の事とか聞き忘れた、けどいいや。母さん、ここのデータ全て吸い上げておいて」
グザファンの基地は、鉱山都市のように、幾つもの黒煙をあげる工房が立ち並び、城塞都市の様に幾つもの砲塔が空を向いている。
街の宿屋で聞いた話では、室内は空気清浄機が効いているらしい。
そして、工房の排煙にチャフ効果のある物質を混ぜて妨害工作も行っているらしい。
グザファンの研究成果を手に、バアルの拠点に向かう事にする。
その間に、この城砦都市の権限に自分に移譲しておく。
ある程度の混乱はあるかもしれないが、一領土を手に出来たも同然だ。
{万事、抜かりないようだな}
「ああ、バアル。貴方の手の平かもしれないかもしれないけど、僕たちは行くよ」
{そうか、では、わが杭を抜け。何かあれば、呼べばよいぞ}
バアルの杭に触れると、即座にミカエルが送還の魔法陣を展開する。
そして、バアルは茶を啜りながら沈んでいった。
「さて、これで全ての杭が抜かれたわけだ。地獄は人間界から切り離される。だが、海は戻らない。水が足りない状態は続くんだ。母さん月面との連絡は?」
「基地は完全に完成。氷彗星を牽引中、海だったところに軟着陸予定」
「その軟着陸は、グザファンの所のロボットに引き継ぎ」
「了解、引き継ぎ完了」
「全ての天使をこのバアルの飛行場に集合させて」
「任務遂行後の到着に2日を様子」
ふー、正太郎は、大きく息を吐いた。
地獄を切り離したら、天使の役目は終わり帰還するはずだ。
地獄を切り離してしまったら、悪魔を殲滅するという天使の意義が失われてしまう。
火から作られ、天を守り、人間を祝福しなければならない不遇の存在。創造主を愛し、それゆえに自我に目覚め堕ちた者もいる。
そのため悪魔も天使も互いが居ないと存在できないと定義してもいい。
しかし、地上に傭兵として残っている悪魔の殲滅するために一定数の天使は残るだろう。
それは、大きな力を持った天使であってはならない。
星を破壊しかねないからとグザファンのデータに載っていた。
バアルの飛行場に数千の天使が集まった。
そして、ミカエルが何かを唱える。
空から、階段が降りてくる。
数千の天使たちは、それを順序良く登っていく。
それは、ヤコブの梯子と呼ばれるらしい。
地獄へ落ちるより天界へ戻るほうがとても大変らしい。
正太郎は、そんな風に思って眺めていた。