歯車にならないように 6話
正太郎は、何時ものように単独での潜入をするのを止め飛空艇で直接乗り込むことにした。
これには、いつも留守番の明菜もネフィーも大賛成だった。
念のため、防弾チョッキとヘルメットを装備して、それぞれ武器を取った。
「姉さんは、それでいいと思うよ。AKだね」
「うん、私は、訓練とか受けてないし取りあえず牽制かな。だからマガジンをなるべく持って行く」
我が姉ながら優秀だ。
「さて、ネフィー、それは何だい?」
「えっと、右手に持ってるのは、バレットM82対物ライフルです。2キロ先でも粉微塵。左手に持ってるのはブローニングM2で基本粉微塵です」
ネフィーは、何と戦うんだろう?ってかどれも普通に片手で持ったり撃てない代物だんですけど。
「無反動砲とかロケット持って行ったら誘爆しそうだから止めました」
いや、ドヤ顔されても困るんですけど。
「と、とりあえず、行きますか。母さんは周囲への哨戒をお願いね」
「分かったわ」
因みに僕は、ハンドガンしか持ってない。
ほぼ手ぶらだ。
そんな感じで、飛空艇は発進した。
そこは、何の変哲もない小さな補給基地のようだ。
警報が鳴り響いている。
そらそうだ、所属不明、機体特性不明の船が降りて来た。
それなりの兵士が配置されているが、散発的な攻撃しかしてこない。
流石に、ネフィーの粉微塵は勘弁してもらった。
ネフィーが船から降りた途端に兵士が逃げ始めた。
そらそうだ、人間戦車みたいな状態の女の子が重機関銃乱射で、しかも笑顔で向かってきたら自分でも逃げると正太郎は本気で同情した。
「というわけで、やってきました無人の施設」
「普通に考えて、地下に何かあるわよね」
「キルゼムオールですか?」
「ネフィー、あの優しいネフィーはどこへ行っちゃったの?」
「ここに居ますよ、はい」
「うん、そういう意味じゃないんだけどいいや。ちゃっちゃと行こう」
そこは、これまで通り円筒形の光る柱に卵が浮かんでいる。
「やっぱりかー、でも、なんでだろう?」
正太郎は、コントロールルームから操作して三つの卵を取り出した。
「姉さんと、ネフィーと、俺で一個ずつね。温めて孵してから今後を考えよう」
そういって正太郎は、二人に卵を渡した。
自分の分はお腹に括りつけている。
正太郎には、ひとつ懸念があった。
ネフィーは、天使と人間のハーフだ。
アーカイブによれば、神を殺せる巨人が産まれるはずだ。
しかし、ネフィーは怪力だけど自分と変わらない大きさだ。
それが更に天使を孵せるかという、非人道的な実験でもあると自覚している。
天使を全て顕現させたら、バアルとグザファンの所へ向かうつもりだ。
位置もコントロールルームに残されていた。
完全に彼らの掌の上で踊っている。
しかし、いまは、これで仕方ないと思っている。
「どっちから行こうかな」
正直、正太郎は迷っていた。
正太郎の中では、リヴァイアサンを改造したのはグザファンだと睨んでいる。
彼は武器を造ることに長けていたし、好んでいたそうだ。
しかし、神代の時代から武器を造っていた存在に悪魔を改造するというブレイクスルーを起こした存在が気になる。
対して、バアルは神格の一つだ。
十字教に悪魔と定義されただけで、天使とは一線を画すと思っていい。
正直、手に負えない可能性が高い。
以前リリスが言っていた通り、ご都合主義で考えると、グザファンの所で武器を強化して、バアルも味方になるってところなんだろう。
しかし、そんな物語みたいな展開なんてあり得ない。
自分が、生きている事すら奇跡なのに。
なんて、考えていると卵が震え始めた。
「三人とも孵りそうだ、いったん地上に戻ろう」
地上にもどると空は満天の星空だった。
真雪が用意したガスランタンが周囲を淡く照らしている。
施設の街灯は、明菜とネフィーが乱射したときに粉微塵になってしまっていた。
「こんども天使なのよね?名前はどんなのが良いと思う?」
明菜がポチとタマに嬉しそうに語り掛けているが、2体とも自分たちの二の舞になるのかと同情を含んだ苦笑いをしている。
「私にも、天使が付くんですね。ちゃんと正太郎君の役に立つように、しっかり躾ないと」
ネフィーは、なんだか良く分からないことを言っている。
ネフィー、天使はペットじゃないぞ?
「俺も、名前考えないとな」
母の淹れてくれたお茶を飲んでいると、卵が割れた。
「主の御身の前に」
軽くウェーブした髪の長い天使が正太郎の前に跪いた。
「貴方の名前は、ラドゥエリエル。色々な事を教えて欲しい」
「喜んで、早速なにかありますか?」
「いや、普段は出来るだけ、無口で頼む」
この手の輩は喋らすと異常に長いと相場が決まっている、なにより、その名を体現しているなら喋らすのは危険だと正太郎は判断した。
ラドゥエリエルは、たいそう不満そうだ。
「大丈夫、ここじゃ聞けないこともだけって事だから、皆と仲良くやって欲しい」
「畏まりました」
正太郎は、母の傍に立つ、ミカエルとガブリエルに視線を向けると驚いた顔をしている。
アーカイブの通りかと正太郎は確信と共にほくそ笑んだ。
「貴方の名前は!ピーちゃんよ!」
明菜の声に、場の空気がやりやがったよコイツという雰囲気に包まれた。
「はい!このピーちゃん、誰よりも早く飛んで主様の役に立つね!」
明菜に抱っこされている、小さな天使が嬉しそうに微笑んでいる。
最後は、ネフィーかと視線を向けた瞬間、砂塵が舞った。
その姿は、天使とは程遠く、四枚の羽根、獅子の頭、手は3本の鈎爪となっており蠍の尾を持っていた。
「我が名は、パズズ。我を顕現させたのはお前か?」
ネフィー以外の全員が臨戦態勢を取る。
アーカイブによれば、悪霊を統べる魔神だ。
「どうして、天使の卵から魔神が生まれるんだ?孵す者の存在か?そもそも天使の卵じゃないのか?」
がっとパズズは頭を掴まれると、地面にクレータが出来るほどの力で叩きつけられた。
「めっ!偉そうにしないの!もうパズズって名前があるんだね。私はネフィーだよ」
「う、動けぬ!貴様何者だ!我を誰と心得る!?」
「ネフィーは、ネフィーだよ。正太郎君、しゃべる猫が生まれたよ」
「ネフィー猫は喋らないし、羽も生えてないよ」
「えー、猫じゃないの?天使?」
「我を天使なんかと一緒にするなっ、我は悪霊をおおおおおあだだだだ」
めりめりとパズズの体が地面に押さえつけられている、更にアイアンクロー状態の指にも力が込められているようだ。
「だから、偉そうにしないの。分かった?皆と仲良くするの」
「分かった!分かった!なんでも言う事聞くから、仲良くするから!た、たすけ」
パズズは口から泡を吹き始めた。
「ネフィー、もうその辺にしとかないと折角孵ったのに、天に帰っちゃうよ」
「やっぱり、躾は大事だったね」
ネフィーは、やっと手を放した。
パズズは、正座だ。
「我、パズズ。皆さま今後ともよろしく」
「う、うん。お互い頑張ろう。強く生きろよ」
「正太郎君は優しいね」
えへへと、はにかむネフィーと正太郎を見てパズズが口を開けて呆然としている。