歯車にならないように 1話
「西瓜を一つ。直ぐ食べるから切ってくれ」
マモンに奥を促されるまま進んでいく。
「西瓜です」
正太郎は、普通に西瓜を食べている。
「あの、正太郎様、これはどういう状況ですか?」
「マモンの策に乗ったらこうなった」
「おかしいでしょう!それにリリス様なにしているんですか!?」
「ん?旦那さまに珈琲を淹れておる」
「私は、クッキーを用意しました」
ネフィーは、一応の共闘を選んだらしい。
「マモン、お前の困惑も良く分かる。自分でもどうしてこうなったのか意味不明だ」
「は、はぁ。なんと申し上げていいやら。それでこのたびはどのようなご用件で?」
「別に、用はないんだ実は。次はバアル勢力圏内に行こうと思うから、情報屋の繋ぎかなー」
「申し訳ありません、ご希望には添えません」
「あ?マモン、消滅したいのか?」
「リリス、ちょっと大人しくしてくれる?」
「はい、珈琲のおかわりですね」
「で、マモンどういうこと?」
正太郎は、マモンに突っ込んだら負けだと視線で合図した。
マモンも無言で頷いた。
「端的に申しますと、バアル勢力圏内に情報屋が存在していないのです」
正太郎には、アーカイブから思い当たる節があった。
「信者しかいないのか」
「おっしゃる通りです。そのため情報は極端に少なく、兵士は死兵となって向かってくるようです」
「っていうことは、人間が多いのか?」
「その通りでございます」
「信仰か、厄介だな」
「左様ですね、縁を切ったと言え我が父も人間の信仰には苦慮していましたし」
「知恵の実とは、実に厄介だね。生命の実を食われる前に楽園を追放されるわけだ」
マモンが珍しく真剣な顔をしている。
リリスからも笑みが消えている。
「正太郎様は、どこまでご存じなのですか?」
「何もご存じじゃないよ。予測だよ、一日目に作られた天使は妄信かつ火からできてるから、恐らく実を手に出来ない。土から出来た原初人類は手に出来た。その程度の差だろ」
正太郎は、リリスに目を向ける。
「その辺どうなの?知恵の実を原初人類が食べる前にリリスは楽園から居なくなっているよね?知る限り、イヴとアダムが食べた事になってるけど」
「私は、アダムの伴侶して最初に創造されました、しかし、知恵のないアダムは獣と同等でした」
「あ、察ししたから無理しなくていい」
「いいえ、聞いてください」
「私は、創造された時点で知恵なり知識を与えられていました、しかし、アダムはそうではありませんでした。ひたすらに犯される毎日でした。私は自らの意思で楽園をでました。後は、概ね伝承の通りです力のない女が生きるために身体を売りました」
ネフィーが、拳を握っている。怒っているのだろう。
「それを棚に挙げてアダムは、自分に伴侶が居ないと肋骨から自分に都合の良いイヴを想像してもらったけど、それも蛇に唆されて追放まっしぐらってことか」
正太郎は、溜息をついた。
「その結果が、現状か」
おかしいと正太郎は思った。
楽園を追放された、天使が堕ちた。これは現状を鑑みるに事実なんだろう。
誰が地獄と地上を繋げた?
何の目的で?
天使も悪魔も人間には興味がないとミカエルが言っていた。
ならば、最終戦争で天使と悪魔の総力戦が起こってもおかしくない。
しかし、天使は封印されて、悪魔も小競り合いはしていても実質何もしていない。
消耗しているのは下っ端の悪魔と人間だ。
「バアルの所に行こう」
正太郎は切り出した。
「不可解な事が多すぎる、知恵を借りるつもりで行こう」
「正太郎殿、あそこは信者以外は門前払いです、真正面から行けば死にに行くようなものです」
「信者の大半が、遺伝子改良された獣人とかいうなよ?」
「正太郎殿の慧眼には、敵いません」
「アーカイブ読んでたら、その位は気が付くよ、バアルに関する資料は多いけど神格や性格を表す表現が殆どない。全力で当たろう」
リリスが異を唱えた。
「全力で当たるのならば、グザファンの勢力で武装を整えてからの方がよいのでは」
「俺は、グザファンの作る武具を全く信用できない。明けの明星が点に弓を引いた時にも自分の武具を推しているよな」
「ええ。それは聞き及んでいます」
「それが、自薦する通りの戦局を左右するほど強力な武装なら、明けの明星は堕ちていない。俺は、そいつを全く信用できない。そいつが作った武器もだ」
リリスは、返す言葉もないのか俯いてしまった。
「今回の相手は、神だ。どうしようもないかもしれない。けど、真正面からぶつかる方が良いと思う」
「正太郎が、そうしたいならそうしなさい」
「お姉ちゃんも、がんばるよ」
「ありがとう」
「んじゃ、母さんと姉さんで御萩作る準備しておいて、飛空艇で最寄りの基地まで行くから」
それから二日間、雲の間を縫うように飛行を続けた。
飛空艇で、バアルの最前線基地の近の上空までやって来た。
「畑が多いわね、それに実りも悪くないわ」
双眼鏡を覗きながら明菜が答えた。
「基地の外に、広大な畑か。防衛とかどうしているんだろう?俺たち普通に入ってきちゃってるけど」
「野生動物が、少なくなっているから盗賊とか他の基地の傭兵からの防備のみに力を入れているとしても妙ね」
真雪は、空を見上げた。
「監視衛星も、数が少ないわ」
「とりあえず、行ってみましょうよ」
「そうだね。いざとなったら一旦撤退しよう」
正太郎は、大きな岩陰に飛空艇を降ろすと、ハンヴィーで基地へ向かうことにした。
今回も全員で行きたいと思ったけれど、飛空艇の防備と緊急時の脱出手段として、明菜は留守番となった。
正太郎は、基地の入口でドックタグを示して中に入れてもらった。
「なんか、平和な雰囲気だな」
それが、正太郎が感じた一番の感想だった。
リリスの基地が活気に溢れているとしたら、ここは、どこか牧歌的で戦場を感じさせなかった。
防衛戦力から、攻撃戦力全てが不明だ。
「あ!しまった!」
「正太郎君、どうたの?」
ネフィーが心配そうに顔を向けた。
「この基地の情報屋も知らないし、そもそも泊まる場所がない」
全員が、ジト目を向けてくる。
「と、とりあえず、窓口に行って官舎が開いてないかきいてみるよ」