運命は、少しずつ動き始める 13話
鍾乳洞の奥へと進むと開けた広場のような所に出た。
そこは、沢山の蠟燭が灯っており神秘的な雰囲気を作り出している。
広場の奥には、絨毯が敷かれ、一人の女性が横たわっている。
その女性の足首から鎖が伸びており、その先は地面に杭によって縫い付けられている。
女性は、正太郎達に気が付いたのか、一糸まとわぬ体を起こすと蠱惑的な笑みを浮かべた。
長いストレートの金髪をかき揚げ、怪しく輝く瞳を正太郎に向けた。
「魅了の魔眼?リリスって、そんな能力持ってたかな?って、あんたリリスで合ってるよね?」
リリスは、驚愕した表情で固まっている。
そんなリリスを正太郎達が囲み銃口を向ける。
天使達も姿を現して臨戦態勢だ。
「どうして、魅了が効かないの?」
「いや、俺まだ子供だし、ビッチとか興味ないし」
「そんな・・・」
「杭抜くから、大人しく地獄に帰ってくれない?」
「いやよ」
リリスは、首を横に振った。
ミカエルが剣を構えて、リリスに詰め寄る。
「リリスは、堕天使ではなく原初の人間が悪霊になった存在です。地獄でも居場所がないでしょう。消滅させるのも慈悲かと」
「でも、一応サタンの奥さんにまで登り詰めたんでしょ?それに伝承で見る限り、本人が直接悪いわけじゃなさそうだし、消滅させるのは心苦しい」
「正太郎君、この人が美人だから、そんな事言うんでしょ」
ネフィーが憤怒の形相で正太郎を睨む。
「ふふふ、嫉妬深い女は嫌われるわよ。貴方、よく見ると中々いい男になりそうね」
「だから、ビッチはお断りだって、ネフィーみたいに可愛くて気が利いて奥ゆかしい方が良い」
「そんな、可愛いなんて」
ネフィーは、顔を赤くしてモジモジしている。
「なんかムカつくわね。こんな小娘に負けるとか私のプライドが許さないわ。意地でも帰ってあげない」
ぷーっと頬を膨らませている姿は、普通に可愛いんだけどね。
正太郎が地面に撃ち込まれている杭に触れると淡い光を放って杭は消えた。
「ミカエル、送還陣頼む」
「了解しました」
「だから、帰らないって言ってるでしょう!」
リリスは、背中から翼を生やすと飛び立とうとした。
しかし、足に巻き付いた鎖が引っ張られ、地面にビタンと落とされる。
「いったーい。扱いが酷すぎるー」
「普通にしてたら、綺麗なんだから普通にしなよ人間の常識的な普通で」
「ぐぬぬ、いつか振り向かせて見せるんだから。覚悟しておきなさい!」
「悪役令嬢かよ、ミカエルさっさと送っちゃって」
送還陣が光を放ち、リリスの姿は光に溶けていった。
「とりあえず、ひと段落だね」
正太郎達は、鍾乳洞の中をエレベーターに向かって歩く。
「ね、ねえ、正太郎?」
「なに姉さん、どうかした?」
「正太郎、その手に持ってるの何?」
「え?あ!」
正太郎は、鎖を手に握っていた。
「その鎖、先どうなってるの?消えてない?」
明菜が言うように鎖の先は、透明になっている。
「姉さん、凄い嫌な予感がするんだけど」
「偶然ね、私もよ。私、ちょっとネフィーを連れて先に行くわ」
明菜は、偵察と称してネフィーを連れて先へ行った。
正太郎は、明菜とネフィーが見えなくなったところで鎖を引っ張ってみた。
「てへ、来ちゃった」
「やっぱりかー」
鎖の先には、ドレスを着たリリスが現れた。
「今度は、ちゃんと服着てるんだね」
「普通って言われたからね」
「そんで、その首輪なに?しかも、そこに鎖が繋がっているの凄く気になるんだけど」
「それは、私の誠意の印よ、未来の旦那様」
あーっと、正太郎は額に手を当てた。
「旦那様は、やめてくれ。俺の名前は正太郎って言うんだ」
「正太郎さんね。私の名前は知っていると思うけどリリスよ」
「その首輪とこの鎖凄い目立つから、何とかして欲しいんだけど」
「んもう、仕方ない旦那様だこと、見えないようにしておくわ」
「あー、地獄に戻ってもらうことは」
「すると思って?」
「そうだよねー」
「リリスさん、あまり正太郎を困らせたらダメよ?」
「分かっております、お義母さま。正太郎さんの力になれるよう、この不肖リリス、力の限り尽くします」
「こちらこそ、よろしくお願いね。ネフィーとは仲良くするのですよ?」
「は、はい。お義母さまの言いつけに背かぬよう最大限努力します」
「正太郎、この世界は別に一夫一婦制でもないけれど、皆が仲良くできるように頑張るのよ」
「俺は、頭が痛いよ」
「あまり、明菜とネフィーを待たせてもいけないし、そろそろ行くわよ」
エレベーターの前に着くと、早速、ネフィーとリリスが睨みあう。
「二人とも、こんな所でケンカしないで欲しい。屋敷に戻ろう」
二人は、不承不承といった感じだが正太郎のいう事は聞くようだ。
エレベーターを上がると、基地内がしんと静まり返った。
リリスは、手近な職員に声をかけると、そのまま作業をするように命じた。
自分は、しばらく基地を離れるが定期的に連絡する旨を伝えた。
職員たちは、安心したのか作業を再開したため、また、基地内は慌ただしい喧噪に包まれた。
「で、屋敷に戻ってきた訳なんだが」
何事もなく屋敷に戻ってきたものの空気が重い。
主にネフィーとリリスがガンの飛ばしあい真っ最中だからだ。
「正太郎、私、居心地わるいよー」
明菜が泣きを入れる。
「俺も泣きたいよ」
正太郎も泣きを入れる。
真雪だけが優雅に紅茶を飲んでいる。
コトリ。
ガブリエルが、メイド姿で正太郎に紅茶を淹れた。
「ありがとう、ガブリエル」
ガブリエルは、軽く会釈すると真雪の傍に待機した。
途端、ネフィーとリリスがガブリエルの間近でメンチを切り出した。
「何、勝手な事してんの?」
「正太郎君は、珈琲派ですよ?」
正太郎は、実は二人仲が良いのかもしれないと思いはじめていた。
「二人とも、いい加減にしなさい」
真雪が口を開いた。部屋の温度が急降下だ。
「今のままでは、二人とも正太郎の嫁として認めるわけにはいきません」
二人は、真っ青な顔をしている。
「無理に仲良くしなさいとは、言いません。しかし、ケンカはいけません。これからも正太郎と死線をくぐる覚悟があるなら尚更です」
正太郎は、俺の気持ちとか立場とかは無いんだろうなーとガブリエルが淹れてくれた紅茶を飲む。
「妻の形はそれぞれでしょう。しかし、共に生きること。これは過去も未来も変わらない営みです。そのために苦渋の決断もしなければならない事もあるのです」
いつも間にかネフィーもリリスも床に正座だ。
「今の時代、一夫一婦ではありません。人が死に過ぎるからです。だからこそ、貴方たちが正太郎のお嫁さんに相応しいかと問われれば、否です。ケンカばかりして夫に気苦労させて、それが貴方たちが思う妻の姿なのですか?」
やばい、と正太郎は思った。
これはお説教半日コースで、しかも、いつとばっちりを受けるか分からない。
そうそうに戦略的撤退を行うべきだ。
「ネフィー、リリス。ちょっとマモンの所に行こうと思うけど一緒に行かない?」
「もちろん、ご一緒しますわ」
「私も行きます」
「オッケー、テラフニエル、手間で悪いんだけど財宝よろしく」
「畏まりました」
正太郎は、ちょっと遠回りして八百屋に向かった。
屋台で売っていた、ジュースに二人ともご満悦だ。