運命は、少しずつ動き始める 6話
路地を幾つも曲がって、小さなバラックの中に入った。
バラックの奥には鋼鉄の扉が備え付けられている。
女性が扉をノックすると、確認窓がスライドして中から鋭い眼光が見えた。
「私よ、スラムに入ってきた客と一緒。たぶん、安全だから通して」
確認窓が閉じられると、ゆっくりと扉が開かれた。
「さ、こっちよ。入って」
扉を潜るとバラックを幾つも繋げたのか薄暗いが広々とした部屋があった。
その部屋で男や女が、銃や武器の手入れをしている。
「まんまゲリラやテロリストのアジトって感じだな」
部屋中から殺気に満ちた視線を受けるが正太郎は飄々としたものだ。
「君は、馬鹿なのか凄いのか判断に困るわね。自己紹介が遅れたわね、私の名はナナ。私が抱えてきた男性がエイジ。一応私達のリーダーで一番腕が立つはずなんだけど」
「俺の名は正太郎、普通の傭兵だ。この基地では、昨日引っ越して来たから、まだ作戦行動は行っていない」
ほらと正太郎はナナにドックタグを投げ渡した。
「これは何?」
「何ってドックタグだよ。生体データから戦績、貯金の金額まで入ってる。まさか読み取り端末ないの?」
「ええ、私達は、銃以外の機械は持っていないわ、持っていても使えないし」
「それってどういうこと?」
「私達は皆文字が読めない、銃の使い方は親から子へ伝えるように訓練して身に着けるの」
「はぁー、そらまた随分。あ、タグ返してね。これだけ人がいるなら傭兵やれば?勉強もできるよ?」
「ここの基地では、人間の傭兵は捨て駒にされるだけ、それに戦える人間が居なくなったらスラムの皆が危ないから」
「食料とかどうしてるの?」
もっとも単純な事が引っかかる。
基地の中で農業を行う人間が存在している。
本当の悪魔ではなく、人間だ。
「食料は、基地の残飯を漁ったり、離れたところに畑もあるの。海って知ってる?そこで魚を取ったりして賄っているけど、スラム全体には行き渡らないのが現状ね」
「さっき、居た兵士は何者?人間みたいだったけど」
「あいつらは、管理官を名乗っている悪魔に魂を売った裏切り者よ」
悔しさを嚙みしめるように、ナナの拳に力が入っているのが見える。
「悪魔って?」
「基地の中にいる奴らよ!同じ人間なのに私達の血が穢れてるとか言ってスラムに押し込めた!」
正太郎は、なんとなく見えてきた気がする。
この基地は、恐らく人間が多すぎるんだ。
だから、数の調整と不満のガス抜きにスラムを巨大化させた。
さらに、スラムの中にも階級を作ることで監視体制を敷いていると見ていい。
基本的に目の前のこいつらは詰んでいる。
文字も読めない、機械の操作も修理も出来ない。
武装だけあっても鎮圧されるのがオチだ。
恐らく、市街地戦闘の訓練にでも使われてる可能性もあり得る。
「何となく、状況は分かったけど。君らどうすんの?」
「どう、とは?」
「最終的にどうしたいかってこと。はっきり言って差別を無くすことは難しいし、基地の制圧なんて不可能だ」
「それは・・・」
「何もかもが奇跡の様に上手くいったとしても、統治できないでしょ。文字も機械も扱えないのないない尽くしだ」
エイジと呼ばれた男が目を覚ました。
「ここは。アジトか・・・ナナが運んでくれたのか?」
「ええ、大丈夫?」
「ああ、問題ない。何が何だか分からない」
「リーダーさんも目を覚ましたし、俺は一旦帰るとするよ。何が出来て何がしたいかしっかり話し合ってね。もしかしたら協力できるかもしれない」
「なんで!こいつが居るんだ、こいつを取り押さえろ」
エイジが叫んだ瞬間に眉間に正太郎のショットガンの銃口が付きつけられていた。
「こんな奴がリーダーって大丈夫か?沸点低すぎだろ、もっと冷静な奴をリーダーにしないと全滅するぞ?」
正太郎が、部屋の中を睨みつけると誰もが目を逸らした。
恐らく、リーダーに向いてないのは、メンバーも分かっているらしい。
他所の組織にとやかく言うつもりもないので、正太郎は銃を下ろしてアジトから出て行こうとする。
「あ、スラムは路地が複雑だから、道案内を」
ナナが、親切からなのか打算からなのか道案内を買って出てくれたが、正太郎は首を横に振って、腕時計の文字盤をタップした。
腕時計の文字盤が時計から、マップ表示に切り替わる。
「今時、GPSと連動していない物のが少ないよ?じゃあね」
正太郎が屋敷に帰ると、ちょうど夕飯が出来ていた。
「今日は、材料も少ないからポトフよ」
「正太郎が、買い物をケチったからよ」
明菜がブーブー文句を言っている。
「今日は、勘弁してよ。来たばかりなんだから警戒しながらだから満足に買い物できなかったんだよ」
「そうよ、明菜。あんまり正太郎に文句を言ったらだめよ」
「はーい」
「さ、みんなご飯にしましょう」
揃って、ポトフに舌鼓を打った。
「正太郎、今日は疲れたでしょう。お風呂に入って早めに寝るのよ?」
「了解、母さん、後片付け任せてしまって悪いけど、お風呂入るよ」
正太郎にとっても初めての湯船だ。
「おおー、これは凄いなー。大きな湯船になみなみと張られたお湯は、かなりの贅沢だ」
シャワーで軽く体を洗って、湯の中に身体を預けた。
「これは気持ちいいな。大金持ちは、きっとこんな贅沢しているんだろうな」
湯船に浸かりながら、スラムの事を思い出していた。
差別構造が定着している、むしろ管理されているんだろうと考えた。
彼らが仮に武装蜂起したとしても、最終的には鎮圧されるだろう。
その際にどれだけの犠牲が出るかは、分からない。
そして、自分にとってスラムに手を出す事が得なのか考える。
マステマの基地では、情報屋がスラム街にあったから十分な利益があった。
しかし、ここでは情報屋は基地内の悪魔だ。
現状では、全く利益が見いだせない。
むしろ、支配構造を揺るがすとして、悪目立ちする可能性が大きい。
彼らが自分に利益を提示できたら手を貸すことにしようと決めた。
風呂から上がると、ネフィーがアイスコーヒーを淹れてくれた。
「ありがとう」
「ううん、明日は一緒にお買い物行けるかな?」
「ネフィー、何か欲しい物でもあるの?」
「特には無いけど一緒に食べ物でも買いに行けたらなーって」
「いいよ、明日は一緒に市場へ行こう」
「わかった、じゃあ、おやすみなさい」
ネフィーは、ほほ笑んで寝室へいった。
「寝る前に珈琲だと、眠れなくなっちゃうかな」
正太郎は、珈琲にミルクを多めに入れて飲んだ。
その晩は、思っていたより疲れていたのか、直ぐに睡魔に負けてしまった。