運命は、少しずつ動き始める 5話
「わー、大きいわねー」
「立派なお屋敷ねー」
女性陣は、喜んで中に入っていった。
「をいをい、大きすぎるだろう」
正太郎は、端末で住所が間違っていないことを再度確認した。
エリザベスの話しでは、5LDKだったはず。
正太郎も、中に入っていった。
屋敷の中を確認して、確かに表示は間違っていないと分かった。
しかし、一つの部屋が異常に大きい。
「この大きさあり得ないだろう、家賃ちゃんと確認すればよかった」
「ねえねえ、正太郎!こっちの寝室、ベッドすっごく大きいんだよ!それにベッドに天井が着いているのよ」
正太郎が冷汗をかいていると、明菜がハイテンションで戻ってきた。
「お台所もお風呂もすごいわよー」
「私、お風呂見てくる!」
正太郎はリビングに備え付けられた、ソファーに腰を落とした。
なんとなく、この基地を拠点としたのは早計だったかと落ち込んだ。
「正太郎!すごいわ!お風呂にライオンの像があってね、口からドバーってお湯がでるの!」
明菜のテンションが天井知らずに上がっている。
「あ、食材買ってこないと」
正太郎は、気持ちを切り替えるべく立ち上がった。
「正太郎、この電話で必要な食材を頼むと持ってきてくれるみたいよ?」
真雪が、台所に備え付けられている電話とそこに書かれている説明書を指さして答えた。
「まじか、そうなると元々住んでいた人は、すごい人だったんだね。でも、自分たちで出来ることは自分たちでしよう。市場も見てみたいし」
正太郎は、窓口で低所得層の家と言ったはずだ。
確かに、地図上では低所得地域となっているし、周辺の民家はそれなりだ。集合住宅もある。
つまり、この屋敷だけが異質なのだ。
「この基地は市場があるみたいだから行ってくるよ、姉さんと母さんはご近所に挨拶でもしておいてよ」
そう言って正太郎は屋敷を出た、近所からの情報収集は姉と母に任せることにした。
食料は、どの基地においても重要物資であるためギルドが管理している。
必要な分は、窓口まで行ってドックタグで身分を証明して譲ってもらう。
市場があって、自由に売買ができるというのは食料生産力が揃っていて、それを守る戦力が整っていなければならない。
市場に着くと、多くの人で賑わっており売り手の威勢の良い声が飛び交っている。
正太郎は、特に意識をせずに市場を見て回る。
並べられている野菜や果物、肉や魚など様々なモノが並べられている。どれも新鮮そうだ。
売り子も若い男性から老婆まで様々だ。
屋台で串焼きを売っている男から、タレ焼きを買ってみた。
値段も安く、味も悪くない。
「なんだか、別の世界に来たみたいだな」
正太郎の正直な感想だった。
「なんだか治安が良すぎて気味が悪いな。そうか、警備兵とか武装した兵士が見当たらないんだ。なんでだ?」
市場があることも珍しいが、基地の中に兵士らしく武装している人間がとても少ない。
護身用レベルの拳銃が精々で、それすらも少数だ。
荷物で両手が塞がっている買い物客も多い。
正太郎は、片手で持てる程度の野菜と肉を買って家路に着いた。
「ただいま」
「おかえりなさい、早かったのね。市場はどうだった?」
「治安が良すぎて気持ち悪いくらいだったよ」
「ふー、気持ちよかったー。明菜が頭をバスタオルで拭きながらリビングに入ってきた。あ、おかえり」
「ただいま、もうお風呂入ってきたの?」
「うん、湯船なんて初めてだったし。聞こえてたけど治安が良いんだって?私も買い物に行ってみようかな」
「護身用の銃くらい持っていってね。まぁポチもタマもいるから大丈夫だと思うけど」
「ちゃんと持ってく。前の基地でもお買い物行ってたんだから大丈夫よ」
「それは、俺の家族登録があったからだよ。それでご近所はどうだった?」
「それがね、農家ばっかりだったわ。基地の中に畑があってそこで野菜作っているんですって」
「え?傭兵は?」
「傭兵しているような人は、もっと高級地域で暮らしているですって」
「うーん、となるとこの基地は途轍もなく大きいってことだよな、ちょっとスラムまで足を伸ばしてみるよ。テラフニエルとバルキアケルは透明化して周囲を警戒して」
正太郎は、徒歩で基地から出てスラムに向かった。
いつものM93Rに、連射の効くイズマッシュ・サイガ12散弾銃を肩にかけている。
信頼性というか使い慣れているポンプアクションの散弾銃でも良かったがスラムも大きいと判断してサイガ12とした。
マステマの基地より酷いスラムが広がっている。
一つ一つが4畳程の小さなバラックが所狭しと建てられており、ゴミの山が煙を吐きながら至る所にそびえたっている。
狭い路地には、項垂れて座り込んでいる男や、街娼と思われる女性が気だるげに立っている。
バラックから顔を出している子供は酷く汚れている。
「基地の中と外で差が激しすぎるな、うん?」
路地を歩いていた正太郎の目に銃を担いで戦闘服を着ているあからさまに兵士と見える男が立っているのが見えた。
「こんな所に兵士が居て、基地の中に居ないなんて不思議で仕方がない」
そして、後ろに銃口を向けた
「え!?」
驚いた女性の声がした。
「まさか、武器を捨てて手を上げろとでも言うつもりだった?」
「ああ、武器を捨てて手を上げろ」
今度は、別の方向から男の声がした。
「ふーん、この女性がミンチになっても良いと」
「私達は、いつでも死ぬ覚悟は出来ている、撃てばいい」
女性の声には確かな覚悟がこもっていた
「なんか、ますます不思議な場所だなー。あそこに見えてる兵士は囮?それとも別勢力?」
「あんな奴らと同じにするな、ただでさえ貧しいスラムの住人を食い物にする屑だ」
「君たちは、違うと?」
「そうだ。私たちはスラムの住人を守っている」
「守っている?何から?」
「基地の中の悪魔達からだ」
「そこんとこ詳しく聞きたいな、でも、立ち話も何だしどっか落ち着けるところに案内してよ」
「お前は、自分が置かれた状況が分かっているのか?」
「分かっているよ、俺を襲おうとした女に銃口を向けてる」
「お前を狙っている仲間がいるんだぞ!」
「それは、君の後ろで気絶してる男の事か?あ、振り向いてもいいよ。撃たないから」
正太郎は、銃を下ろして女性の方に向き直った。
女性は、自分の後ろに、男性がいつの間にか倒されていたことに呆然としている。
「他に、仲間は居なさそうだね」
「俺は、まだこの辺に不案内なんだ。早く案内してよ」
正太郎が、また散弾銃を構えた。
「貴方は見かけによらず、強いし不思議な能力も持っているみたいね」
「いや、俺は普通の傭兵さ、まぁ種も仕掛けもあるけど、それなりの戦績は持ってるよ」
「貴方、傭兵ってことは、あの悪魔達の仲間なのね」
「別に隠す事じゃないからいいけど、昨日、別の基地から引っ越して来たばかりなんだよね。君のいう悪魔達ってのが何者で何をしているのか、正直分からない」
女性は、倒れた男性を抱えると、歩き出した。
どうやら、着いて来いということらしい。