未来は、まだ、分からない 18話
ミカエルとガブリエルが、母さんに傅いたまま微動だにしない。
「テラフニエル、バルキアケル、あれはどういう事だ?」
「本来、この世界に顕現できない大天使長を言霊を用いて仮の器に降ろしているのかと推測されます」
正太郎は、違和感を覚えていた。
天使の名前くらい母は知っていてもおかしくない。
自分の天使も杭になっている悪魔に対抗するべくして名付けている。
母の呼んだ名前は、この世界では大きすぎるのではと思っていた。
「俺は、いつから誰も信じられなくなっちまったんだろうな」
正太郎は、食事を終えると天使の顕現を夜明けに合わせるように指示をだした。
卵が孵化すると光る場合があるため、低角度の監視衛星に捕捉される可能性もある
少しでも敵に対する情報を隠匿するために正太郎は、テラフニエルとバルキアケルに孵化と指示を任せトレーラーハウスを走らせる。
「母さん、もう一度確認なんだけど、俺たちはリリス勢力の基地から天使を展開させたんだよね?」
「そうよ」
逃げだした元のマステマ勢力の天使達がどんな状態か、どこにいるのかも分からない。
俺に秘密兵器の鹵獲と称して天使の捕獲、殲滅を考える状態にあるってことは、自勢力内の天使についても把握しているに違いない。
マステマ勢力圏の天使から解放するのが戦略的には最善だろうが、向こうも警戒しているはずだ。
情報収集だけして通り抜けられればベストと正太郎は判断した。
正太郎は、情報屋のカウンターに来ていた。
情報屋に着く前に、テラフニエルとバルキアケルが合流した。
無事に孵化作業は完了したとのことだった。
「おお、生きていたか。情報では死んでるはずだったんだがな」
隻眼が正太郎を見据える。
「危うくガス室送りだったよ。トレーラーは助かってる、ありがとう」
「ほぉ、お前が礼をいうなんて珍しいな」
「そうでもしないと、おっさんが消し炭になるからな」
正太郎の背後には、2体の天使が護衛をしている。
小さな足音と共に、娘が珈琲を満たしたカップを持ってきた。
カウンターにカップを4つ並べた。
「おっさん、長い付き合いだがどういう事だ?」
正太郎は、警戒度を引き上げ、護衛の天使も呼応する。
「簡単なことだ、店主の俺用のカップ」
情報屋は、一つのカップを指さす、少し古ぼけたカップだ。
「そして、客が3人、だから、3つだ」
情報屋は隻眼を覆っている眼帯を外した。
「おっさん、その目」
情報屋の目は銀色の瞳をしている。
「おれは、この目のおかげで普通じゃ見えないものが見える。だが、お前がそいつらを連れてくるとは思わなかったがな」
姿を消している天使がまるで見えているように視線を動かす。
「ちょっと、ついて来い」
情報屋は、カウンターの奥の床板を外すと、古びた扉があった。
その扉を開けると階段が暗闇へ続いている。ついて来いと情報屋のは、階段を下りていく。
不信感しかないが、行かないわけにも行かないだろう。
「バルキアケルは、この場に待機。テラフニエル行くぞ」
情報屋について階段を下りると、情報屋は壁に立てかけられた松明に火を付けた。
俺たちが階段を下り切ったところで、上の扉が閉められた。
「心配すんな、ここの事を知られないように娘が閉めただけだ、こちら側からも開けられるから安心しろ」
正太郎たちは、何も言葉を発せず情報屋の後に続く。
松明に照らされた階段と壁は、まるでシェルターのように頑丈な印象を受ける。
黙々と階段を下りていく。
「なあ、どの位降りるんだ?かれこれ30分くらい降りてるんだけど」
「もう直ぐだ」
その言葉通り、すぐに階段が終わった。
古びた水密扉の前に正太郎たちは着いた。
情報屋は、水密扉のハンドルを回して扉を開ける。
そして、扉をくぐると正太郎は、半分予想していた光景を目にした。
等間隔に並ぶ円筒、緑の液体があげる気泡の音だけが響く空間。
「ここは、天使が封印されている場所じゃ」
「なんだ知っていたのか、まあ天使を連れているんだから当然か。正太郎、お前どうやって天使を手に入れた」
「その情報に幾らの値を付けてくれる?」
「お前が必要なだけ、こちらで用意できるものなら全て」
「ずいぶんと気前がいいね」
「訳アリだからな」
「まぁ、いいや。簡単に言うと指名依頼で敵の秘密兵器だと騙されて取りに行ったら孵化した」
「それは、本当なのか?」
「疑うの?」
「うーむ、俺の目にも正太郎が嘘をついているとは出ていない。しかし、妙だな」
「なにが?」
「お前も天使を連れているなら大体の事情は知っていると思うが、自分の勢力外の封印天使に手を出すなんてリスクが高すぎる。万が一封印が解けたら完全に敵対関係になっちまう」
「そうか、表向きは戦争してても、根っこの部分?上層部?は悪魔って存在で繋がっているんだもんね。単純に自分の勢力に天使が居ないとかじゃないの」
「いや、それはあり得ない全ての勢力が数の違いはあっても、天使を封印している。もし一か所に固めていたら一度封印が解けたときに取り返しがつかなくなる」
「うーん、自分のとこの天使を使うと危ないから、他所から取ってきて実験でもしようって感じか悪魔じゃなくて自勢力の天使の存在をしらない人間が勝手に実施したとか単純なとこなんじゃないの?」
「そんなはずは無いんだが」
「おっさんが悩むのは勝手だが、俺の質問にも答えてもらっていいか?」
「ああ、なんでも聞いてくれ」
「なんで、ここ空っぽなんだ?」
「そら、全部顕現しているからだ」
「はあぁ?」
「ここの天使はどこ行った!まさか、悪魔に狩られちまったのか!そうか、だから他所の天使が必要だったのか!」
「いや、全員、生きてるぞ?」
「ええ!?そうか、何処かに隠れ住んでいるんだな」
「普通にしてるぞ?お前の目の前にも、ほれ」
情報屋のおっさんの背中から白銀の翼が現れ、羽ばたいてみせる
「あんた、天使だったのか!え、でも、娘がいるって」
「神に似せて作られた人間と天使は交配が可能です、交配する種族によってハーフ以外にも別種が生まれることもあります」
テラフニエルが冷静に解説してくれる。
「ああ、そう。でも、普段無表情なのにちょっと顔を赤らめるのやめてくれない?」
「ちなみに、最初に顕現したのは俺で孵化させてくれたのは嫁だ、一目ぼれだった」
「おっさんも顔を赤らめるなー!」
正太郎の叫びが木霊した。