未来は、まだ、分からない 13話
追撃のドローンが数機放たれたが、テラフニエルにより撃墜された。
二台のトレーラーは、荒野をひた走る。
一方、基地の最奥部に位置する一室でヨーコは、大きな防弾ガラスの向こう側に安置された卵の殻を見つめていた。
その周りでは、何人にも技術者らしきものがモニターを見つめて、キーボードを叩いている。
「この仮に卵の殻の成分分析は終わっているのか?正体は何か掴めたのか?」
「通常、卵は炭酸カルシウムで出来ているのですが、これは水分35リットル、炭素2kg、アンモニア4リットル、石灰1.5kg、リン800g、塩分250g、硝石100g、硫黄80g、フッ素7.5g、鉄5g、ケイ素3g」
「それだけの成分で出来ているのに、持った感じは随分と軽かったぞ」
「そうなんです、この成分は一説には標準的な人間と同じです。実際には、これに骨の元になるカルシウムなどが必要ですが現状、あの卵の重さには足りません」
「興味深いな、人間に近い卵か」
「こちらをご覧ください」
防弾ガラスの向こうで、ロボットアームに備え付けられた銃器が壁からせり出してきたと思ったら、発砲された。
「現状、こちらの有する銃火器では傷一つ付けることが出来ません」
「この卵を持ち込んだ傭兵が逃走したな」
「ええ、ガスへの抵抗も逃走方法も不明ですが生存しています」
「下手に手を出しても、無駄かもしれないな。消極的な監視に留めておけ。分析を続けろ」
基地側は、なぜドローンが撃墜されたは分からず。大規模な追跡は慎重を期すべきと判断された。
現状では、衛星による監視のみとされた。
基地から二日間休み無しで車を走らせていた。
傭兵である正太郎は、二日間くらいの強行軍には慣れていたが、明菜には、きつ過ぎた。
意外にも車の運転ができるという母と交代で走らせていた。
まだ、肉体に馴染んでいないのか多少速度は落ちたが十分だった。
その夜、トレーラーハウスの中でささやかな食卓を囲んでいた。
「正太郎、これからどうするの?別の基地に行くの?」
明菜が不安そうに聞いてきた。
「テラフニエルを発見した、基地へ行ってみようと思う」
「なぜです?」
テラフニエルがサラダボウルを持ってきながら、首を傾げた。
「テラフニエルの話を信じるなら、この世は地獄と合体しているらしい。なら、悪魔が居てもおかしくない」
正太郎は、サラダボウルを受け取って取り皿に分けながら続けた。
「色々考えたんだ。作戦行動で外に出ても荒野ばかり、なのに基地には物資がどこからか補給されている。悪魔が出張ってきたら天使が送り込まれた。でも、封印されている」
だよな?という目でテラフニエルを見ると頷いた。
「爆撃されているけど、卵を掘り出してみようと思うんだ。もし天使が増えれば取りあえず戦争は終わるのかなと」
「神の尖兵は、人間の営みには干渉しません。しかし、地獄との緩衝地帯であったこの世界が地獄と融合している事態は看過できません。尖兵の顕現目的は融合原因の調査と悪魔の殲滅です」
「悪魔の目的がいまいち分からないんだよな、この戦争の裏で糸を引いているのが悪魔だと仮定すると人間の全滅が目的ではなさそうだし」
「幾つかの可能性の一つですが」
「何か心当たりが?」
「私たち神の尖兵である天使や神を殺す手段を模索しているのかもしれません」
「どういうこと?」
「悪魔というのは、本来、天使であった存在や他の高次元の存在です。我々は、人間のように同族を殺すことができません」
「でも、人間の作った兵器でも殺せないだろう?」
「ですから、模索中だと思われます。人間は且つて神の造りたもうた楽園より知恵の実を盗み食しました。その知恵の中には高次元の存在を滅する方法もあるかもしれません」
「ああ、何か聞いたことあるな。蛇にかどわかされたってやつだろ?」
「それならお姉ちゃんも聞いたことある伝説だわ。でも、不思議」
「何が?神が全知全能なら天使が悪魔になっちゃうことも、人間が知恵の実食べちゃうことも、ぜーんぶ知ってて知らんぷりって無責任な気がするわ」
「尖兵でしかない私には、父なる神の考えは図りかねます。与えられた任務を遂行するだけです」
「みんな、まずはちゃんとご飯を食べてしまいなさい。難しいお話は、その後でね」
明菜は、元気な母親の姿に少し涙目になって、正太郎は、物心ついてからその姿を見ていないので不思議な感覚だった。
「テラフニエルさん」
「なんですか、母上様」
「そんな母上様なんて仰々しい呼び方しなくていいわよ。私の名前は真雪よ、呼び捨てでも何とでも呼んで。それにありがとうね。貴方のおかげでまた子供たちを抱くことが出来る」
「大したことしていません」
「貴方には、大したことなくても私達には奇跡と言ってもいいことだわ。本当にありがとう」
和やかな雰囲気の中で食事の時が流れていく。
テラフニエルも、もくもくと食事を進めていく。
真雪は、お盆に4つのカップを持ってきた、中にはホットミルクが入れられている。
「お母さんはね、この世界に神様は居ないんじゃないかと思ってるの」
「そんなバカ!」
テラフニエルがテーブルをバンと叩き立ち上がった。
「テラフニエルさん、落ち着いて。まだ話は終わっていないわ。神様が作った世界って一つだけなのかしら?それこそ数えきれないほど作っているかもしれないわよね」
「そらそうか、何でも出来るなら一個に固執することはないかもしれないな」
正太郎が、テラフニエルを席に着かせる。
「数ある世界がある程度放置しても大丈夫なように均衡を保つ状態にしておいて、世界の成長を待っていたりするのかもって私は思うの。子供は手がかかるけど自分でやらせてみたりしないといけないの」
「一理、あるかも知れませんが尖兵でしかない自分には判断しかねます」
「でも、考えてみるのもいいかもしれないわ、神様が待っているかもしれないわ」
「真雪様のお言葉は、まるで知恵の実を食べさせた蛇ではないかと疑ってしまいます」
「あんまり考え込まないでね。ただの小母さんの戯言だから。さ、今夜はもう寝ましょう。明日も早いんでしょう?」
「そうだね、バギーで1週間、その後、2日か3日歩いたから、まぁ一週間は走りっぱなしかな」
それから何事もなく、1週間が過ぎた。