未来は、まだ、分からない 10話
正太郎の足音が大きく響くが警報や探知された気配はない。
スイッチを開にした円柱の前に行くと、緑色の液体が抜かれて卵が底に転がっていた。
円柱のパネルには、変わらず顕現開始と表示されているが機能不全まで5分とカウントダウンがされている。
流石にこの円柱を形成している透明なアクリルのような物を割れば、バレるよなと考えたがこのままでも埒が明かないと背負っていたAKMの銃床部分を叩きつけた。
想像以上に丈夫なようで、最初の一撃ではヒビが入るだけだったが何回か繰り返すと破壊することができた。
正太郎は、バックパックの中身を全てぶちまけると卵を中に入れて、前面に抱える形を取った。
脱出の際は背後から撃たれることが多いため、なるべく傷をつけないようにと配慮した。
警報が鳴り響く。
持てるだけの最小限の道具を持って走り出す。
出口はエレベーターの一か所のみだ。
エレベーターのボタンを押すと扉が開いた。
しかし、これは上で待ち伏せをされている可能性が大きいことを意味している。
エレベーターに乗ると、天井に備え付けられたメンテナンス用のダクトを探しだした。
ダクトを蓋しているボルトを打ち抜き、手を掛けようとするが身長が足りなかった。
冷静にエレベーターの隅に足を突っ張って登りダクトの扉を開け身体を滑り込ませる。
モーターが唸りを上げてエレベーターが上昇を開始した。
後は覚悟と運に任せて飛び出して逃げるだけだ。
エレベーターが速度を落とし止まる。
チン、といつもの音共に扉が開く。
弾丸が撃ち込まれるのか、グレネードが投げ込まれるか、緊張が走るが何も起きない。
意を決して、天井から降りるとあれだけいたはずの整備士が一人もいない。
取りあえず脱出のチャンスには違いないので、入り口まで身をかがめながら走った。
「今日は、驚いてばかりだな」
倉庫の外は、ハチの巣を突いたような大騒ぎだった。
全てのヘリに火が入れられローターが回っている。
そして、兵士も整備士も我先にと乗り込んでいる。
最初のヘリが離陸を開始した直後、光の線が機体を薙いだ瞬間、爆発した。
その光の線は、正太郎の抱えたバックパックの中から放たれたようで、バックパックには大きな穴が開き、チロチロと火がついている。
「なにがどうなってんだ!?え?割れてる?」
正太郎は、火のついたバッグパックを慌てて下ろして、火をはたいて消して中を見ると卵が綺麗に切ったように割れていた。
「これが中身?なんか気持ち悪いな。なんか動いていないか?」
卵から、ドロリとした溶き卵のようなものが這い出してきた。
溶き卵のようなものは、自らを攪拌するようにうねりスライム状のになった。
そして、そこに顔のようなモノが出現する。目と鼻と口のように穴が空き、暗い洞窟のような不安を抱かせる。
その間にもヘリのローターが回り続ける。
スライムの穴という穴から光が溢れ出す。
飛び立とうとしたヘリは全て爆発四散した。
辺りが炎に包まれる中、スライムはその体積を増大させていく。
大きく、大きくなり2メートル程の高さにまで肥大していく。
正太郎は、どうすべきか迷っていた。
通常ならパニックなって逃げだしているところだが、傭兵としての経験が正太郎を踏みとどまらせていた。
恐らく、これは生体兵器に間違いない。
ヘリが謎の攻撃を受けていることから間違いない。
しかし、敵、味方の認識をどのようにしているかわからない。
謎の光がいつ、自分に向けられるかわからない。
更に、目の前のこいつはどんどん大きくなっている。もはや、抱えて帰還することができない。
ああ、失敗したな。
正太郎は半ば諦めて、どかりと座り込んで水筒から水を口にした。
目の前のスライムは、蠢いて色も白くなった。
そして、ある形になっていく。
頭がある、手がある、足がある。
高さは160センチ程に縮んでいる。
顔に目がある瞳がある、瞼がある。鼻がある。耳がある。
指は5本、手は2本、足も2本。
まるで、人間の姿をしている。
スライムだった者が、正太郎を見つめている。
全ての色素が抜けた少女のような姿をしている。背中に翼のようなものが生えていなければ。
「天使?」
正太郎は、水筒を取り落とし思わず口から出た言葉に自分でも信じられなかった。
姉が昔、おとぎ話として呼んでくれた絵本に描かれていた姿に酷似していた。
スライムだった者が音を発した。
「その質問には、イエスと答えます。私は神の尖兵が一翼です」
「まじかよ、敵の秘密兵器は天使とか冗談にしても笑えないぞ」
「その見解には、ノーと答えます。私たちは人間の勢力争いには関係がありません」
「あー!訳が分からない!地下にはお前の元になる卵みたいのが沢山あったぞ!」
「私たちは、封印状態にありました。私たちの顕現を妨害することが目的であったと推測されます」
「お前の目的はなんだ?」
「地上に融合した地獄を分離することです」
「この世は地獄なのか?」
「その質問には、イエスと答えます。現状、人間界は地獄と融合しており悪魔が跋扈しております」
「いやいやいや、まてまて、悪魔なんて見たことないぞ」
「事実です。現状ここに留まることは推奨できないと進言します」
「なぜ?高速でこちらに飛翔してくる物体を認識できます」
ここで、正太郎は、自分の作戦が航空支援込みであることに気が付いた。
口封じが予想される以上、味方が爆撃してきてもおかしくない。
タブレット端末から地図を表示させ、途中で乗り捨ててきたバギーの位置にピンを立てる。
「ここまで、飛べるか!?その羽はかざりじゃないんだろう?」
「可能です、直ぐに向かいますか?」
「ああ、レーダーに捕捉されないように地上から10メートル以上上昇せず、俺を連れて行ってくれ」
「分かりました」
そして、正太郎の姿は、その基地から消えた。
それから10分後、大規模な縦断爆撃が行われ、その基地は地図から消えた。