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8話 主人公に必要なものはずーずーしさ

「それで、にーさん。この女は誰です」

 三戸家の食卓に響いた第一声は、木子のとげとげしい言葉だった。

 まるで浮気現場を発見されたみたいな居心地の悪さだ。

 時計の針が深夜四時を指し示すが、今の利一は眠気とは全くの無縁状態だ。

 何かしら言い訳をしなければいけないのはその通りなのだが、変なことを言ったらその瞬間、木子が隣から殺戮兵器を持ってきてぶっぱなしそうで、逡巡する。

 と、困り果てていると、クロの方が口を開いた。

「私は遊児クロ。先ほどは手助けしてくださってありがとう。でも、もう二度とあんなことしないで。完全に不意打ちだったからなんとかなっただけで、次からは絶対に通用しないわ」

「木子はにーさんに訊いているのです。どこの馬の骨とも知れない人は引っ込んでいてください。そもそもうちの敷居を跨がないでください。ふほーにんしゅーで訴えますよ」

 クロの方をチラリとすら見ずに、早口に拒絶する。

「何よ失礼ね。あのままではあなたが危なかったのよ」

「にーさんを見殺しにしようとしていたくせに偉そうですね」

「ぐっ」

 冷たくあしらう木子と、悔し気に怒りを見せるクロ。

 まだ出会って一時間も経っていないのだが、すでに相性の悪さこれでもかと露呈されている。

「えっと、話が進まなさそうだから、とりあえず僕からお互い紹介するね」

 つん、と顔をそらす木子とクロの間に割って入る。

 とりあえず木子を指し示して、クロに紹介する。

「クロ。えっと、僕の妹の三戸木子。中学一年生。普段は寝てる時間だしてっきり寝てると思ってたんだけど、なんかついて来てたみたい。……ていうか木子、なんであそこにいたの?」

「だって、にーさん、今日いろいろおかしかったですから。何かあったのかなと布団の中で考えていたら、にーさんが外へ出ていくのに気付いたので、付いて行っていたのです」

「え、じゃあもしかして、最初から……?」

「いえ、本当はすぐに追いかけようと思ったですけど、万が一に備えていろいろと武器を装備していたらにーさんを見失ってしまって。見つけたのはヤンキーの人とそこの女と三人で歩いている場面でした。まさか松本城まで歩くとは思っていなかったですけど」

「それは僕も思ってなかったよ」

 何にしても、教会で手をひっかかれ舐められた一連の流れを見られていなかったようで助かった。いや、そもそもそこを見られていたらその瞬間教会の扉をけ破って現れただろうが。

「それで、木子。こちらは、遊児クロ。………………吸血鬼」

「吸血鬼……………………。にーさん、本気で言ってるですか?」

「本気。マジと書いて本気」

「ということは、この人はさっきの化物と同じ類の生き物ですか」

「そうよ」

 木子の問いに、クロが肯定した。


 化物、という呼称を、是とした。


 その短い言葉に、利一はもちろん、木子ですら言葉を失った。

 そんな二人を、クロは力強い意志を感じられる瞳で見回し、言った。

「でも、味方よ」

「…………………………ふん。口先だけならどうとでも言えるです」

 そっぽを向いて、ふてくされたように答えた。

「それより、事情を説明するです。どうしてにーさんが襲われていたのですか」

「それは、僕も聞きたいかな。君とあの人の関係は、なんなの?」

 木子と利一の問いに、クロは一瞬天井を仰いだ。

「そうね。これだけ迷惑をかけてしまったものね」

 観念したように言うと、数秒間の沈黙を挟んで口を開いた。

「彼は、松坂夜。私の幼馴染よ」

「幼馴染」

 その言葉の響きから想像される関係性とはかけ離れた事をしていたように思うが、どんな幼少期を過ごしていたのか。

「といっても、年齢はかなり離れているから、私にとっては近所のおにいさんみたいなイメージなのだけれどね」

「そもそも君は何歳なの」

「ピッチピチの十六歳。夜は二十五歳ね」

「うっそそんな大人には見えなかったよ」

 暗くてよく見えなかったからかもしれないが、それにしてもクロと同じか下手すればクロより幼くすら見えた。

「でしょうね。彼は仮性吸血鬼だから」

「かせー?」

 木星吸血鬼とか金星吸血鬼とかもあるのだろうか、と脳内で頭の悪い変換をしていると、横から木子が『仮性』と書いたメモ用紙を差し出してきた。

「たぶんこの字です」

「正解。そして、私が純正吸血鬼」

 前から覗き込んできたクロが『純正』と書き足した。

「で、じゅんせーとかせーでは何が違うの?」

「吸血鬼と吸血鬼の間に産まれた子供が、純正吸血鬼となるわ。純正吸血鬼は人間と同じように赤ん坊に生まれ、人間と同じように成長し、老いて死んでゆくの」

「それってもう人間じゃん」

「人間は、お日様の下に出ても死なないでしょう?」

 自嘲気味に笑んだ。

「一方、仮性吸血鬼は違うわ。仮性吸血鬼は、吸血鬼が吸血行為の際に特殊な体液を注入することで生まれるの」

「特別な体液?」

「”そういうもの”よ。人間だって、子作りの際には”そういうもの”を注入するでしょう?」

「ああ、ね」

 反応に困り、曖昧な返答になった。

「注入しなくても吸血行為はできるから、基本的には『婚姻の証』として注入され、仮性吸血鬼が誕生するのだけれど、中にはそうでない人もいてね」

 遠い目をして言う。

「ソレを注入すると、通常の吸血行為より気持ち良く、満足感も得られるらしいのよ。そのせいで昔から、婚姻関係を結ばないのにソレを注入して、仮性吸血鬼を生み出しては放って逃げてしまう吸血鬼が定期的に現れるのよ。吸血鬼界隈でも昔からずいぶんと問題視されていて、警察組織もかなり厳しく取り締まっているのだけれど、いたちごっこで……。と、それはどうでも良いわね。それで、松坂夜は、その被害者なの」

 被害者。

 予想外の言葉だった。先のクロを圧倒していた夜は、あまりにも分かりやすい悪人で、どうにかして倒さなければと感じた。

 ところが、彼は、悪人による被害者だった。

「十年前。私が六歳、彼が十七歳だったころ、彼が道端で太陽に焼かれて死にかけていたの。仮性吸血鬼になったという自覚がなく外を出歩いていたら太陽が射してきてしまったんですって。私たち吸血鬼にとって太陽をはじめとする強烈な光は、あなたたちにとっての炎のようなもの。浴びれば激痛にのたうち回るしかないし、逃げられなければいずれ死に至るわ」

 ここにきてようやく合点がいった。先の夜との戦い、利一や松本王にはなんてことない光でクロが苦しみ逃げまどっていたのは、つまり、彼女にとってそれが火炎放射と同等の攻撃だったからなのだ。

「そこで私は何とか彼を救い出し、屋敷へ連れ帰って手当て、看病したわ。そのあとはうちで父がお手伝いとして雇うことにし、しばらくうちの屋敷で私の身の回りの世話などをしてもらっていたのだけれど、数年前、いろいろあって彼が出て行ってしまって……そして今に至るわ」

 そのいろいろが知りたいんだけれど、と口にしようとして、つぐんだ。それを訊くことは、なんとなく憚られた。

 代わりに、木子の苛立ったような声が割って入った。

「それで、吸血鬼というのは、不老不死なのですか」

「仮性吸血鬼は不老ね。でも、仮性も純正も、不死身ではないわ」

 不死身ではない。木子は不満げに呟いた。頭に銃弾をぶち込んで死なない存在がどうやったら死ぬのか、想像がつかないのだろう。

「先にも言った通り強烈な光を浴び続ければ死ぬし、心臓をつぶされても死ぬわね。老衰がない、という意味では仮性吸血鬼は極めて不老不死に近い存在と言えるけれど」

「心臓ですか……どちらにせよあの局面で心臓を狙うのは、にーさんに当たる可能性が否定できなくて無理でしたね」

「ま、心臓が弱点というのはすべての吸血鬼にとって共通認識だから、死にたくない吸血鬼は大体みんな胸部に鉄板とか防御するものを潜ませているわよ」

「アナタもですか」

「ええ」

 チッと舌打ちが聞こえたような気がしたが、きっと気のせいだと思うことにした。

「まぁ、でも、弱点がわかったなら良いです。これで次会った時のための対策が立てられるです」

 顎に手をやってさっそく考え始める木子。

 クロは、姿勢を正し、木子の目をまっすぐと見つめて口を開いた。

「木子ちゃん、だったわね。最初にも言ったけれど、これ以上夜に関して首を突っ込むのは止めなさい。私たち吸血鬼の戦いは、一般人が立ち入れる領域にはないわ」

「ふん、木子をそこらの一般人と一緒にするななのです」

「そこらの一般人ではなくても、所詮人間でしょう。吸血鬼にはかなわないわ」

 クロは感情をこめず、淡々と話す。

「――だから、私もこれからしばらくここに住んで、あなたたちを守るわ

「は? 何をしれっと。図々しいですね。誰のせいでこうなったと思っているのですか」

「私のせいよ。だから私が責任を取るんじゃない」

「嫌です拒否します絶対にダメですこんなどこの馬の骨とも知らない女には木子とにーさんの愛の巣に住まわせることなどできません」

 早口にまくしたてて拒絶する木子に、クロは少しだけ距離を置いて尋ねた。

「え、なに、あなたちそういう関係だったの……」

「ちがう」「その通りです」

 正反対の意思表示の声が重なった。

 今日の木子はいつになくぐいぐいと押してくる。不機嫌そうに利一の腕を抱き、クロをにらむ。

「えっと、木子」

「なんですかにーさん」

「とりあえず、一つだけハッキリしておきたいのは、たぶん、クロは悪者じゃないってことね。僕らの生活を壊すためじゃなくて、守るためにうちに住むって言ってるんだ。たぶん」

「たぶんたぶんって、にーさんも全然わかってないんじゃないですか!」

 だってまだ出会って二日目だし。

「まぁ、とにかく。さっきは木子の不意打ちに助けられたけど、多分次からは通用しないんじゃないかな。吸血鬼の身体能力のすごさは、さっきクロに担がれてわかったでしょ?」

 利一と木子を両脇に抱えて、ビルとビルの間をぴょんぴょん飛び回ったのだ。人間と吸血鬼では、アリと像くらいに違うのかもしれない。

「相手の狙いは木子に変わっちゃったみたいだけど、そのために僕を人質に取るっていう事も考えられるし、學校の友達が狙われちゃうかもしれない。そうなると、いくら木子の武器が強くてもすべてに対応はできないでしょ?」

「大丈夫ですこれからはお風呂の中でもトイレの中でもお布団の中でも四六時中兄さまを警護しますから。安心してください」

「これでも?」

 クロが、声を発すると同時に木子の懐へ入り、首筋に指を這わせた。

 その、瞬間移動に等しい速度に、木子は、目を見開いた。

「今、あなたを殺すことは、赤子の手をひねるよりカンタンだったのよ?」

 表情を消して、ゆっくりと、冷たく言う。

 木子は数秒間、じっとクロをにらみ、やがて、

「…………………………好きにするがいいです」

 すねたように言い残し、階段を上って行ってしまった。

 と、

 ギュイイイイイイカンカンカン!

 二階から、轟音が響いてきた。

「え、何の音」

「あー、なんかまた新しい武器作ってるみたい。木子はイライラすることがあるとストレス発散に新作の武器を作るクセがあって」

「悪いことをしてしまったわね……」

「納得はしてるみたいだし、大丈夫でしょ」

 複雑な表情のクロをフォローするように、利一は努めて楽観的に言った。

「ただ、僕が言うことじゃないけど、今後背後とか寝てるときとか気を付けてね。新作の武器の試し斬りに狙われないとも限らないから」

「……大丈夫じゃないかもしれないわね。利一が私と木子ちゃんを会わせたがらなかった理由がよくわかったわ。その節はごめんなさい」

 疲れた顔で、頭を下げる。

「いいよいいよ。それより、木子はいろいろ気難しいけど、なんだかんだ良い子なんだ。仲良くしてやってよ」

 利一は軽く笑ってお願いをした。

 しかしクロはぷいとそっぽを向くと、不機嫌そうにつぶやいた。


「私は、私を嫌いな人が嫌いよ」

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