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6話 ※賭けてません

「このお城に松本王がいるのね?」

「は、はい。今いるかはわからないっすけどたいていここにいるっす」

「そ。ありがとう。帰っていいわよ。……顔は覚えたから」

「ひぃぃぃいいいいいい!」

 最後の一言に、鼻ピアスは悲鳴を上げて逃げて行った。

 さて。利一とクロは見上げる。


 そこは、松本城だった。


 しょぼくとも国宝。長野県を代表する観光地だ。一介のヤンキーが夜のたまり場とするにはいささか豪華すぎるのではなかろうか。

 まぁでも、松本の王を自称するくらいだ。ならば松本市で最も高価な建物にいるのも自然と言えば自然なのかもしれない。

「それじゃあ、行きましょう」

 クロが全くの躊躇もなく城門へと向かう。

「それで、どうするのさ。扉、閉じてるけど」

「こうするのよ」

 言うが早いか利一をお姫様抱っこすると、瞬間。

 ぶわっ。

 跳んだ。

 敵の侵入を阻む、高い城門が、一瞬にして超えられた。

 軽々と着地すると、利一を下ろして、得意げに胸を張った。

「ふふん。人間相手に作った城壁なんて、吸血鬼にとってはちょっとした段差に等しいわよ」

「と……とんだ…………」

 利一は、呆然と呟いた。

「それは跳ぶわよ。吸血鬼だもの」

「いや、だって君のその小さな身体で、どうやってあんなに高くジャンプするのさ」

「大切なのは、筋肉の量ではなく、質なのよ」

 なるほど言われてみれば。

 クロは見た目こそ人間そのものであるが、中身は吸血鬼という、全く別の生物なのだ。身体の構成物質が違っても全くおかしくはない。

「それより、早く行きましょう」

 すたすたと城門の中を歩く。

 というか改めて考えてみると、この中にいるって、松本城はどうやって中に侵入したのだろうか。まさか吸血鬼でもあるまいし。

 と、そんなことを考えていると。

「なんか鎧着てる人がいる!?!?!?!?」

 鎧の人がヤンキーたちと麻雀をしていた。各々ランタンで手元の牌を照らしながらプレイしているようだ。そこまでして麻雀をしたいなら、おとなしく家に帰って電気付けてやれよと思った。

「おん? なんじゃ貴様ら」

 鎧の人が立ち上がり、こちらへ声をかけてくる。

 立ち上がった姿を確認して始めてわかったが、フル装備だった。鎧に家紋まで掲げている。

 見なかったことにして早急に帰りたい。できる限り関わり合いになりたくない。

 しかし、当然、クロはそういう思考ではなかった。

「私は安曇野王・遊児クロよ。松本王を討ちにきたわ」

「ふむ? しかし安曇野王は貴様のようなめんこいおなごではなかったと思うが? まさか貴様が安曇野王を倒したなどと言うのではあるまいな?」

 HAHAHAと笑う鎧に、クロは一瞬で詰め寄ると、その喉元へ指を突き付けた。

「そうよ。私が、彼を倒した。不本意ながら、うっかり、倒してしまったわ。いいから、早く松本王を出してちょうだい。……というか、もしかして、あなたが松本王かしら?」

 凍り付く鎧と三人のヤンキー。

 数秒間の鎮目を経て、「ふはははは」と鎧が笑いだした。

 バッ、とクロから距離を取り、大声で言った。

「さすが、名乗るまでもなくわかってしまうとは、その洞察力は見事である。あの安曇野王を倒し、新たなる王となっただけはあるということか。そうとも、我こそが松本市を統べる松本王である」

 その恰好見れば安曇野王でなくとも分かるわ、とか、松本市を統べているのは市長だとか、いろいろツッコミたかったけれど、本人が気持ちよさそうに笑っているのでそっとしておいた。

「それで、我を討ちに来たか。よかろう。貴様のその身の程知らずの挑戦、受けてしんぜよう」

 腰に手を当て、仁王立ちして言う。

「ただし! まずは我が直属の兵士三人衆と戦ってからだ!」

 松本王の言葉に答えるように、松本王抜きに麻雀を続けていた三人衆がゆらりと立ち上がった。

 で、ぶっ飛んだ。

 クロが殴り飛ばした。

「えええ~~~~~~~~…………」

 何の躊躇も苦戦してる感じを出すまでもなくぶっ飛ばした。ひでぇ。

「な、き、貴様ぁ! よくもやってくれたな!」

 自分からけしかけておきながらブチ切れた。

「我は松本王・島村! いざ尋常に勝負!」

「島村、ね。ユニクロ派の私としては、徹底的に叩き潰しておきたいところね」

 ニヤリと笑って、島村の元へ駆ける。

 決着は一瞬でついた。

 言うまでもなく、クロが勝った。一瞬だった。

「ぐ、ぐふぅ……我の負けだ……。安曇野王よ、今から、貴様が松本王だ……」

「松本王相手に貴様とは、ずいぶん態度が大きいわね。島村」

「ひぃっ! す、すすすすみません!」

 腕を組んで見下ろすクロに、島村は慌てて土下座をした。完全に素に戻っている。

「さぁて。それじゃあ松本王になったことだし、どうしてくれようかしらね。松本市全土をわさび農園にしてしまうというのはアリよね」

 ナシだよ。

「そ、それは! それだけはどうか! 我は! 我はワサビが食えないのだ!」

「ふん。もう松本王でも何でもないただのヤンキーが何かわめいているわね。いいこと? 松本市はたった今より安曇野市の植民地なの。治外法権と関税自主権の放棄なのよ」

「かんぜい……何だね? それは」

 元松本王には教養がなかったらしい。逆に教養のある鎧兜とか嫌すぎるけれど。

 とりあえず、暴走しつつあるクロをコントロールするべく、利一は間に割って入った。

「クロ、本来の目的を見失わないで」

「止めないで。松本市わさび農園化計画は、私が安曇野王になってからの長年の夢だったのよ」

「つい先日不本意ながら安曇野王になったばっかりでしょ! そうじゃなくて、僕たちの本当の目的は、松本市のあたりからヤンキーをいなくすることでしょ」

「ああ、そういえばそうだったわね。ごめんなさい、つい安曇野愛が抑えきれなくなってしまって」

 呼吸をするように嘘をつくな。

 安曇野市民以上に安曇野市をディスっていたあの発言を忘れたとは言わせない。

「仕方ないわね。松本市わさび農園化計画は中止とするわ。かわりに、松本市総優等生化計画を発令するわ。具体的に言うと、ヤンキーは全員きちんと学校に行き授業を受けること、またヤンキー以外に迷惑をかける行為の全面禁止。それでいいわね。受け入れなければわさび農園よ」

「……………………わかった。受け入れる。松本市のヤンキーたちには、我から説明しよう」

 苦々し気に頭を垂れる島村。

 勝てば官軍。負ければ賊軍。敗れた島村はすべてを失うものなのだ。


 こうして、安曇野市と松本市の抗争に、決着がついた。

 これが、安曇野県誕生の、最初の第一歩だったのである。

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