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4話 わさび農園に必要なものは大量の無茶苦茶綺麗な水

 深夜一時。教会。

 ギイィ、と重い扉を開けた利一は、にっこりとほほ笑むクロに出迎えられた。

「ごきげんよう。三戸利一君」

「うん。ごきげんよう。それじゃあ、達者でね」

「ああっ、何故私の顔を見た瞬間回れ右!」

 ノルマは達成したとばかりに帰ろうとしたが、手を取って引き留められた。

「怪しい人を見たらすぐに逃げなさいって死んだ母さんに教育されていたんだ」

「名家出身のお上品な美少女を見たらついていきなさいというお父さんの教えはどうしたの?」

「父さんはそれで母さんに捕まったって嘆いてたなぁ」

 名家出身だろうとお上品だろうと美少女だろうと、不法侵入して半ば脅しのように呼び出した人について行く人がどこにいるというのか。

「そういえば妹さんは大丈夫だったかしら?」

「ああ。まぁ、なんとかごまかしたよ。今はぐっすり寝てる。早寝なんだ」

 早起きして利一の布団に潜り込み、二度寝をするために。

「そう。それは良かったわ」

「それじゃあ、そういうことで」

「まっ、待って! せめてお話だけでもしていきましょう?」

「お友達とした方が楽しいと思うよ」

「お友達がいないのよ」

「……うん。なんかごめん」

 さすがに不憫だと思った。

 仕方ない。長椅子に腰を下ろし、クロと向き合った。

「それで、どう? 最近。元気?」

「ええ。おかげ様で。それなりに元気にやっているわ」

「そっか。良かったね」

「ええ。良かったわ」

「…………………………………………それじゃ」

「私に興味なさすぎない!?」

 だって興味ないし。

 とはいえ、確かにこれではお友達のいない寂しさを埋めることはできないだろう。

 ふむ。

「じゃあ、一つ訊きたいんだけど」

 気になっていた問いを口にする。

「吸血鬼って、君以外にもいるの?」

「たくさんいるわよ。吸血鬼ってバレると危ないから誰も言わないけれど。夜間制の学校や、深夜のコンビニバイトなんかには結構吸血鬼が紛れ込んでいるものよ」

「えぇ……」

 さすがにそれは無茶苦茶というものだ。

「そんなにいるなら、吸血鬼に血を吸われたとかって騒ぎになるものじゃない?」

「基本的に吸血鬼は輸血パックで衝動をやり過ごすのよ」

 そんなに輸血パックを大量に消費されては危篤状態の人のもとへ向かう量が減りそうなものだが。

「たまに直接人から血を吸いたいという衝動に駆られることもあるのだけれど、それも大丈夫。吸血鬼の体液は、傷を癒す力があるのよ。だから牙を刺して血を吸っても舐めるだけで塞がるのよ」

「へぇ」

「あ、信じてないわね」

「逆に信じろって言う方が無茶じゃない?」

「なら、証明して見せるわ」

 言って、利一の腕を取る。反抗する間もなく、瞬時に利一の腕をひっかいた。

「痛っ!」

 血がにじむ。

「見てなさい」

 言って、その傷口へ口を近づけた。

 ぴちゃぴちゃ、と、どこか卑猥な音を立てて舐める。

 その、数多の経験を感じさせる巧みな舌づかい。利一の身体に電撃が奔り抜ける。未知の、得も言われぬ感触。気持ち良い。いや気持ち良いというより、とにかく変な感じ。言葉にし得ない感覚。腕を這う、ぬるぬるとした温かさ。利一は荒い呼吸の合間に、声にならない声を上げる。

「はい。完治」

 ものの一分ほどだろうか。ぱっと口を離して、腕をティッシュペーパーで拭く。

 利一はトリップから戻り、腕を見た。

 先ほどひっかかれた傷が、キレイさっぱりなくなっていた。

「……君、本当に吸血鬼だったんだ」

 目を丸くして言う。もしかしたら口の中に何か薬でも仕込んでいたのかも、と一瞬思ったが、一分で傷口がきれいさっぱり塞がる薬などあるはずがない。

 まぁ、それにしても吸血鬼であるという証拠にはならないが、少なくとも人外のナニカである事は確証を得た。ならば彼女の言う通り吸血鬼という事で良いだろう。

「ふふん。あなたの血をたくさん飲んだ後なら、きっと切断したってもとに戻すことができるわよ」

「なにそれこわい」

 医者いらずという意味では大変便利な身体だけれど、そこまで行くともはやホラーだと思った。

「吸血鬼ってすごいんだね。それじゃ」

「あなた隙あらば帰ろうとするのね!」

 慌てて手を引っ張られ、立ち上がるのを止められる。

 はぁ。一つため息を吐く。のらりくらりとかわせるものではなさそうだ。

 仕方ない。正面から話し合うしかないらしい。

 利一は手を組んで、クロに向き合った。

「それで。君は、どうやって僕を説得するつもりなの? 言っとくけど、僕は深夜の空気感が好きだから深夜徘徊してただけで、それ以上のものは求めてないからね」

「何が好きかより、何が嫌いかで語りましょう」

 ジャンプの主人公には絶対になれなさそうなセリフが返ってきた。

「利一君。あなた、ヤンキー嫌いでしょう」

「君も嫌いだけどね」

「……嘘にはついて良い嘘と悪い嘘があるのよ」

 とても悲しそうな顔をされた。少し悪いことを言ったなと思った。

「私のことはこの際、良いでしょう。あなたはヤンキーが嫌い。私はあなたの血がほしい。だから私がヤンキーをひどい目に遭わせて、あなたは血を差し出す。これでウィンウィンでしょう」

 ふむ。なるほど。たしかにそれは悪くない条件だ。

 だが、

「僕がヤンキーを嫌っているのは確かにその通りだけど、別にボコしてほしいとは言ってないよ」

「言ってないだけで、思っているでしょう」

「……」

 言い当てられて、言葉に詰まる。

 しかし当のクロは、全く気にした風もなく、両の掌をひらひらと振った。

「別に恥じるようなことではないわ。嫌いな人がひどい目に遭うことを望むのは、とても健全なことよ。むしろ、嫌いな人の幸せを望むような底抜けのお人よしなんて、怖いわ」

 どんな人生を過ごしたら、そんな割り切った考え方をできるのか。

 利一は、クロのことが少しだけ怖くなった。

「ともあれ、ヤンキーを撲滅してやりましょう。松本王を倒して、松本市を安曇野市の植民地にしてやるわ」

「…………松本王?」

「松本市のヤンキーを束ねる番長みたいなものよ。ちなみに安曇野王は、先日うっかり倒してしまったせいで暫定的に私らしいわ」

「イミワカンナイ」

 ヤンキーというのはバカばっかりなのだろうか。いやまぁそうだろうとは思っていたけれど、ちょっと想像以上だった。

 痛くなってきた頭に手を当てる。

 やってられん。そう思って帰ろうと腰を上げた。

 と。そんな利一に向けて、


 クロが、手を差し出してきた。

「利一君。協力してくれないかしら?」


 利一の心臓が、きゅっと絞まった。


 上品な微笑みと。

 わずかに交じる、不安。

 そんな彼女の複雑な、表情。声音。


 利一は歯噛みした。

 ずるい。こんなの、ずるい、と。

 脅して協力を要請するなり、自信満々に尋ねてきてくれればよかったのに。

 そしたら、迷わず断れたのに。

 あるいは、無理やり巻き込まれられたのに。

 何故、こんな、自信のない顔をするんだ。

 そうじゃない。クロに似合うのは、そんな表情じゃない。


 格好良かった。

 爽快だった。

 ヤンキーたちを、たったの一人で、瞬殺したあの姿が。

 月を背景に。

 ヤンキーたちを足元に。

 凶暴に笑む、あの姿が。

 この世で一番、美しかった。


 こんな、不安げなクロは、一秒だって見ていたくない。

 だから。利一は、クロの手を取った。


「……。……わかったよ。協力する。君がヤンキーを倒すごとに、僕は血を提供する」

 まぁ、彼女が舐めれば傷が塞がるという事ならば、最大の懸案事項であった木子による軟禁生活もないだろう。

 そう自分を納得させ、承諾した。


「やったわ。そこらのチョロインよりチョロイわね」

「やっぱやめた」

 一瞬でも信じた自分を殴り倒してやりたい。利一は彼女の手を振りほどき、出口へ向かった。

「ウソウソ! ウッソー! ぺろぺろー! はい、それじゃあ行きましょう! 松本全土をわさび農園に変えてやるわよ!」

 クロは慌てて利一の腕を掴むと、冷たい目に負けじと必死に説得を試みるのだった。

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