15話 どくはぼうはつのおそれがあります
「……………………………………………………………………………なにこれ」
たっぷり沈黙を挟んで、利一は、ようやく一言発した。
それが、感情の決壊を招いた。
「え、なにこれマジやばどうしよどうしよ警察? 自衛隊? えっと何番だっけ助けなきゃ」
手紙を握り潰し、グルグルする目であっちへこっちへ視線を向ける。
が、割れた窓や引きはがされたカーテン、ボロボロになった空間があるだけ。クロは、いない。
電話をするためにはスマホを取り出さなければならない、という事すら忘れて、おろおろと小刻みに歩き回る。
と、
「にーさん!」
パニックに陥りかけた利一の目を、木子の鋭い声が覚ました。
ぐるぐるとしていた視界が、木子の姿をハッキリと映しだす。
胸を張った木子が、確信に満ちた目で言った。
「こういう時こそ、冷静になるです。あのルンバさんのことです。そうカンタンにはやられません」
深く、光を宿す強い瞳。
木子はその奥に存在するゆらぎを覆い隠し、未来を見つめる。
利一は、自身の鼓動が平静を取り戻すのを感じた。
「ん。そうだね。ありがとう」
深く息を吸って、吐いて、くしゃくしゃになった手紙を広げた。
「この手紙の言う通りなら、まだクロは生きてるってことか」
今はこれを信じるしかない。余計なことを考えるのはやめて、まずすべきことを考えた。
「とりあえず、一応念のためクロがいないか家の中探してみよう」
「そうですね」
ケガしないようスリッパをはいて、家の中を隅々まで探し回った。
しかし、案の定クロの姿は見えない。荒らされた跡と、クロの必死の抵抗の痕跡がいくつも見つかるだけだった。
「いない、ですね」
「これ、クロのお父さんとお母さんに連絡するべきかな」
「できればそうしたいですけれど、連絡するなと書いてありますね」
マフィアたちより怖いというクロの父親だ。味方に付けられればこれ以上なく頼もしい。
が、もし現在、利一たちが夜に監視されていたとしたら、連絡を取った時点でゲームオーバーだ。考えすぎかもしれないが、クロの安全が懸かっている以上、極力リスクは避けていきたい。
強烈な西日に顔をしかめ、利一はふと思った。
「そもそも、これだけ晴れてるのに、夜はどうやって来たんだろう」
夜は吸血鬼である。太陽の下には出られないと聞いていたからこそ、昼間に仕掛けられることはないだろうと考えていたのだ。
それが、こうして、昼間のうちに襲撃されてしまった。
「……日傘、とかですかね」
「日傘……。でも、吸血鬼にとっては日傘で隠れた部分以外は全部火炎放射なんだよ? さすがに怖くない?」
「ですが、多少火傷しても死ぬわけではないですから、こちらの隙を突いてくるという考えであれば、十分あり得ると思います。そもそも日傘で防げるという前提が必要ですけれど」
「ん……。なるほど」
一見正しいように見える。が、あくまで想像の域を出ず、納得できるものでもない。判断するには、決定的に材料が足りない。
と、考え込んでいると、
「そんなことより、これから木子たちがどうするかです」
悩む利一をたしなめるように、木子が言った。
「時間と場所が指定されている以上それに合わせていくしかないですから、対策を考えて武器を用意しましょう。手ぶらで来いとは指定されていないですし」
「対策……って言っても、基本的にクロが戦う前提で考えていたからなぁ。どんな武器を持って行っても、僕たちじゃあ使う前に倒されそうじゃない?」
人質というのは通常、強い敵を弱体化させるためのものであるから、圧倒的に強いクロが人質になるという可能性は微塵も考えていなかった。
「木子の武器は威力利便性に加えて速度を重視しています。使用武器をきちんと選べば、初動だけなら互角に戦えるでしょう」
「それでも互角なんだ」
「ルンバさんを人質に取られている以上、こちらの動きにもある程度制限がかかりますから。初動で互角を取れなければ瞬殺されるでしょう」
苦しい状況であることを淡々と説明する。
「広範囲攻撃はダメですし、銃も誤射の可能性やルンバさんを盾に使われる可能性を考えると、あまり活躍できなさそうです」
「じゃあ、ナイフとか近接系?」
「そうですね。ナイフではさすがに心もとないですから、もう少しリーチがあって、ダメージの持続するものが良いです。槍とか」
「刃先に毒でも塗ろうか」
「残念ながら木子は、毒は取り扱っていないです。万が一があると怖いですから」
刃物や銃器を扱っている時点で、十分万が一がありそうなものなのだが。
「アレだね。木子の部屋で直接見たほうが早いね」
「罠にだけ気を付けてくださいね」
「気を付けるだけで躱せたら、罠の意味がないと思うよ」
というわけで、先に木子に入ってもらって、罠をすべて解除してもらった。
「失礼しまぁす、って、…………すごいね」
すごい、としか呼称のしようがなかった。
銃。鉄砲。ナイフ。剣。刀。ハルバード。スコップ。手裏剣。スタンガン。手榴弾。閃光弾。催涙スプレー。何かよく分からない、刃物の大量に装着されたごつい武器。
まさになんでもござれ、といった感じだった。
そしてそれらのほとんどが、殺傷能力や利便性などの向上のため様々な改良が加えられていた。
木子の部屋は利一の部屋と同じくらいの広さだったはずだが、物凄く狭く感じる。壁紙を覆い隠す武器たちの圧迫感に視線を落とすと、床には大量の武器制作のためのパーツや道具が散乱していた。
「これは……槍?」
「ウェルシュフックです。ほとんど槍のようなものですが、返しがより凶悪になっているのと、防御に使いやすいことが特徴です。近接武器では最強に近いですけど、多分これを持って行ったら途中でお巡りさんに捕まりますね」
「あ、そうか。ある程度怪しくないくらいに収まる武器じゃないと、持って行きにくいのか」
もっと言えば、例えば銃を持って行って万が一職質にでも遭ったら、そもそも戦いの場に現れることすらできないのだ。となると、万が一のことがあっても警察を欺けるものを選びたい。とはいえ、万が一に備えたがために勝率を下げてしまっては本末転倒。兼ね合いを考えなければならない。
「ん~~~難しいなぁ」
呟きながら、大量の武器たちを物色して回る。
近距離、中距離、長距離、なんでもござれだ。あらゆる戦いに対応できる。
ただ、そもそもの問題として、夜と利一たちの間に、身体能力の差がありすぎる。
どれほど巧妙に罠を張って、死線をかいくぐって、夜に隙を作れたとしても、そこに一撃入れる事は至難の業だろう。
もっと言えば、仮にうまく一撃入れたとしても、まず間違いなくその後が続かない。なにしろ、銃弾を頭にぶち込まれても、一分もしないうちに復活した男だ。それこそ鉄板でもなんでも貫く武器で、心臓に風穴を開けるほどの初撃をブチこむしかないだろう。
「やっぱり銃で心臓撃つのが一番かなぁ……でも、できれば殺したくはないよなぁ……」
ぶつぶつと呟きながら思考する。
と、一つ、興味深いものを見つけた。
「そういえば、これはどうなの?」
「チェーンソーですか」
先日、木子がやたら推していた記憶がある。手に取ってみると、意外と軽かった。
「他の武器と比べて多少重いですが、その分一撃ごとの殺傷能力は高いです。通常のチェーンソーは肉を切るのには向かないですが、木子特製ですから、頑張れば腕や足くらいなら一撃で切り落とせると思います」
「え、こわっ」
思わず放り投げそうになった。
「吸血鬼の回復力を相手にするなら、生半可な傷では意味がないでしょう。腕か足を切り落とせば、まだ勝ち目が見えてくるんじゃないですかね。そういう意味で、上手く隙を作れるならば有望な武器だと思います」
「ん~…………………………」
利一は、チェーンソーを抱えたまま、唸った。一番勝てる手段を、考える。
どうやって隙を作るか。どうやって夜の動きを止めるか。あらゆる選択肢を考え、比較し、悩んだ。
どれほどそうしていただろうか。日が完全に沈み切ったところで、一つの可能性に思い至った。
「木子、あのさ――」
盗聴されている可能性まで考え、木子の耳もとに口を寄せ、囁いた。
「……………………………………………………本気、ですか」
木子の、長い沈黙の後の第一声は、明らかに正気を疑っていた。
だが、利一は、うなずいた。
神妙な面持ちで、宣言した。
「本気。これで、決める。これしか、ない」




