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14話 よるはくらいものです

 あれから一時間くらいたったころ。遊児家プラス利一、木子の五人でこたつを囲んでほっこりしていた。

 結局、クロは、今度ご飯をおごるという形でなんとかなだめた。未だ不機嫌そうにふくれているけれど、なんだかんだ一緒にこたつに入ってくれているので、元通りになるまでそう遠くはないだろう。

 今のこの空間は、昨日のそれとは打って変わって空気が明るい。なんだか楽しくて、普段クロと話すときと変わらない、軽い調子でしゃべれる。それが嬉しくて、やっぱり楽しくなった。

 と、団欒を満喫していると、おもむろに父が爆弾を投下してきた。

「それで、利一君。結婚式の日取りはいつにするかい? 明日? 明後日? それとも今日でも良いぞ」

 ぶっっっっ!! 思いっきり噴き出した。

 げほっ、ごほっとむせる利一に代わって、クロと木子が身を乗り出して抗議する。

「どうして私が利一と結婚する前提で話してるのですか!」

「そうです! にーさんはあげないですよ!」

「だが、クロ。昨日、利一君にプロポーズしていただろう?」

「あれは話の流れで何故かしてしまっただけです! それにそのあときちんと取り消したじゃない!」

「まあまあクロ。もう少しよく考えてみなさい。お父さんも最初はこんなどこの馬の骨ともしれない小僧に大事な娘をやれるかと殺意がわいて、思わずふすまの向こうからぶつけてしまったが、」

 やっぱりあれはこの人だったのか。利一は母を疑ったときのことを思い出し、納得した。母の後ろのふすまから現れた時点でそうではないかと疑っていたが、本当に母のソレではなくて安心した。

「よくよく話をしてみると、なるほど彼はアリだ。友達作りの苦手なお前が彼の前だとこうして大声を出せているのも、相性が良い証拠だろう。将来を見据えたら、彼を選ぶのは十分に良い選択だと、お父さん思うぞ」

「お父様うるさいです。黙っててください。自分の将来くらい自分で考えます」

 クロは冷たい目でじとーっと父を見つめ、キッパリと言った。

 しかし、そんなクロの反応に父は心底嬉しそうに表情を緩めた。

「こんなに素直な感情を向けてくれる日が来るとは! やはり利一君、クロと結婚してくれたまえ!」

「ははは……」

 クロは顔を赤くして怒っているし木子はものすっっっっごく不満そうにふくれている。下手なことを言えばどうなるか分かったものではないから、とりあえず苦笑いでごまかした。

 一触即発。和やかな団欒のはずなのだが、なぜこうも怖い状況に陥ってしまったのか。

 なんとかして空気を換えようと、新たな話題を考える。

 と、一つ、重要なことを思い出した。

「っと、そうだ。すみません、お父さん、一つ訊きたいことが」

「なんだね? ちなみにクロのスリーサイズなら上からはちじゅ――」

「わーーーーーーーーバカバカバカ! お父様何言ってるんですかホントやめてください!」

 一時間前までギスギスした関係がウソみたいだなぁと呑気に思いながら、いやそうじゃないと姿勢を正す。

「ここで訊くことではないかもですけど、……松坂夜、さんについて、教えてくだ――」


 すっ、と、両親の顔から笑みが消えた。


 沈黙。

 クロも、木子も、空気の変化を感じたのだろう。表情を消し、姿勢を正した。

 やがて、父が重たく口を開いた。

「松坂、夜。クロが、先ほど私に向けて叫んだ『夜に狙われるハメになった』という言葉は、やはり、奴と関わりがあるのか」

「…………はい。端的に言うと、私と利一が殺されかけ、今はおそらく木子ちゃんが狙われています」

 重たい空気が沈殿する。

「お父様。以前、言いましたよね。私が大人になったら、夜がこの家を出て行った経緯を教えてくださると。……まだ大人にはなっていませんが、教えてください。彼らを、守るために」

 頭を下げる。

「……うむ。そうだな。利一君や木子ちゃんにこれ以上迷惑をかけるわけにはいかないしな。話そう」

 一口緑茶を含み、喉を潤した。

「クロ。お前は、奴についてどの程度覚えている?」

「ええと、私が六歳のころ、太陽に焼かれる彼を見つけてこの屋敷へ連れ帰ったこと。そのあとお父様が使用人として雇い始めたこと。私はお兄ちゃんのように慕って、良く遊んでもらっていたこと。私が九歳のころに、夜が私の血を吸おうとして、お父様に見つかって逃げだし、それ以来戻ってきていないこと。です。」

 これらは、すでに利一たちも聞いていた。血を吸われかけたのがトラウマで、クロが他人と関わることを避けるようになった、という話も。

「うむ。概ねその通りだ。では、夜がこの屋敷から逃げ出すまでに、一般人を幾度か襲い、吸血、注入していたことは?」

 注入、とは、吸血の際に"そういうもの"を注入することを指すのだろう。

 クロは父の言葉に、心底驚いたように目を見開いた。

「………………知りません、でした」

「夜は、衝動的な男だった」

 どこか遠い目をして、父は語り始めた。

「それは吸血、注入行為に限らない。人を騙すこと。傷つけること。苦しめ、殺すこと。暴れ、壊し、潰すこと。夜はそういった反社会的な欲求が強く、抑えるのが下手だった。本人もずいぶんと悩んでいたようで、しばしば相談をされた。私も彼のために屋敷を大きくし、暴れられるスペースを用意したが、それでも彼は時折こらえきれなかったようで、他者へ迷惑をかけては後悔していた」

「そんな風には、見えませんでしたけれど」

「お前の前ではな。見栄を張っていたらしい。良いお兄ちゃんでいたい、と、話していた」

 クロが言葉に詰まる。

「そういう奴だから、一般人を襲ってしまったと聞いても、強く責めることができなかった。自殺するのではないか、というくらいに落ち込み、ことあるごとに懺悔のため、自ら太陽の下に焼かれに行っていたからだ」

「あっ、それで……」

 思い当たる節があったようだ。クロが呟き、神妙な顔で幾度かうなずく。

「奴はそうして、無理やり衝動と付き合いながら生きていた。私も、時間をかければ衝動を抑えることができるようになるだろうと、あるいは衝動自体が失われるだろうと楽観視していた。同情もあった。だから、奴のせいで仮性吸血鬼になってしまった人間たちは他の家に引き取ってもらい、奴の罪をもみ消し続けた。……奴が、お前に対する衝動を必死に押さえつけていたことに気づかずに」

 拳を握りしめ、悔やむように言った。

「奴はお前を襲い、私に見つかって逃げた。さすがに許されないと悟ったのだろうな。当然、私は総力を投じて奴を追った。が、奴は見事に吸血鬼社会から姿を消した。そして、姿を現さないまま暴れ続けた。まだ、奴は見つかっていない」

 苦し気に語った。

 利一も、クロも、木子も、声が出ない。どこか他人事のような、しかし圧倒的に当事者としてのリアルを感じた。

 と、父は神妙な顔つきのまま、問うてきた。

「そちらの話も、聞かせてくれ。どこで夜に出会った?」

「松本城です。松本王を狩って、今後について話し合っていたらクロがレーザーで不意打ちされて……」

 利一は、これまでのいきさつと、現状向こうが動くのを待っている状態であることを話した。

 全てを聞き終えると、父は顎に手をやって、眉をひそめて呟いた。

「ふむ。妙だな。奴はなぜすぐに襲ってこないんだ。衝動を、一週間もの間飼いならしておくことができるのか」

「でも、クロへの衝動は何年も保っていたんですよね」

「それは、抑えなければならない絶対的な理由、つまり私の存在と、クロに嫌われたくないという強い願望があったからだ。今の奴に、そのストッパーはないはずだ。……いや、何か、あるのか? ストッパーが」

「単純に僕らの居場所が掴めていないってだけじゃないですかね」

 深読みはかえって正解から遠ざかることもある。

 が、浅い答えが正しいとも限らない。

 それからもしばらく可能性を示し合ったが、所詮どれも可能性に過ぎず、決定的に情報が足りなかった。

 結局、そのままその場はお開きとなった。


「とりあえず、今後について考えましょう」

 クロの部屋に戻り、三人で改めて対策会議を始めた。

 夜の目的、スタンスはわからないが、今後の方針だけは固めておかなければならない。

「ということで改めて現状を確認するわ。まず、松坂夜が、おそらく木子ちゃんを狙っているという事。そして、おそらくその先で、私と、利一も標的となっているという事」

「たしかに、標的を完全に木子に移したっていうよりは、僕ら三人全員を狙っているって考えた方が良いか」

「次に戦力差だけれど、夜と私では、基本スペックはすべて私の方が高い。純粋吸血鬼と仮性吸血鬼の差ね。ただ、ほぼ間違いなく実戦経験は夜の方が多いから、単純な強さが勝敗に直結するとは言い難いわね」

 事実、松本城における戦いでは、不意打ちから一方的になぶり倒された。正々堂々と戦えばおそらくクロが勝っていたが、最初に足を封じられてはなすすべがない。

「ただし、吸血鬼は血を飲むことで身体能力が上昇するし、傷もすぐに塞がるわ。それも、利一や木子ちゃんのような健康で栄養豊富な血なら、その上昇率も飛躍的に高くなるわ。だから、戦いの前に利一か木子ちゃんの血を飲んでおけば、そういった経験の差すら圧倒できる可能性はあるわね」

「血を飲むことで傷も塞がるなら、輸血パックをポケットに忍び込ませておいた方が良いかもね」

「そうね。輸血パックは効果が弱いけれど、それでも時間や場所を選ばず即座に補給できるメリットは捨てられないわね。おそらく夜が木子ちゃんに頭を撃たれた時も、輸血パックで対応したのでしょう。……松本市は信大病院があるからずるいわね」

「だから安曇野市にも病院くらいあるってば」

 ともあれ。

「このままじゃいつ狙われるかわからないし、こっちから攻めようよ」

「攻撃されていないのにこちらから先制するのは、少し違うんじゃないかしら。あくまで正当防衛であるべきよ」

「にーさんの命がかかっているのに、そんな呑気なことは言ってられないです。籠城戦は、基本的に籠城側の疲弊が激しく、不利です。そもそも向こうの目的がハッキリしないですから、思考停止で籠城するのはダメでしょう」

 クロの人道的な主張を、木子が早口に棄却する。

 苦虫を噛んだような渋い表情で、クロはそれを認めた。

「そう、ね。そうしたら、どうやって彼を叩くかを考えなければね」

「単純にさ、こっちもレーザー使えばよくない? あれがあれば前みたいに足をやられても反撃できるじゃん」

「レーザーなら試作品がすでに三つくらい作ってあるです」

「それ、もしかしなくても対私用かしら?」

「対吸血鬼用です。ルンバさんに限らずにーさんに害為す人は消毒です」

「ルンバさんいうな。ともかく、レーザーは確定ね。でも夜がレーザー対策してこないとは思えないわ。何か他の武器もあった方が良いわよね」

「なら、銃は? 心臓に撃てなくても、頭に撃った時みたいに多少の時間稼ぎはできるんじゃない?」

「そうね。それと、接近戦用の武器も持っておいた方が良いわよね。とはいえあまりジャラジャラと武器を付けても邪魔だし、おとなしく素手で戦った方が良いかしら」

「木子の武器を舐めないでほしいです。性能だけでなく収納のしやすさ、扱いやすさ、動きやすさなどあらゆる利便性を追求して作っているのです。だから世界中のマフィアから……ごほん、なんでもないです」

「僕の妹が怖いんだけど」

 ごまかすように木子は口早に続けた。

「ちなみに木子のオススメは折り畳み式チェーンソーです。『軽くて硬くて高火力』通称3Kをコンセプトに改良を重ねた逸品です。斬って良し殴って良し投げて良しです」

 実用品として使えよ、というツッコミは、木子に対しては野暮なのだろ。

「それより、そもそも木子たちは向こうの居場所を知らないわけですから、まずそれを突き止めることです。そしたら爆弾でも投げ込めばとりあえず勝てるです」

 ボンバーマンみたいに気軽に言うな、と思った。

 が、夜の居場所を知らなければ先に叩くことなどできないのは、確かにその通りだった。

「長野県王って言ってたし、松本王なら知ってるんじゃない?」

「かもしれないわね。なんにしても、そこはヤンキーたちを拷問……ヤンキーの人たちに尋ねて回るしかないわね」

「君たち何かと物騒だな!」

 とんでもない人に囲まれてしまったものだと、利一は今更ながら自分の置かれた環境に驚いてしまった。




 輸血パックを大量に拝借して終電の『特急しなの』に乗り、松本市へ帰ってきた。

 とりあえず、その足で松本城へ向かった。

「よかった。いたわね。島村」

 利一と木子を両肩に背負って、城壁の上をひとっ跳び。

 相も変わらず麻雀を打つ鎧兜の姿を見つけて、クロはほっと息をついた。

「うおっ、き、貴様は遊児クロ!」

「あなた松本王ではなくなったのにまだ松本城にいるのね」

「我がどこにいようと我の自由だろう!」

「そうね。それより、長野県王がどこにいるか知らない?」

「県王様か? いや、知らんな」

「本当に? 本当に、知らない?」

 木子は、道中の自販機で買ってきた缶コーヒー(未開封)を、右手一つで握りつぶし、ニッコリを笑んで尋ね返した。

 あわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ。

 先までの威勢のよさが嘘のように、島村の顔が一面恐怖に染まった。

 島村は歯をガチガチと鳴らし、真っ青な顔で「し、知らん! 本当に!」と叫ぶ。

「県王様は、たまにふらっと現れてそのままどこかへ行かれてしまうのだ! だから、我々市町村王に県王様の居場所など知る由がないのだ!」

「ふぅん……。…………嘘だったら、こう、よ」

 メキィッ、と、既に潰れたスチール缶を圧縮。ぶしゅっ、と残っていたコーヒーが噴き出す。

「ひいいいいいいぃぃぃぃぃいぃいいいい!! し、ししし知らん! 嘘などついておらん!」

 木子は数秒間じっと、おののく島村を観察。

 やがて、小さくため息をついた。

「…………ま、いいわ。なら、ほかに、何か県王に関して情報知らない?」

「そ、そういえば県王様は、数日前に一度こちらにいらしたぞ」

「数日前?」

 という呼称をするとなると、まだ利一たちが愛知県へ向かう前だろうか。

「あまり体調が優れなさそうだったな」

「体調が悪かった……?」

 この一週間襲ってこなかったのは、やはり何か事情があったのだろうか。

 じっと考え込むクロに、島村は不審そうな目を向けて尋ねた。

「というか、貴様らは、県王様とどういう関係なんだ? あれは、まさに殺し合いに見えたぞ」

「……教えてくれてありがとう。それじゃあ」

 クロは、島村の問いに答えず、一方的に別れを告げ、背を向けた。



 翌日、利一と木子が學校から帰ってくると、家中が荒らされていた。

 カーテンが引きちぎられ、窓が割られ、箪笥が倒れ、食器が散らかり、まるで大地震の後だった。

 置手紙があった。

 地図と、短い文章が書いてあった。


『遊児クロは預かった。三戸利一と三戸木子の二人だけで、今夜22時、地図の場所まで来い。

                                 松坂夜』

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