12話 ゆーじけ②
「やっぱり嫌われてる……鬱だ死のう」
クロは利一と木子を引き連れて自室へこもると、布団にうつぶせてつぶやいた。
「ええ……」
利一は、どう反応して良いかわからず、言葉に詰まった。
あれ、たぶん嫌われてないんだよなぁ。
心の中で呟く。
最初こそクロの言う通り、嫌われているのかもしれないと思った。が、吸血方法の話になったときの父の変化を鑑みると、クロの思っていることと、父のクロに対する感情には乖離があるのではないか。そう感じた。
「ん~……」
だからこそ、利一は悩んだ。
果たしてこれを、本人に言って良いものなのだろうか。
他人の家庭事情に首を突っ込んだところで馬に蹴られて死ぬわけではないが、野暮であることに間違いはない。あるがままにしておくべきな気もする。
「木子、どう思う?」
利一の隣で小さくなる木子に小さな声で尋ねた。
「怖かったです。あの人、木子が武器売る人たちよりヤバいです」
「いやそうじゃなくて」
木子の意見を聞きたかったが、人見知りも相まってか顔色が優れない。
仕方ない。木子にアドバイスを求めるのを諦め、利一はクロに言った。
「考えすぎじゃない?」
「考えすぎなんて、そんなことないわ。父は私を嫌ってる」
「なんでさ」
「父と私のやり取り、聞いていなかったの? あのぶっきらぼうな、私と話したくないという感情を隠そうともしない、声。口調」
やや苛立たし気に、こちらをにらんで言う。
まぁ、たしかに。あの時の父は低い地声のままだったし、口ぶりも、お世辞にも柔らかいとは言い難かった。
世の父親というものをよく知らないが、あれが実の娘に対する普通の対応ではないだろう、というのはなんとなくわかる。
曖昧に納得していると、クロはごろん、と仰向けになり、天井へ手を伸ばした。
「あのね。今日の父は、アレで、まだ私と話してくれた方なのよ? 利一という外の人間がいるから。遊児家一族の当主として、外面を守ったのよ」
吐き捨てるように言って、背を向ける。
利一は、そんなクロから視線を外して、天井へため息を吐いた。
なんだか、ここ数日間で分かったことが、分からなくなった。
いや、きっと、分かった気になっていただけなのだ。
百円玉にすら、表と裏があるのだ。吸血鬼の親子関係などという、いくらでも見方のある問題の一面だけ見て答えを急ぐのは、愚行だった。
「お父さんのこと、嫌いなの?」
「父が私を嫌いなのよ」
背を向けたまま答える。
「クロ、お父さんの顔、見た?」
「見てないわ。もう、ずっと、……見れて、ないわ」
言葉を切って、枕を抱きしめた。
「……怖いのよ」
か細い声をこぼした。
表情は、伺い知れない。
なるほど。たしかに、これはわからない。
午前七時。遊児家プラス利一と木子の五人で、晩御飯(朝)を食べた。先の緑茶でも思ったが、吸血鬼は基本的に人間と同じ物を食べながらも、味付けを違えているようだ。クロが木子の料理の味付けによく不満を言っていたのは、そもそも吸血鬼と人間では味覚が違ったからなのだろうとわかった。
さすがに他人の家の料理を残すわけにはいかないから、全部食べたが、おかげで少し気分が悪い。
そうして胃もたれを感じながら就寝の準備をしていると、
「利一君と、木子ちゃん、だったかな? 少し、いいかい?」
父に、書斎へ来るよう言われた。
不安げな目を送るクロに「大丈夫だよ」と軽い調子で言って、腕をつかむ木子と共に、座敷を出た。
広い屋敷だが、書斎は案外近かった。
父は利一と木子に椅子をすすめると、対面の椅子に腰かけた。
遠慮がちに座る利一をじっと見つめる。
「……あの、えっと?」
父の真意を測りかね、利一は尋ねる。
しかし、父は書斎の奥の方で何やらごそごそと漁っているらしく、反応がない。
仕方ない。なんとなしに、部屋の中を見回してみた。
書斎というだけあって、周囲どこへ目を向けても本だらけだった。おそらくそこそこ広い部屋なのだろうが、四方八方からの本の圧迫感によって、全くその広さを感じることができない。本の種類もハードカバーばかりかと思いきや、ライトノベルや漫画が混ざっていたりして、この人の趣味が全く掴めない。単純に濫読派なのだろうか。
父はワイングラス三つと古そうなワインのボトルを手に、戻ってきた。
注ぎ、利一と木子の前に一つずつ置く。
利一の目をじっと見つめながら、一口ワインを含んで、尋ねた。
「あの子は最近、どうなんだい? 何か、粗相をしていないかい?」
木子は利一の袖を小さくつまみながら、椅子の上で小さくなっている。兄として、ここは利一が対応するしかない。
「い、いえ特に」
父の強面がこちらを見ていると思うと、非常に怖い。利一はしどろもどろになりながら、なんとか返す。
「まだ僕がクロ、さんに会ってから、一週間くらいですし」
「……それは驚いた」
表情を変えず言う。
「あの子は昔から内向的でね」
少しだけ穏やかな声色。
利一は、ほんのわずかに気を緩めかけて、一瞬でそれが過ちであると気づいた。
目。
利一をじっと見つめる、父の鋭い目。
それはまるで、観察するような、反応を確かめるような、
「こんな短期間のうちに、君たちのような友人を作るとは、思わなかったよ」
そんな、捕食者の目に見えた。
「…………」
父の言葉が、目が、何を意味しているのか。わからない。どう対応して良いか、判断できない。
もともと事前の準備で、父が利一と木子のみを呼び出すパターンは考えていなかったのだ。父がそれを望むとは思っていなかったから。
失敗だった。どうしよう。どうすれば良い。
「ふむ」
悩んでいると、父が、小さく呟いた。
居住まいを正し、丁寧に頭を下げた。
「これからも、クロと仲良くしてやってくれると助かるよ」
その、予想外の言葉。しぐさ。
利一は慌ててたたずまいを直して、なんとか頭を下げ返した。
「あ、はいこちらこそクロさんにはお世話になってますので。どうも」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……え、それだけ?」
「ん? それだけ、とは?」
「いえ、こう、何かもっと重要な話があるのかと」
「娘と仲良くしてくれる人たちへの挨拶は、重要な話だろう」
至極当然のように言って、ワインを飲み干した。
利一は、混乱した。
最初に抱いた印象。
かすかに笑んでいた時の表情。
今、利一に向けている目。
先の言葉。
どれが本当の父で、どれが嘘なのか。嘘など一つもないのか。あるいは、すべてがまやかしなのか。
わからない。さっぱり、わからない。
利一は、半ばやけになって、ワインを一気に口の中へ流し込んだ。
渋い。
しかし、案外、飲みやすかった。
決心した。
「一つ、訊いて良いですか?」
「なんだね?」
「お父さん。クロのこと、愛していますか?」
「……ああ」
数秒間の沈黙を挟んで、首肯した。
この返答の真意も、真偽も、分からない。
ただ、父は肯定した。それは、真実だ。
「本人がお父さんについてどう思っているか、知っています?」
「…………一つ、と言ったのは、君だろう」
渋い顔で利一の問いを蹴る。
仕方ない。できれば答えてもらいたかったが、今更考えても仕方がない。
ふぅ。一つ息を吐いて、吸って。呼吸を落ち着けて、父をまっすぐに見つめた。
「じゃあ。お願いがあります――」




