【偽者の牙】 [亜理紗・桐華編]
――貴方は一体、誰なの?
そんな疑問が、頭の中をぐるぐると巡っていく。
これが現実なのか、それとも夢なのか。それすらも、私は分からなくなっていた。
「さっきぶり。……そう言えばいいのか、この場合は」
目の前にいる人物が、私の眼を見て話しかけてくる。
だがその人物はあまりにも……
「……貴方、誰なの?……」
似すぎている。彼に……。
瓜二つなのだ。彼、霧原零に。
黒い髪も、黒い瞳も、同じだ。
「まぁ今の場合は、演じなくてもいいのか。今の俺は、「あいつ」ではなく「俺」としてお前に会いに来ている訳だしな。全くここは相変わらず嫌気が差す程、窮屈な所だな。……そうは思わないか?亜理紗」
「――っ!!……貴方は誰?」
いや、ただ一つ、一つだけ彼と違う所を見つけた。
霧原零。彼を最も光に近い存在と例えるなら……。
今目の前にいる彼は、最も闇に近い存在だ。
少なくとも、私にはそう思えざるを得ない。
なぜなら、彼を取り巻く雰囲気が……。
「俺は、霧原竜也。零が、世話になっている。度々世話になっているのは、俺だけどな」
「きりはら、たつや?」
雰囲気が、龍災で経験した恐怖と一緒だったから――。
「……それで、聞きたい事っていうのは何?これでも俺は一応、忙しい身なんだ。顔を見に来ただけなんだが、無駄な時間だけは避けたいんだけど」
緊張感が走る中、彼は呑気に頼んだコーヒーを口にして言った。
ショッピングモール内にあるレストランで私と桐華、そして零と瓜二つの彼が向かい合って座る形。
「貴方は何故、零と同じ苗字なのかを教えて」
「そんな事聞いて何になる。答えは、兄弟だからだ」
「あ、答えるんだ」
素直に答える彼に対して、黙っていた桐華が呟いた。
「当たり前だ。答えられる範囲のモノは、いくらでも答えてやるさ。ただし、こっちも見返りを持つ内容は情報交換だ。その方がセオリーだろ?藍原桐華」
「ウチの名前まで知ってるんだ……ふーん」
スッ、と桐華がテーブルの下で手を動かす素振りを見せる。
彼は見逃したのか、或いは見えていなかったのか、話を続ける。
「俺の知ってる事を話せば、お前らも聞きやすいだろ?友人に対する配慮だ」
「ウチは貴方を友人だと思って無い。そんなのは皆無」
「霧原竜也、もしかしてだけど貴方……藤堂家と繋がってる?」
その言葉に対し、彼は不適に笑みを零す。
その表情は殴ってやりたくなる程、憎たらしかった。
「……藤堂家、かぁ。霧原家と相反していながら、気分だけで助力を送ったりしてくるお節介の家か。まだお前、あそこにいる訳?あんなトコ早く……」
「――黙りなさい!」
私は感情が高ぶり、彼に向かって小型の槍を彼に向ける。
向けられた彼は、その切っ先を睨む。
「ここで物騒なモノを出すじゃないか、藤堂の姫巫女。それで、いいのか?今俺を斬れば、あいつは死ぬぜ?お前らの大事な零がな。今俺の手元にあいつがいる、何かあればすぐに引き金を弾けるようにな……」
「それってどういう……」
「今日はここまでだな。そこにいる女がいない時、また会いに来るとしよう。――喜べ、ここは俺が奢ってやろう」
彼は立ち上がり、レシートを掴んでその場を離れる。
「ま、待ちなさい!!」
「あーちゃん、追っちゃダメ」
「桐華!何で止めるの?あいつは零を……」
「――良いから!銃を用意していたけど、あーちゃんが槍を向けて確信した。さっきの一撃、もしウチがやってたら死んでた。あの竜也って人、相当強いよ……」
その時私は見た、桐華の手に小さな刺し傷があったのを――
・・・・・
彼は不気味な笑みを浮かべながら、ショッピングモールを後にした。
竜紋の浮かぶ右手、左手には血の付いたナイフが存在していた――。