【平和な時間】
霧原零が事情を説明する事一時間。
ドラグニカ育成機関の担当教師、西條 恭太郎。
彼が黙々《もくもく》と零の剣を見て、一から整備している。
勿論、彼は零の担当教師であり教官でもある。
「西條さん、もう出て良いですか?」
「ダメだ。お前は、「また」竜紋を使ったんだろ?」
「「また」っていうのを強調して、俺を責めないでくれます?」
「自業自得だ。ほれ、剣の整備は怠るなよ?」
整備していた剣を投げ、零はそれを受け取る。
投げてちょうど手の平に柄がぶつける投げ方というのは、存外難しいはずだが西條はそれを簡単にやってのける男なのだ。
剣の実力に対しては、零が一生懸けても追いつけないだろう。
「ビルを切り裂いて、怪我人がいなかったから良いが……。もしお前が誰かを怪我させた場合、ただでさえ印象が悪いドラグニカの印象と関心が堕落するぞ?竜紋の力を使うなら、時と場所を選べ。それがドラグニカになった、俺達の唯一の責任だ」
「……「印象と関心」より、「信用と信頼」じゃないの?」
「確かに間違いじゃない。ドラグニカという新人類が生まれた事によって、世界全体が格差社会を悪化させたのは事実。それを踏まえての「信頼」だ。20世紀以上もの時を経て、俺達人間はな?零。長い間戦争という鎖に縛られていたのを習っただろう?」
「……それは、まぁ……」
「それを止めてしまったのがあの「龍災」だ。俺達人類の標的は、多分だが「人間」から「ドラゴン」っていう架空の存在へと変化したんだ。戦争もぴたりと止んだし、こうしてドラグニカっていう組織も出来上がっている。多少難しい点が多すぎるかもだが、世界は団結しつつある。その中で、俺達ドラグニカが結果を残さなければならない。それがあって初めて、「信用と信頼」だよ」
「……結局、何が言いたいのか良く分かりません」
「お前は馬鹿だな。とりあえず、そうだな……。「お前の好きなように」とは言わんが、自分が正しいと思ったやり方をしろって事だな。周囲を巻き込まず、周囲を助ける存在。俺はお前にそうなって欲しいぞ?零」
「――それじゃあ、早速!」
そう言って、零は西條に手を伸ばす。
その手を見て、西條は首を傾げる。
「……何だ?その手は?」
ニッ、と零は歯を見せて笑う。
「生活費、貸して下さい」
「――ダメだ、自分でなんとかしろ」
「そんなぁ、おとうさーん!」
「誰がお父さんだ!……こら、しがみつくな!」
ブンブンと西條は、零を解こうとする。
だがしかし、零は精一杯に力を込める。
「――零、いつまでそうしてるつもり?」
整備室の扉が開き、その様子を伺っていた亜理紗が言った。
「何だよ!守銭奴亜理紗?」
「変なあだ名を付けないでくれない?この朴念仁」
開口一番で、亜理紗は零と睨みあう。
それによって、西條が零から解放される。
西條はどうやら苦しかったらしく、微かに息を整えている。
「……ふぅ。お前ら、いつになったら結婚するんだ?」
「「こんなのが相手とか、無理です!!」」
「息は合ってるのにねぇ。あーちゃんも零君も。西條さん、零君への説教は終わったの??」
バリボリとお菓子を食べながら、桐華が問いかける。
その様子を見て、西條は口を開く。
「お前は混ざらなくていいのか?」
「ウチは傍観してる方が好きかな。零君は鈍感だから、どうせ気づかないだろうし♪」
「マイペースだなぁ、お前もあいつらも」
「ドラグニカの中でも、特殊なメンバーしかいないので♪だって西條さんも、気づいてるんでしょ?零君が実は、強かったり……」
「――さぁ、どうだろうな。俺にはまだ、理解出来ない事もあるからな。でも……そうだな。あいつは、良い意味で「最強」かもしれないぞ?」
「……ふーん、そっか♪」
「おい、お前ら!いつまで喧嘩するつもりだ?喧嘩を終わらせないと単位減らすぞ?」
スタスタ、と彼らの方に西條が歩いていく。
その背中を眺め、桐華は自然と笑顔になった。
「さてと、ウチも参加しますか♪――零君、あーちゃん!ご飯食べに行こう♪西條さんの奢りで!」
「俺の奢りか!?」
「西條さん、さっすがぁ!」
「零、貴方食べすぎないでね?桐華もだよ?」
「えー?ウチはそんなに食べないよ?」
「さっきバリボリお菓子食べてたのは、どこのどいつだよ!」
「西條さん、乙女の秘密を探るのはダメですよ?」
「薄っぺらい秘密だな、それ」
「ん?零君、なにか言った?ん♪」
カチャっと銃口を桐華は、零の頬に当てる。
その瞬間、零の顔が青ざめる。
「桐華、やり過ぎないでね?私の出番無くなるから」
「任せてあーちゃん♪ちゃんと出番残しとくよ!」
「待って!?俺何もしてないよね!?何で責められてるの?西條さんも何か……」
「……ズズ……ふぅ、どうした?」
「のんびりしてんじゃねぇよ!!!お茶なんていつ入れたんだ!!!」
「はーい♪逃げるのは……だ、めっ♪」
にこやかな笑顔の裏に、零は見たのだろう。
……小悪魔な一面を。
「――ぎゃあああああああああああああ!!!!!」
整備室の中で、西條の怒声とは比べるに値しない。
大きな悲鳴が、設備内に響き渡った。
ただこの時は、零は気づいていなかった。
自分の持つ竜紋が、龍災を招く「種」という事実を。
この平和の時が、いつまでも続くと思っていた零にとって。
究極の選択を迫れるのは、この1ヶ月後だった――。
・・・・・
街から離れ、薄暗い公園の中。
空を見上げる、少年と少女が二人。
白と黒の髪は、左右対称のように背中合わせで滑り台に座っている。
「シズク、龍たちがざわついてるよ?」
「……大丈夫、我慢してもらってるから」
「いつまで保てる?」
「私が死ぬまでかな。でも平気、まだ余裕……あるから」
「そっか、じゃあもう少し頑張ってね。……君達もね?」
少年が少女の周囲を見て、そう言った。
その瞬間、返事をするように龍の影が浮かびあがる。
そのまま彼らを包み、公園から姿を消した。
彼らが座っていた滑り台には、白と黒の羽根だけが残された――。