細工師の町の展覧会9
優勝作品は"微笑み"と名付けられていた。
どこをどうしたら微笑みなのか、残念ながらルシオにはわからなかった。
うーん、と唸りながら作品の台座に手を出す。右に左にくるくる回してゆくと、巧妙な光の反射により月光石は強い光を放った。
そう、強い光である。微笑みといわれるような、柔らかなものではない。
「微笑み……」
と、ルシオは自分に言い聞かせるように呟いた。
「ええ。いかがでしょう。ご満足いただける品ではありませんか?」
「あ、ああ。すごいとは思うぞ。ただ、微笑みとつけたのは──」
「名をつけたのはクルトですわ。
紹介いたしますね、わたくしの恋人であり、この研磨を担当しましたクルトと申します」
ロジーが連れてきたのは、短く金髪を刈り上げた体格のよい青年だった。そのクルトが恥ずかしそうに会釈をする。もじもじと動かす手は、切り傷や引っ掻き傷でボロボロに痛んでいた。
たしかに研磨師のようだと、その手を見たルシオは判断した。
「研磨に四日、枠作りに三日。合わせるのに二日──こればかりは、よくぞ間に合ったと自画自賛させていただきますわ。
そして──わたくしどもを信じて、月光石を預けてくださったこと、心から感謝いたします」
「これ以上の品には、もう出会えないだろう。本当にありがとう」
「こちらこそ。良い作品をありがとう。
だが、問題がある。オレ達は旅をしているのは知っているだろう? 旅では、どんな道を行くかも分からないわけだ。となると、こんな壊れそうな物を持ち歩く事はできない。
さて、どうするべきだろう?」
ルシオの目の前には、大小さまざまな作品が並べられている。その全ての作品は、ルシオの提供した月光石でできていた。
これをどうしたら良いか──と、ルシオは二人に問いかけたのだ。
ロジーとクルトは言葉につまった。
「そ、それは……困りましたね。ああ、でも旅の途中で割れるなど──いけません。いけませんわ。芸術への冒涜です!」
「しかし、買うとしても値段が……」
「そこでだッ!」
元気な声で乱入してきたのはオズだ。
確かに人の目がある場所での話し合いだったのだが、まさか乱入してくるとは、ルシオにとっては盲点だった。
「……では、何か案があるとでも?」
たっぷりタメをおいて、ルシオがオズに答える。その声には不信と十分な嫌みを込めていたのだが、返るオズの声は自身たっぷりだ。
「うむうむ。"競売"という販売形式がある。それにしてみたらどうかと思ってな」
オズの言葉に、様子を伺っていた周囲から声がわき上がる。怒声のような叫び声が生まれ、その場を塗りつぶしていった。
一気に騒がしくなったこととその内容に、オズの性格の悪さを思わずにはいられなかった。
「オズさんは、細工師組合の役員でいらっしゃいます。ならば、そのお話は組合からの提案だと思ってよろしいのでしょうか?」
「組合──なるほど」
自分達のまわりをかぎ回っていたのはその為か、とルシオは今までのオズの動きを振り返った。
最初に鉱石を売りにいったのは偶然だった。
だが、その後道を歩いているとすれ違ったり朝食時に近くに座っていたり──そのわりには、ならず者に囲まれた時は助けてくれなかったりしたが。そういえば展覧会当日は、堂々と話しかけてもきた。
「いやぁ。偶然、偶然」
「ぐ、う、ぜ、ん。な」
当て擦るようなルシオの言葉に、オズは頭をかいた。
ははは、と乾いた笑いをこぼすが、周囲の盛り上がりに消されて消えた。
「まあ、いいか。で、なんだったか──競売?」
「そうそう! ここは細工師の町だ。
年に一度の展覧会とはいえ、月光石を捌けるほどの商人は多くはいない。事実、商人よりも金持ちの道楽者の方が多いくらいだ。
で、金に糸目をつけないって道楽者にとっては、月光石は喉から手が出るほど欲しい物だからな。売るならそいつらに売ってくれないかな、とね。
この話を蹴る場合、泊まってる宿にひっきりなしに客人が来るね。いや、間違いなく!」
「ふむ……悪くない話だが、組合にとってどんな得があるんだ? 仲介料か?」
ロジーとクルトが目を輝かすのを見て、ルシオが話を促した。超高額商品の売買である、それなりの仲介料が発生するだろうが、それだけで組合が動くだろうか。
「ああ、まあ、それは勿論なんだが。
できれば、各細工師達にも栄誉っていうか、技術料っていうか、迷惑料っていうか……そういう保証を頼みたくてな」
「うん? 初めに渡した料金では足りなかったか?」
ルシオもさすが一週間前に原石を渡して、無料で作品を作れとは言えなかった。さすがに急すぎる話でもある。
その迷惑料として、金貨を何枚か渡していたのだ。けれど、それでは足らないとオズは言う。
「月光石なんて伝説を手にした細工師達がな。それまで貯めに貯めた希少金属を全部使っちまったんだとよ」
「それは、なんと言うか」
さすがのルシオも言葉につまってしまった。
「細工に使う希少金属といえば、金貨五枚は軽く越える物ばかりだ。しかも、出来上がった作品はおまえさんに返さないといけない。
勢いだけで突っ走った奴らがようやく冷静になって、組合に泣きついてきた、というわけだ」
「わかりますわ。伝説が相手ですもの。舞い上がって、地に足がつかなくなって、最良の物を使いたくなってしまうのですわ。
ええ、ええ、よくわかります」
ロジーがぐっと手を握った。あまりにも強い力を込めたため、腕がぶるぶると震えている。
「なるほどな。そういう事情なら、そちらの言うことも受け入れよう。
まあ、詳しいことはゆっくりと詰めていくとして──」
「それにしても、なあ? それだけ金を持っているなら、俺からあんなに金を搾り取る必要、なかったんじゃないかなぁ?」
「それとこれは別の話だ。俺が金を持っているかどうかは、取引には関係ないはずだな。
金持ち相手になら、金貨の価値があるものを、銀貨で買いあげるのか? それがこの町の礼儀か?」
ああん? とルシオが斜め上から見下ろす形で、オズに圧力をかける。
オズは「いやいや、まさかー」と言いながら、流れる汗を拭った。
「え──、コホン。
競売にかけるにしても、もう少し時間が欲しい。一月ほど滞在して欲しいのだが、可能だろうか」
「ああ。問題ない。こちらとしても、イオの体力をつけなくてはいけないからな」
「そうか、それは助かるな。組合員と条件を詰めて、場所を確保して……早くて三週間後には競売にかけられるだろう」
オズの言葉に、人々からとびきりの歓声があがったのだった。