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細工師の町の展覧会8

 闇の中、ひっそりと静まった空間に、扉の軋む音がした。

 ところどころぼんやりと光があるのは、夜光石からもれた輝きだ。その光に導かれるように、侵入者達は広間を進んで行く。

 一人はどんどん先へ進んで行き、残りの数人が周囲を警戒する。その様子はかなり手慣れたように思われた。


 カツ、と響いた小さな靴音に、侵入者達が動きを止める。

 せわしなく周囲を見回して、耳をすませる。だが、どれほど待ってもそれ以上の音を拾うことは出来なかった。

 そのまま十分すぎるほど待って──回りに怪しい物はないと確信できた侵入者は、動きを再開させた。


 そろそろと進む先にあるのは、回りとは比べ物にならないほど厳重に囲われた二つの作品だった。

 今回提供された月光石の中で、もっとも大きな二つの石。

 一つが華美な装飾をほどこされた傑作なのに比べて、もう一つは、研磨の妙によって輝きを増している物だった。


 何が研磨だ、と男は毒づいた。

 ここは細工師の町である。細工こそに価値がある町なのだ。

 研磨などと、下働きの仕事でしかない。そんな裏方も裏方の仕事に、なぜ負けるのか──


 怒りに燃える目で作品を睨む。覆いをのけようと震える手を伸ばして、止めた。

 覆いを外せば光が漏れてしまうことを思い出したのだ。


 そっと男が金槌を振り上げる。

 男は細工師である──どこをどう叩けば効果的なのか、よくわかっていた。



 コッ──カシャン



 闇に響いたそれは、石の悲鳴であった。

 美しく磨かれ、芸術として完成された物の、あっけない末路。こぼれた破片だけがキラキラと光を放ち、周囲をうすぼんやりと照らし出す。


 男は満足げに振り返って──


「そこまでだ!」

「大人しく動きを止めろ」


 バタバタと入ってきた警備員達に、身柄を押さえられた。




 ○ ○ ○




 サジー達が捕まったのは、明け方近くになっての事だった。

 警備員を買収した──つもりの──サジー達は、人のいない展示場に侵入し、作品を壊したのだ。警備の一環として習作をおいていたとはいえ、彼がしたことは十分な犯罪であった。

 その報告を宿で受けたルシオ達は、やっぱりやったかと呆れていた。


「ですが、なぜ自分達の作品を壊そうとしたのでしょうか? 優勝した作品を壊すならば、理解できるのですが」


 イオの髪をまとめながら、フィアが言う。

 栄養の足りないイオの髪は、ばさばさで艶が足りない。フィアはその髪に丁寧に櫛をいれながら、少しずつほどいていた。


「さて、力不足が悔しかったか──侵入自体を他人に押し付けたかったか。"壊された"といえば被害者になれる。

 人から高級品を借りておいて、都合が悪くなると壊そうとする──ふん。無責任な事だ」

『なんと嘆かわしい』

「しかし、人とはそういう生き物だ。

 己よりも優れた者にたいする妬み、嫉妬。どうして己ではないのかという、逆恨み。

 己よりも優れた者を相手に、純粋な憧れと克己心だけを抱ける者は多くはいない」

『末の……あなたに"人"を語られると、違和感しかないのですが』


 ルシオは生まれた時に両親に捨てられ、龍王の"弟"として育ってきた。人から隔絶された世界で育ってきたルシオが人を語る──ないない、と龍王は手を振った。


「精霊達に話だけは聞いていましたから。彼女らの話はなかなか面白い。

 寵妃の感心をひこうと一国を滅ぼした王や、魔法で生みだされた娘。異種族の若者にひかれ身を滅ぼした妖精や、人として育てられた風の精霊……」


 つらつらとルシオが話のネタをあげる。

 その全てが、精霊から暇潰しにと聞いていた物語である。

 精霊達に国境はない。世界中を気の向くままに移動しているのだ。だから、彼女達の話もどこの話なのか、まったく見当がつかなかった。

 いつまでも続く話に、フィアが離れて行く。イオの手を取って、離れたところに準備されている机の方に移動する。


「この世界のどこかには、マグマ──大地が燃えてどろどろになった大陸もあるとか。一度見てみたいけれど」

『末の、その大陸は、もう緑豊かな普通の大地になっていますよ。確か、人も住んでいるはずです。

 精霊達の話は、数千年前の出来事です』

「おや、残念で」


 まったく残念そうでない顔で、ルシオは言った。

 その会話の向こうで、フィアがイオにお茶の入れ方を教えていた。イオはフィアの手本を見ながら、一つ一つの動作をゆっくりと確実にこなしていく。


『なかなか感心な子供ですね。体の傷は治したとしても、体力が付いたわけではないでしょうに』

「ええ。あの子の境遇には同情しますよ。名前すら付けられず、朝から夜まで働かされるばかりとはね」


 ルシオはイオに名前を聞いた時の事を思い出した。

 イオはその時"おい"だと答えたのだ。いつも"おい"と呼ばれていると。

 "おい"だから、イオ。かなり安直な名前の付け方ではあるが、それくらいわかりやすい方がイオにも受け入れられるだろうと考えての事だった。

 名前もなく死にかけていた子供。本当にフィアが見つけて良かったと思う。


「あ、あの。ご主人様、お茶です。どうぞ」

「ああ、ありがとう」


 そのイオから目の前にお茶を出されて、ルシオは礼を言った。

 微かに香るそのお茶は、以前に購入した香りつきの紅茶のようだった。甘い花の香りがルシオに届いてくる。

 センスがありそうだと、ルシオは温かなお茶を一口含んで思った。


「悪くないな」

『素直に美味しいとおっしゃいなさい。まったく、末のは気取った言い回しをしますね』

「それは──気が付きませんでした」


「美味しかったそうですよ。良かったですね」

「はい。フィア様、ありがとうございます」


 大任をはたしたイオはフィアに飛びつき、フィアはイオを褒めながら頭を撫ででいた。


「平和だ……」

『世界の全きの、かくあれかしと、祈るばかりです』

「それはそれは、また強欲なことで」


 気取った言い方はどちらかと、ルシオは龍王の言葉に苦笑を浮かべたのだった。

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