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細工師の町の展覧会7

 その年の展覧会は過去に例を見ないものだった、とみな口を揃えた。

 それには、なんと言っても月光石の存在が大きい。

 人が入っては出られないという、神苑の森。その最奥でしか採れない、幻の石。月と見まがうほどに輝き、闇を照らす光の石。

 それが、大小さまざま二十個近くも出品されたのだ。

 後援者達は目を見開き、評価者は我を忘れた。人々はその輝きに(うつつ)を忘れ、夢の世界に旅立つかのようであった。

 そして、それらがたった一人の人間から提供されたと知り、血眼になった。我も、と思ったのだ。我もこの稀なる石を手に入れたい、と。

 その男の名は、動物使いルシオという。




「いやぁ、食わせものだったねぇ、お客さん」


 展覧会開場で、一際大きな月光石の前に立つルシオ達に声をかけてきたのはオズだった。そういえば、この町について、最初に彼と取引をしたのだったと、ルシオが記憶をたどる。

 さりげなく、連れてきている子供をフィアの影に隠した。


「食わせもの、とは?」

「いろいろ、ぜんぶさ。

 月光石を持ってたことも、それで展覧会をかき回したことも。サジー(やんちゃ)の嫌がらせをいなしているところもな」

「そうか。だが、この町の細工師はさすがだ。

 展覧会まで日がなかったというのに、見事に作品を仕上げてきたぞ」

「まったくです。あれから、七日ほどしかありませんでした。それなのに、みながみな、月光石の作品を出しております」


 そう、ルシオ達が月光石をばらまいたのは七日前の事。ここに並んだ作品達は、たった七日で仕上げられたものなのだ。


「おいおい。それが条件だったんだろう。

 この展覧会に出すなら、月光石を貸しても良い──そんな餌をぶら下げられて、この町のモンが手を出さないはずがないダロ」

「そうか、それほど珍しいのか」

「お客さん……やっぱり価値がわかってないな」


 頭を抱えるオズの言葉には力がない。

 ほいほいと高価な月光石を放出したのは、豪胆なのではなく無知だったから。と、ルシオは思わせるように動いている。


「それにしても、人の手が入ると見事に輝くのですね。原石ではこれほどの透明感はありませんでした」


 目の前の艶々に磨きあげられた石に、フィアが感嘆の声をあげる。そのフィアの服を、小さな子供が引っ張った。


「キレイ」

「ええ、きれいですね。石の質もさることながら、職人の腕も良いのでしょう。ただ──」


 その場の三人──子供を除く三人は、正面に飾られた作品を残念そうに見た。保護者の様子につられて、子供もその作品を見る。


「これも、キレイ」

「ええ、まあ。細工自体は見事ですね。ええ、細工は」

「細工は悪くない。石も悪くない。それなのに、どうしてこんな残念な……」

「ああ、まったくだ。月光石が泣いてるわな」


 三者三様に、残念さを表現する。

 ひときわ大きなため息を──周囲に聞こえるほどに溜め息をついてみせたのは、オズだった。

 彼は細工師の町の生まれだ。自身も原石を扱う職人である。そのオズが、分かりやすく嘆いてみせたのだ。


 目の前にあるのは、豪華な装飾の施された月光石。

 といえば聞こえは良い。が、それはごてごてと飾り立てられ、見るところがわからなくなってしまっているのと同義だった。

 内から輝きを放つ月光石の持ち味を、殺しに殺した作品。それが目の前の一品だった。


「レトー通りの親方は、悪い腕じゃあなかったんだがな」

「腕自体は素晴らしいかと。このように小さな彫刻を、一面に施すのは相当の技術とうかがえます」

「どこを見ても図形に歪みがない。そうとう丁寧に下案を引いたのだろうな。それが余計に気の毒だ」

「え、き、きれいじゃないですか?」

「いいえ。キレイはキレイです」


 フィアの腕にすがって、子供は不安一杯の声を出した。

 子供の目には、それはキラキラで十分キレイに見えるのだ。

 その子供に、フィアがもう一つの作品を指差してみせる。


「こちらの、横の作品はどう思いますか?」

「え。眩しい?」


 子供の一言にオズが吹き出した。

 ルシオも口元に笑みを浮かべて、子供を見た。

 なるほど、眩しいとは。確かに眩しいだろうとルシオは思う。そのように磨いたのだから当然だった。


「はっはっは。このお子さんはずいぶんと素直だ!

 ふむ。オレはオズって言うんだが、名前を言えるかな?」

「あ、はい。イオです。オズ様、よろしくお願いします」

「ん? ()?」

「わけありだ。気にするな」


 ルシオの言葉にオズが了承を返す。少しためらいがあったのは、いろいろ天秤にかけてのことだろう。

 この町で商っているならば、フィアが──見慣れぬ少女が忌み子の子供を買ったと、知らないわけがない。もちろん、その子供が死にかけていたことも。


 だが、オズは興味がないとばかりに、再び展示作品へと視線を向ける。

 なかなか面白い相手だと、ルシオは浮かべていた笑みを深めた。


『笑みが悪どいですよ、末の』

『おっと、失礼しました』


 龍王の言葉に、ルシオが表情を引き締める。

 そのまま、イオが"眩しい"と言った作品を見た。


「見事な研磨だ。手前は鏡面のようになめらかに。奥では光を反射させるために角度をつけている──のか?」

「その通りだ。良くわかるな。

 しかも、恐らくだが、側面背面の細工も反射を計算しているだろうよ。でなけりゃぁ、いくら月光石といえ、これほど光るわけがない」

「この細工も見事です。割れやすい石を守るようにぐるりと細工が取り囲んでいますね。

 しかし、主張しすぎていません。石を引き立てるための細工に見えます」

「お客さんらは、本当に素人かい」


 ただし、これは知らないだろうと、顔をあげたオズが誇らしげに言う。


「ロジー嬢の恋人を知ってるかい? あいつは腕の良い研磨師なんだよ。特殊な加工でもキッチリこなせる腕をしてる。そうさ、こんな細かな注文にこた──」

「ふざけないでください!」


 自信満々のオズの言葉は、叫び声にかき消された。

 それは、ルシオとフィアも知っている声──サジーの声だった。


「あれほどの月光石を使ったんですよ! それなのに、どうして我が工房の作品が優勝ではないのですか!

 ばかばかしい。ちゃんと評価してください!」

「いいえ。公正に評価した結果なのです。おちついて、ご自身で作品を比べてみてください」

「もう、結構です! あなたでは話になりません。責任者を──」


 苛立ったサジーの声が小さくなって行く。

 後にはざわつく観覧者達が残された。みな不安そうに顔を見合わせている。


「ご主人様、あの者はこのまま引き下がるでしょうか?」


 フィアの言葉に、ルシオとオズは揃って首を振った。


「手を打っておくか。幸い路銀は十分だ」


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