細工師の町の展覧会5
傷が癒えてから数日間、子供は眠り続けた。
こんこんと眠りながらも、時々うなされている様子は痛々しいものだった。
この子供をかいがいしく世話をしたのはフィア──ではなかった。非常に意外なことに、一番子供を気にかけていたのはロジーであった。
眠り続ける子供の体を拭き、体勢を変え、シーツを取り替える。やさしい手つきで髪をすいてやるころには、ルシオ達はロジーの存在を受け入れていた。
「しかし、ロジーは第一印象と違いましたね」
『ええ。見た目で判断してはいけない、と言うことですね』
「ですが、当初の彼女の言葉には棘がありました。なぜあのような物言いをしたのでしょうか」
三人が首をかしげても、答えは出なかった。
その解答は思いもよらない相手から、もたらされたのだった。
○ ○ ○
「ロジー嬢は、生きるか死ぬかの選択で、忌み子になっても生きることを選んだのさ」
「どういうことだ? 生きるか死ぬか? 良いところのお嬢さんじゃなかったのか? あ、お酒もう一本追加で」
宿屋をでて食事に向かった先で、酔っぱらいが情報を提供してくれたのだ。
目の前に追加された酒に気をよくした男は、けらけらと笑って言葉を重ねる。
「イイトコねぇ。まぁ、工房は大きいし、親方もイイ人さ。少なくとも、契約を重んじるだけの常識はある」
「だといいんだけどな」
その親方と契約書を交わしたルシオとしては、ぜひ約束を守る人であって欲しかった。
「ははっ! 親方なら守るさ──ただなぁ、アソコを仕切っているのは、若旦那って呼ばれているサジーさ。あいつはイケネェ。嘘偽り、裏仕事。なんでもござれの詐欺師さ」
「へぇ……若旦那はそんな名前なんですね」
「ああ。あいつ名乗らないダロ。
名前をかわすと、正式な商売になっちまうからな。あいつは他人を化かす事がウマイからなぁ。
ロジー嬢もそういうのがあって、忌み子に落ちたんだよ」
「つまり、若旦那に騙された、と」
そんな悪い人にはみえなかったと、ルシオは若旦那の記憶を思い出す。
ひたすら土下座され、震える手で月光石を握っていた事しか覚えていなかった。
「はっはー! おまえさんもノせられてたダロ。
初対面で土下座からの無茶苦茶なお願いとか、あいつが良く使う手さ。ま、親方もやってたのには驚いたけどなぁ」
「なんか、問題があって欲しい材料があったとか。何があったか、知ってるのか?」
「さて──」
ちらりと酔っぱらいが周囲を見る。
ルシオの回りには、いつのまにか屈強な男達が集まっていた。
「ははっ! 言っただろ、サジーは詐欺師だって! あいつは金のためならなんでもするやつさ。
俺達みたいなゴロツキに、あんたを襲わせるくらいは罪悪感なくやっちまうんだぜ」
「なるほど。契約書には、"相手を襲ってはいけない"とは書いてなかったしな……って、アホらしい」
ちゃり、と音をさせてルシオが腰につけていた鞭をふる。動物使いの主戦力は鞭──だが、ルシオのそれは金属でできていた。
「この人数差で刃向かうか。おもしろいヤツだな」
「さて──俺が勝ったら、知っていることを全部話してもらうぞ。嫌なら……」
ドガッと音がして、ルシオの足が机を蹴りあげる。
真ん中に亀裂が入った机は宙を飛び、ルシオを包囲する男をまきこんで壁に叩きつけられた。
「……力ずくで聞き出す」
「そのヨユーはどこからくるのかね。ま、依頼料のためだ、消えてくれやね」
その言葉が、合図だった──。
「おいコラ、動物使い」
「なんだ? 負け犬」
地に伏せた男達を代表して、元酔っぱらいが声をあげた。
「おまえ、動物使いじゃないのか。なんでそんな強いんだよ」
「流れ、だからな。街道や、時には森をつっきることもある。いつでも護衛を雇えるとは限らない。
となれば、自分が強くなるほかないだろう?
酔っぱらいのゴロツキを相手に負けるほど、弱くはないつもりだ」
事実、街道には盗賊達が縄張りにしていることも多い。
ルシオはそれを相手にしながら──潰しながら旅をしているのだ。町でぬくぬくしているゴロツキを相手に、負けるはずがなかった。
傷一つないルシオを前にして、ゴロツキは深くため息をはいた。
「わかった、わかった。降参だ! 俺達の負け!
おい、皆。それでいいな!」
ゴロツキの言葉に、床から了承の呻き声がもれる。
「ずいぶんと素直だな?」
「まあな──これでも、人を見る目はあるつもりさ。
あんたとこれ以上やるなら、命をかけることになりそうだ。あんな詐欺師のためにかけてやるほど、おれらの命は安くねえよ」
「ふん」
転がる椅子を起こして座ると、ルシオは余裕たっぷりに足を組んだ。倒れたままのゴロツキを見下ろして言った。
「なら、話してもらおうか。知っていることを、全部、な」