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細工師の町の展覧会4

 子供を連れて部屋に帰ってきたフィアに、ルシオは呆れた声を上げた。


「誰を拾ってきたんだ」

「拾ったのではありません。購入してきたのです。

 この町では一月に一度、奴隷市が開かれるそうです。今日がその日でしたので、行ってみたのです。

 そこで、売れ残っていたこの子を購入しました。ひどい怪我と栄養失調のため、相場の半額、いわゆる叩き売りで売られていまして」

『なるほど、ひどい有り様ですね』


 するり、とルシオの体から離れた龍王が空に飛び上がる。体を器用にくねらせて子供の側まで行くと、じっと様子を見た。

 間近で観察されているというのに、子供は身動き一つしなかった。子供の視線すら、どこを見ているのか、ふらふらと定まっていなかった。


「加えて、この子は生まれながらの忌み子なのです。この年まで、いろいろな家の下働きをさせられていたとか。

 料理の下準備も、部屋の掃除も仕込まれているそうです」

「へえ。まだ小さいのに、がんばり屋だな。

 いいよ、中へ」

「待ってください! どうしてその子供が許されるのです。そんな死にかけた子供に、わたくしが劣ると言うのですか!」


 ぽとり、と龍王が床に降りる。器用に床を這って侵入者から距離を取った。

 侵入者は、言わずと知れたロジー。朝にお引き取りを願ったはずの少女だった。

 その少女が、部屋の入り口前で叫んでいた。少女の後ろでは、困った表情の宿屋の主人が右往左往している。


「困ります、ご主人。関係ない人にずかずかと部屋を荒らされるのは、好きじゃないんですが」

「すみません、すみません。この子は、その──」

「あなたのお世話をすると言いましたわね。ですから、この宿屋で雇って頂くことにしましたの。そうすれば、あなたのお世話ができるでしょう?」

「お断りします」

「断るのを、断りますわ」


 イラッと、ルシオから怒気がもれる──が、ロジーは勝ち誇った顔を崩さない。

 味方のはずのフィアと龍王の方が、明らかにルシオから距離を取っていた。フィアはしっかりと子供の手を握っている。


「知っていますの。父と交わした約束──契約書によると、あなたはこの宿にいる必要がある。そうですわね」

「最悪だ……」


 どんな嫌がらせだと、ルシオの宿屋主人とロジーを見る目はひどくなっていった。


 確かに誓約書は書いた──というか書かせた。保証人は宿屋主人と複数の客達だ。

 高価な月光石を預けるのだから、その辺りは気をつけている。

 特に、親方が持って帰った月光石は、展覧会に出した後でルシオに返される。持ち主を明文化させておかないと、そのまま金庫へ──という流れになりかねなかった。

 そのため、かなりガチガチの契約書を作ったのだが、その中にルシオ達の居住に関するものもあった。

 今の宿に滞在し続ける事──ただし不可抗力を除く、という一文だ。ロジーはこの部分を強調して言っているのだ。


「なかなか賢い嫌がらせだな」

『まったくですよ』


 ルシオの呆れたような、感心したような声にかぶせるように、龍王もため息をついたのだった。



 ○ ○ ○



 ルシオ達は可及的速やかにロジー達を追い出した後、ぼろぼろの子供を寝台に寝かせた。

 フィアがお湯に濡らした布で子供の体を拭いてゆくと、青アザや怪我がはっきりと見えるようになった。思った以上のひどい様子に、ルシオの声も低くなる。


「ひどいな、これは──」

「はい。このままでは、もって数日だと判断しました」

『このような幼子に……なんとむごいことでしょうか。末の、早く手当てをしてあげなさい』

「はい。あ、フィアは外を見ていてくれ。治療中に乱入があったら困る」

「承知しました」


 子供の汚れをきれいに拭き取ったフィアが、部屋の入り口に移動する。近くにあった椅子を運んで、扉の前に陣取った。

 廊下の様子を確認して、大丈夫だとルシオに告げる。


「よし。ではやろうか」


 ルシオは両手を子供の上にかざす。

 頭の先から足の爪先まで、かざした手から溢れる力で子供の状態を診てゆく。

 不思議な力で人に影響を及ぼす──これは、魔術や神術と呼ばれる力だった。

 もちろん、ただの動物使いにできる業ではない。


 人が授かるギフトは、たった一つだと言われている。

 ギフトを得ない者は、忌み子と呼ばれ差別されている。ちょうど、この子供のように。

 そういう意味では、ルシオもまた忌み子であった。ただし、ギフトが真っ黒に塗りつぶされているという、異色の忌み子だ。


 異色ゆえに、ルシオは特別だった。

 何もできないはずの、何の才能も持たないはずの忌み子──だが、ルシオは何でもできたのだ。


 剣を振ること、早く走ること。

 動物を使役し、精霊と心を交わすこと。

 癒しの術を使うことも、である。

 そして、もう一つ──条件があるといえ、忌み子にギフトを与える事すら可能だった。


 ルシオはその力を使って、子供を癒しているのだった。


「あまり表面まで癒されませんよう、気をつけてください。以前のような騒ぎはごめんです」

「わかってるよ。でも……うわぁ。内臓もボロボロだ。成長因子もほとんど出ていないし、骨もすかすか。この子、どうやって生きてきたんだろう」


 ぶつぶつ呟きながら、ルシオが力を流し込む。

 ゆっくりと、体の芯から癒してゆくのだ。時間をかけて、拒否反応が出ないように細心の注意を払う。

 弱った体が少しでも楽になるように──フィアと龍王に見守られ、ルシオの力が子供を包み込んだ。



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