白の巫女4
「ねえ、ちょっとアンタさ……本当にホンモノの紅の薔薇なわけ?」
「ッ、細工師ごときが、私を愚弄するかッ」
かけられた言葉に、ターラは怒りを滲ませた。怒りのままに腰に据えた剣の柄に手を添える。
今にも抜刀しそうなターラを相手にしても怯えもせず、リカはターラを改めて眺めていた。
ターラは美しい女性だ。
背の中程まである髪には艶があり、さらさらと風になびく事から赤毛の先まで丁寧に手入れされているのだろうと伺えた。
形の良い唇は紅く色付いていて、白い頬にまで朱が置かれている。
柄に添えられた指には怪我どころかささくれ一つなく、磨きあげられた爪が綺麗な半円をえがいていた。
成る程、とリカは納得する。
これは剣士──戦闘職の体ではない。これは女の体だと。
「バカにするつもりはないよ。でも本物かどうかって、どうやって判断すれば良いの?」
「キンロが紹介したはずだが」
「うんうん。でもね、彼ってあんまり信用無いんだよね。どっちかっていうと、裏の世界の人らしいし」
どちらか──どころではなく表にでられない人間だ。生まれた町が悪かった、生まれた家が悪かったとしか言いようがないのが残念だった。
ほかの町ならば、これほどに保守的ではなかっただろう。この町に生まれた事が彼らの不幸であった。
そして、その不幸な男達の話は憐れみをもって噂されていて、だからリカも知っていたのだ。
「ねえ、きれいなお嬢さん。あなたは、だあれ?」
くすくすと、意地悪くリカは微笑んだ。ギリ……と音が聞こえるほどにターラは唇を歪めて歯を食いしばった。
「わ、私を愚弄するなら──」
「ばかにするなら、なんなのかな。ね──汚名返上するいい方法があるんだけど、やってみる?」
「どうやって、だ」
心底バカにしたという顔でリカが言う方法──それは勿論普通のものではなかった。
「神殿で、見てもらうんだよ。あんたが本物の剣士かどうか! だって、紅の薔薇なら"剣士"だもんね?」
売り言葉に買い言葉──その言葉に「はい」と答えそうになって、ターラは背中を伝う汗に気がついた。
「あ……それは、だが……」
やってはいけないとターラの本能が危険を感じている。ここで肯定を返してはいけないと、そうするならば、身の破滅だと感じていたのだ。
「ね、どうかな? 良くない? ね、ね?」
無邪気に破滅へと誘う少女──ほんの無力な少女にターラは恐怖を感じたのだった。
昔のようには体が動かないことをターラは知っていた。
かつて鋼のように鍛えられていた体からは筋肉が落ちていった。筋肉が落ち、持久力もなくなったために基礎訓練も怠けるようになった。そうなると剣を振るのも億劫になり、外見を磨くことを優先するようになったのだ。
それでも、つい数日前までは最悪な事にはなっていなかった。
体が動かしづらくても、それでも致命的なことにはなっていなかった。経験とはったりを組み合わせることで、己を現役の剣士として誤魔化すことができていたのだ。──数日前までは。
今のターラは誤魔化しすらできない。
どうしようもなく、何のとりえもなくなった女でしかなくなってしまったのだ。
どうしてそんなことになったのか、ターラには分からなかった。
理解はしていなくても、今ギフトを確認されるのは困ると、本能が訴えていた。
何のとりえもなくなる。それはすなわちギフトの消失を表していて──ギフトがないというのは、つまり"忌み子"であるということだからだ。
そんなことは認められなかった。
信じられなかった。
だからターラは誤魔化した。そうするしか、彼女には未来がなくなってしまったのだから。
「わ、わたしは忙しい。失礼する」
踵を返して、ターラはその場から逃げ出した。「ねえ、ねえ」という少女の声が頭の中を駆け巡って、どこまでも追いかけてくるようだった。
○ ○ ○
「ご主人様、お願いがございます」
目の下に隈を作ったフィアが、ルシオに声をかけた。その声もがらがらで、常のフィアではありえない聞き苦しい声をしていた。
「ん? どうした?」
「おそばをさがることを、お許しくださいませんか」
え、と目を丸くしたのはリカとイオだ。朝からなんという爆弾が落ちるのだろうかと、フィアの血の気の無い顔を見てうろたえている。
だがルシオは「フン」と鼻を鳴らすだけだった。
「忌み子を救いたい、と願うか?」
「はい。昨日のご主人様のお言葉を、ずっと考えておりました。私は……私に忌み子達を救う事が出来るなら、そうしてやりたいと。一人でも"人"に戻してやれるのならば、そうしてやりたいと思ってしまったのです」
「そうか──なら、そうすればいい」
軽いルシオの言葉に、フィアこそが狼狽した。
こんなに簡単に許されるなんて──と、喜びと困惑が入り混じっている。
「まぁ、本当なら俺がやるべ──こほん! フィアがそれを望むなら、そうすればいい。協力はする」
「え、あ、は、はい。ありがとうございます?」
ルシオの引っかかる言いように戸惑いながらも、フィアが例を述べる。
その横では、イオはどうしようかとフィアとルシオの顔を見比べていた。
「イオは神官だったな。今後のフィアの事を頼めるか?」
「は……はい、です。フィア様と、行きます」
元気のよい返事をした子供の頭を、ルシオは撫でてやった。そのまま子供には見えないように、腹黒い笑みを浮かべる。
「よし! そうと決まったら、どこかに神殿をたてないといけないな。幸い金はある──いや、金はできる。いざとなったら月光石との物々交換で手に入れてもいい」
「ご主人様……ありがたいですが、ほどほどに願います」
○ ○ ○
それから数年して、細工師の町の近くに"白の大神殿"と呼ばれる神殿ができた。
まだ新しい神殿だが、広々とした美しい神殿には多くの忌み子でにぎわうこととなる。
そこでは、神の力を行使する巫女が、忌み子に"ギフト"という"慈悲"を与えるのだと噂された。
忌み子に落ちたものも、忌み子として産れた者も、この神殿で巫女に祈ればギフトを授かれるのだという。
それまでの世界では信じられない内容だった。
多くの者が藁にもすがる思いで訪れる神殿には、美しい金髪の巫女が信仰の中央に座しており、彼らは噂が本当だった事を体感したのだった。
そして──世界から少しずつ忌み子が消えていった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
この話は一度区切り、後日最初から改訂いたします。