白の巫女2
「申し訳ございません」
「いいさ。というか、仕方ない。ここまで酷いとは、さすがに想像していなかった」
それから少しして宿に帰ってきたルシオとリカは、事の次第をフィアから聞くと深くため息をついた。今回のことは、ターラを同行させたルシオの失敗と言えなくもない。
まさか、ここまでポンコツだとは思ってもいなかったのだ。
ルシオを見るや否や神殿にひっぱってきたターラは、神官達に嬉しそうに持論を──フィアがどれほど素晴らしい巫女なのかと話し続けている。当事者であるはずのフィアは蚊帳の外になっていた。
「しっかし、イオが神官ね……忌み子がギフトを得るなんてこと、本当にあるんだ」
「は、はい。びっくり、です」
「忌み子になることがあるなら、忌み子でなくなることもある。それだけのことだろう」
冷静に言葉を重ねるルシオに、フィアが頷く。
「人であるのですから、己の道は己で決める。それだけのことでございます。
イオは己の道を選びとったと、そういうことです。そして……」
意味深に言葉を濁したフィアが見る先にいるのは、熱弁をふるい続けるターラだった。
「そして、彼女もまた」
「そうだな。彼女は手にしていた自分の未来を捨てている。近いうちに忌み子に落ちるだろうよ」
「いえ。ご主人様、すでに」
ルシオとフィアの言葉に、イオとリカがターラを振り返った。その様子は普段と変わらない──いや、ターラがあれほど話すのは珍しいかもしれなかった。
ここまで声高に己の主張を繰り返すターラの姿は、この数日では見たことがなかった。
「どういうことだ?」
「自信がないから言葉が多くなるのです。おそらく、彼女の中には不安が渦巻いているかと。
巫女──決して戦闘にはむいていない、巫女というギフトをもった私を"走って振り切れなかった"という不安と焦りがありましょう」
「最初は凄かったんだけどなー。キリッとして、カッコ良くて、ボボンって迫力があって。デキル女性って思ったんだけど、なんで?」
あの時、人混みをものともせずさらりと抜け出してきたターラの姿を見ているため、リカは疑問に思う。あのような一流の身のこなしができる人が、ほんの数日で堕落してしまうことがあるのだろうかと。
「本当にできる方々は、仕事の押し付けなどしません。
私も"紅の薔薇"の二つ名に、目が曇っていたのでしょう。しばらくは気がつきませんでした」
「しかし、冷静に考えてみろ。俺達は彼女が練習でも剣を振っているところを見たか? 鍛練のかけらでも。
剣を持たない剣士に意味はあるか? 己を鍛えない者に開かれる道はない」
「え……でも、じゃあ。彼女はどうなっちゃうの?」
「彼女は──」
『末の。終わったようですよ』
リカの疑問に答えようとしたルシオの言葉が途切れる。ルシオの頭の上に陣どって、ターラと神官達の様子を伺っていた龍王が声をかけたからだ。
どうやら彼らの中で話がまとまったらしく、笑顔で握手をしている。
その様子を見て、ルシオが嘲りの笑みを浮かべた。
「彼女は旅の仲間でもなんでもなく、俺達の代理でも代表でもないと言ったら……さて、彼らはどうするんだろうな」
『末の。気持ちはわかりますが、落ち着きなさい』
「残念ですが、ご主人様。私がすでに申しております」
え──と、リカとルシオがフィアを見た。龍王も小さな目をフィアに向け、全員がゆっくりとターラへと視線を動かした。
皆の視線の先には、満足そうに笑うターラがいた。
○ ○ ○
「あんな人じゃなかった……ハズなんだけどネェ」
夕方にふらりと現れたキンロは、ターラを見ると驚いた顔をしてルシオを捕まえた。いったいターラに何があったのかと、まさかルシオが何かしたのだろうかと疑問に思っているようだった。
だが、ルシオに答えられることはない。ルシオの知る彼女の日常について話をする他なかった。
「自覚しているだろうが、最低限の素質は約束されていても、みがかなければ身に付かない。そして、あまりにも怠惰がすぎれば、身に付いた素質すら消える。
ギフトとは、なんの変化もなく己の中にあるものではないのだ」
「あー、まー。それはもう、嫌ってくらい身に染みてるって。でもなぁ、相手は紅の薔薇だぞ。まさかこんなことになるとは……」
「こんなこと、とは?」
意地の悪いルシオの言葉に、キンロが頭をかいた。
キンロが思い浮かべるのは、先程すれ違ったターラのことだ。彼女は、神殿に用があるというフィアとイオと一緒に出ていくところだった。
その身のこなし──周囲を観察する目は、まるで素人のものだった。ターラは道行く人を上手くかわせずに、たたらを踏んでいたのだ。あのターラが。紅の薔薇が、である。
思わずキンロが二度見してしまったほど、その有り様はひどいものだった。
「オレに言わせるとか、確定ドイヒーだね。
あんたは、一目で薔薇を一流だと断じた。なら、今のあいつがそうじゃない、ってのも分かってんだろ?」
「本人は一流のつもりらしいぞ。今日も剣を持って出ていたが」
「わかっているのか、いないのか。このママじゃあヤバイと思うんがだねぇ。……まあ、オレみたいな三流が気にするこっちゃねーか」
「忠告しておくが……」
そっとルシオが声を落とした。
「あれには不確定なことを言わない方がいいぞ。あれは他人を利用することに疑問を持たない人種だ。世界の全てが自分の為にあると思っている。だからこそ、自分の求めるものを求めることに躊躇がなく、その手段も断じない。
万が一、お前が忠告したとして、感謝するどころか逆恨みされるのがおちだ」
「わーってるって。ああいう人種は、それこそ山のように見てきたっての。オレが裏の人間だって、お前は知ってるダロ」
「裏の人間ほど情けが深いこともあるな。貴族様と比べてやろうか?」
「悪かった、悪かった。あんな魔境と比べられちゃぁ、オレみたいなチンピラじゃあ太刀打ちできねーよ」
キンロが"魔境"と表現したことに、ルシオがひっかかった。確かに貴族社会は良く分からない魔境ではあるのだが、それをキンロの口で表現されると違和感がひどすぎるのだ。
それに、何だか親しみすら込められているように感じられる。
「何だ、貴族に知り合いでもいるのか?」
「知り合い……っつーか、まあ、ちっとな。会えたら紹介するさ。実家が嫌で逃げ出した、お転婆なお姫さんを一時預かっててなぁ」
「まさか、実家は貴族だったりしないだろうな。そのナリで」
「はははは。どんなナリだよ」
「由緒正しい三下?」
あはははは、と一見ほがらかにキンロとルシオが笑いあった。
「闇討ちするぞ、この動物使いが」
「は。動物使い風情に正面からヤリあえないなんて、残念すぎる剣士もいたモンだ」
「誰が動物使い"風情"だって? ンなこと、少しも思っていないくせに。もう騙されねえよ」
ケッ、とキンロは吐き捨てた。