細工師の町の展覧会2
「フィア。何やってるんだ、それ?」
客人達を連れて宿に帰ってきたルシオは、調理場近くに緑色の山ができているのに気がついた。
よく見てみると、それは机に山盛りになった空豆だった。その前には少女が座り、チマチマと豆を向いていた。
少女は後ろを向いているものの、その背格好はルシオの連れであるフィアに違いない。
白い色の抜けた長い髪を緩く三つ編みにして、青いリボンで留めている。少女の瞳と同じ透明感のあるリボンは、世界に二つと無い特注品だった。
少女が体を動かす度にリボンがゆらゆらと揺れていた。
呆れたようなルシオの声に反応して、フィアが振りむく。その手にはしっかりと空豆が握られていた。
「おかえりなさいませ。ご主人様。そちらはお連れ様ですか?」
「ああ、ただいま。で、どうして豆を持ってるんだ?」
「いえ。ここのご主人に殻剥きを頼まれましたから。それに、けっこう楽しいので。ご主人様とお客様もいかがです?」
フィアが空のついた豆を差し出すのを断って、ルシオは調理場へ机を借りるとの声をかける。
三人もの客がいるため、借りている部屋では手狭になってしまうのだ。
六人がけの机にルシオが座ると、フィアが豆の机から離れてルシオの隣に移動してきた。
二人の正面に三人の客人が──中央に年配の、髪に白髪がまざった男が座る。その左右に腰をおろすのは、護衛か付き人か。どうやら中央に座った男は、それなりの立場の人のようだった。
気の回る宿屋主人の手によって、そっと五人の前にお茶とお菓子が並べられる。
そっと主人が離れたのが合図だった。
男が、いや三人が勢いよく頭を下げたのだ。
「お願いします! 星光石を譲って下さい!」
「どうか、お願いいたします」
「お代はちゃんと払いますから──」
先ほどと同じ光景──いや、先ほどは道に土下座だったため、先ほどよりはましな光景だった。
そして、先ほどと同じように、ルシオは困った、と三人に返すのだ。
「何度も言うけれど。せい、こう、せき? というのが何の事を言っているのか、俺にはまったく分からないのだが?」
「甘いですね、ご主人様。思うに、"せき"とは石のことでしょう。つまり、製鋼石とか、精鋼石に変換するべきです。つまり、"こう"とは"鋼"のことです。
以上より、ご主人様がうっぱらった石のつまった袋──あれを売ってくれと言っていると、推測いたします」
「ああ、なるほど。あれなら……」
「違います!」
ルシオとフィアの会話を男の悲鳴のような声が遮る。
その声に、ルシオとフィオは会話を止め、三人を見返した。
『からかうのを止めて、まともに対処してあげなさい。まったく。この子達は……』
ルシオの首では、龍王が尻尾を動かしている。
他人の目があるため、"手"を出すことができない。そのために尻尾でルシオを叩いているのだ。
「ふーん……。じゃあ、いいかげん話してもらえるのかな? "セイコウセキ"って、何なんでしょう?」
「あの、本当に知らないので?」
「先ほど売られていた袋の中に無かったので、てっきり大切にしまってあるのかと思ったのですが」
「はて?」
言われて、ルシオは記憶をたどる──フリをした。
全ての職業をしるルシオには"星光石"は何なのか、どれほどの価値があるのか。もちろん知っている。
だが"動物使い"にはその知識は無い。だから悩んでみせたのだ。
さきほどシラッと法螺を吹いたフィアにもその知識はある。だからこそ龍王は二人を悪趣味となじるのだ。
「そういえば──宿屋のご主人が言っていたのですが。
なんでも、この町一番の作品展覧会があるとか。今回のテーマが"夜に光る石"を主題にした物だということです。つまり──」
「そう! やっぱり知ってるんじゃないか! その"夜に光る石"だ。これを売って欲しいんだ」
「ああ、アレ……。でもアレは母上への土産物だからな。ほら、女性は光り物が好きだろう? だから、土産にピッタリだと思うんだが」
「いやいやいやいや!」
「原石で貰っても、女性は困るだろう!」
「奇麗な物は他にもある、お勧めも──なんなら、うちの店から贈らせてもらう」
ルシオの言葉に三人が飛びついた。
首ふり人形のように首を上下に振り、息を荒くさせている。
机に乗り上げてルシオ達に迫るその気迫に、ルシオ達は顔を逸らせた。
そっと顔の前に手を入れ、三人の視線を遮る。そうして、少し落ち着いてからルシオはフィアに指示を出した。
「フィア。ちょっととってきてくれ。アレは、確か……」
「昨日、読書に丁度良いとおっしゃって、窓枠にひっかけておいででした。確かそのままのはずです。とってまいりますね」
そそくさとフィアが席を立つ。
だが、その言葉に一人の男が首を傾げた。
「今、読書に丁度良いと? ん? どういう事だ?」
「どうでもいい。確かに光るということだ。素晴らしい!」
「金はここに。十分に金貨を準備しております」
「一体どんな展覧会なんです?」
盛り上がる三人から離れるように座りなおして、ルシオが改めて声をかけた。
フィアは発表会を知っていたようだが、ルシオは何も知らなかったのだ。
「ああ! これはこの町で一年に一回行われる、作品の発表会なのだ」
「この町一番の彫金師を決める大会なんですよ。とはいえ、今日では"彫金"一つにも、技術は数多ありますね」
「親方のような正当な彫り師から、若旦那のような粘土を使う者まで。そう思うと、本当に増えているな」
「はあ。でも、どうして今頃探し物を? それとも、大会までまだ準備時間があるんですか?」
ルシオの言葉に、三人は言葉を詰まらせた。
気まずそうに三人で視線を交わす。コホン、と咳払いをしたのは中央の男──親方、と呼ばれていた男だ。
「創作活動中にまあ、問題があったのだ。それで、手持ちの星光石がダメになってしまった。
新しい石を探そうにも、この町の星光石はカケラまで売り切れてしまっている。藁にすがるつもりで露店めぐりをしていたところ、君の会話が耳に入ったというわけだ」
「"呪われた場所"と言っていましたね。星光石の採掘所は、知らない人から見れば"呪われている"ように見えるので。夜中に青白く光るのが、大層恐ろしく感じるようです」
なるほど、とルシオがもっともらしく頷いて見せた時、大きな袋を抱えたフィアが帰ってきた。
抱えた袋を机の上に乗せると、ルシオから「開けて」と声がかかる。フィアは丁寧に袋の口を開けて、その場をルシオに譲る。
現れた原石に、三人の目が輝き──言葉が消えた。
「ん? なにか、おかしなところでも?」
「先ほどまで直射日光に当たっていまして。熱で傷んだんじゃないでしょうか? 折角の儲け話が泡と消えたかもしれませんね」
「うーん。まあ、だめならだめで、母上へのお土産ということで。読書のお供にもなるし」
ルシオとフィアの会話に、我を取り戻したように親方の手が大きめの石に伸びる。
震える手で優しく石を包むと、「なんということだ!」と上擦った声を上げた。
「間違いない! これは、これは……これは月光石じゃないか!」
「ち、小さい欠片も! この一袋が、全部……月光石の、原石……」
「げっこうせき?」
「求めている品ではないようです。売れるのでしょうか?」
「もちろんだ! ああ、君たちは月光石をしらないんだな。これは、あ──、その。すごく高い。この小さな欠片で家が買えるほどの貴重品だ」
ふるふると全身を震わせる親方は、月光石をじっと見つめたままだ。一生に一度出会えるかの奇跡が手の中にあるのだ、とその目からは涙が流れていた。
若旦那は親指ほどの欠片を大切そうに撫でて──やっぱり泣いていた。
三人の中で冷静なのは、というか泣いていないのは、護衛で付いてきていた一人だけになっていた。
「ああ。本物です……これが、月光石。さわってる……これが月光石の感触……」
「すごいな。こんな大きな原石は初めてだ。ああ、これを加工してみたい──」
「一纏めにしていたのは間違いだったでしょうか。あれを見ていると、一つ一つ布で包んでしまっておいた方が良かった気がします」
つい先ほどまで、裸のままで無造作に袋にしまっていたのだ。
目の前の光景──大の大人二人が涙を流しながら撫でている様子を見ると、申し訳なかったように思えなくもない。
「まあ、過ぎた事は仕方がないとしよう。で、買うのか?」
「そりゃぁ! 買えるなら買いたいのだけどな。親方が持ってる目方ともなると、天井知らずの値が付くだろう。さすがにそれをほいほいとは──」
「買う! 誰が何と言っても、買うぞ!」
「ぜひ、お願いします!」
さて、どうしようか。とルシオは腕を組んだ。どうやって買うつもりか、とわざわざ意地の悪い顔をしてみせた。
「なるほど。その、若旦那さんの持ってる物で家一軒の価値とする。となると、親方さんのもってるのはいくらになるかな?」
『まったく、この弟ときたら。育て方を間違えましたね』
龍王の尻尾がぺちりとルシオの腕を叩いた。
結果として、大きな原石は売れなかった。
まあそれも仕方がない話ではある。町一つ、城一つ買える品を勢いで買えるはずがない。
それでも、どうしてもと望む三人とルシオとの間で一つの契約が交わされた。
それは、月光石の加工を親方に任せ、展覧会に出品しても良い、というものだった。
その内容に、親方は飛び上がって喜び、石に頬擦りをしていた。他の二人は残念そうにしていたが、欠片を売るとの約束に顔を緩めていた。
そして、金貨が足りないから、追加を持ってくるから。絶対に売らないで──と言い残して帰っていったのだ。
預かった月光石を手持ちの布でくるみ、それを上着でしっかりと固定した親方は足取りも軽く帰っていったのだった。