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紅の薔薇4

「そは現世(うつしよ)の薔薇

 蔓草のごとく巻き付くは白磁の肌

 花弁のごとく乱れるは紅き髪


 ここに王家に仇成す悪しき竜

 囚われし姫の嘆きは雨滴となり

 その叫びが薔薇を揺らす

 美しき姫を救わんと、薔薇は竜に棘を向ける


 邪竜が姫を喰らわんとしたその時に

 悪しき竜は引き裂かれた


 鱗を引き裂く鋭い刃

 姫を抱き寄せる白い腕


 おお、美しき女神の愛し子

 麗しき破壊の娘よ

 邪悪を滅ぼした(かいな)

 優しき姫を抱き寄せる」



 吟遊詩人の余韻が消えるのも待たずに、大きな拍手が送られる。割れんばかりの音は、力強く歌いきった歌い手への賛美であり、紅の薔薇への称賛であった。


 もう一度。いや、今度は違う歌を──と望まれて、歌い手は立ち上がった。

 薔薇の歌を求めたルシオの前で一礼すると、別の集団のもとへゆき手琴をかき鳴らし始める。

 一転して始まるのは、陽気な歌。大人数で歌い踊るのが目的といわんばかりの、調子のよい明るい音楽だった。歌い手の声が、高く低く、忙しく跳ねるのを聞きながら、ルシオは目の前の食事を片付けることにした。


『かの娘は、人の中では有名なようですね』

「腕は確かかと。けれど、彼女は……どうも思い込みが激しそうで」

『く、くくく。そうですね。彼女に言わせると、あなたは"少女三人を侍らせたエロオヤジ"だそうではありませんか』

「濡れ衣にもほどがある。俺には大姫様がいるというのに。他人に振れる心はありませんよ!」


 ぷりぷりと、ルシオが苛立ちを皿の上の野菜にぶつけた。

 昼間にターラの機嫌が悪かったのは、ルシオが三人を侍らせていると思っていたからだった。

 とはいえ、勘違いで雇い主に苛立ちをぶつけるのは、本当に一流と言えるのだろうか。それとも、一流ならば許されるのか。


「今回のことは、彼女とキンロの信用問題です。雇い主の紹介の不備と、仕事への個人的な感情の割り込み。

 今後、俺が彼女を指名することはありませんね」

『おやおや──ですが、受け入れたのは末のですよ』

「……あれだけ脅されれば、譲歩せざるをえないでしょう。

 キンロがはっきりと言っていたんですよ。あの三人を人質にする、と。

 そして、石を手にいれる為に手段を選ばない人間──思い込みが激しく、人を傷付けることにためらわず、己の望みに素直である──彼女のような人間」


 甘く蒸された蕪を口にいれながら、ルシオが悪態をつく。


「キンロははっきりと言ってたんですよ。

 彼女は三人を人質に石を手にいれるつもりだと。それが嫌なら、依頼と報酬ということにしておけ。どうせ石一個なくなるのは同じだから──とね」

『それは、穿ち過ぎではありませんか? 人はそれほど愚かではないでしょう。まして、末のに敵対するなど……』

「それが、人という生き物です。もちろん、そうじゃない人だっていますけどね」


 龍王は慰めるようにルシオの首筋を撫でた。


『そう言うものではありませんよ』

「まあ、彼女の腕がたつことは確かですよ。少なくともキンロよりはね。あとは──」


 ルシオは、リカ達に連れられて細工師協会に出向いているターラを思った。彼女達は、ターラの報酬となる作品を見に出向いたのだ。

 あとは、ターラが何を選んでくるか──これをもって判断すると。



 ○ ○ ○



 ターラ達が帰って来たのは、夜もふけてのことだった。心ここにあらずという風体の二人──ターラとリカである──は、目の当たりにした奇跡に満足の息を吐いていた。


「なんとも素晴らしいものだな」

「じゅうよんこ。まさかのじゅうよんこ……げっこうせきが、じゅうよんこ……」


 リカはがくがくと震えていた。細工師として育ったリカには、この異様さがはっきりと理解できる。家宝──いや、国宝どころの月光石を十四も見てきて、リカの常識は崩れ落ちていた。


「先だってはどれでも良いと言ったが、せっかくの機会だ、良いものを選ばせてもらった」


 胸を張って言うターラに比べて、フィアは顔をしかめていた。

 フィアはターラに対して好意的に見ていたはずなのだが、この有り様である。いったい何があったのか。


「ターラ様は、どうせならばと仰って、並べられた最高価格の物を選ばれました。ご自身の感性ではなく、同行してくださった細工師の方に"推定価格"を確認なさいまして──それをもって良いものを、と仰るのです」

「ああ、仕方あるまい。なんといっても、私が持つ物ではないのだ。ならば、一般的に"良い"物を選ばざるをえまい」

「……さようですか」


 ものすごく嫌そうにフィアは同意した。あり得ません──とぶつぶつ呟く声がルシオの耳に聞こえてくる。


「まあ人は色々だ。そう気にしなくていい」


 言葉と共に肩を叩かれて、フィアはすがるような目でルシオを見る。その表情から、ルシオがまったく気にしていないことを推測して、フィアは少し表情を緩めた。


「ご主人様が良いなら……よろしいです」

「フィアさま? え、っと、どうぞ」


 イオが各人にお茶を配ってゆく。

 安心できるように落ち着けるように、と入れられた薬草茶だった。

 おずおずと差し出されたお茶を受け取って、フィアが礼を言う。気を落ち着かせるように一口飲んでいた。


「協会にいらっしゃったオズさんとはお話しいたしまして、ターラ様のご希望の品は販売には出されないことになりました。

 代わりに、推定価格に合わせた金額の請求を受けることになります」

「ああ、それでいい。すまんな、ありがとう」

「なんでそんなに低姿勢なんだ? 君は巫女だろう。動物使い相手にへりくだる必要はないはずだが」

「私はご主人様に救われました」


 昔を懐かしむ声でフィアが言う。


「お救いくださった方にお仕えしたいと思うのは、当然でございます」

「いや。巫女(しょくぎょう)的にはおかしいだろう。巫女とは神に仕える者じゃないか」

「……」


 ルシオには「だからこそ」というフィアの心の声が聞こえた。同時にターラの評価を下降修正する。

 仕事に直接関係ないのに、依頼主の周囲を嗅ぎまわり、波風をたてる。まだ若い女性だということを差し引いても、彼女の意識は酷いものだった。


 このような相手をはたして信用できるだろうか──あやしく思ったルシオは、意識して(・・・・)ターラを見た(・・)。神殿という特殊な場所でしか見ることができないはずのギフトを見たのだ。


 集中したルシオには、ターラの頭の上に彼女のギフトが浮かんでいるのが見える。それは、"最高ノ剣士"。納得のギフトではあるのだが、同時にその適正が落ちてきているのも見えてしまった。彼女の剣士としての適性は、上がったり下がったりしながらも全体をみると下がっている。

 今は全盛期の半分ほどになってしまっていた。


 このままでは遠からず"剣士"の座を追われるのだろうなと、フィアを相手に話し続けているターラを見ながら、ルシオは考えた。


 そのルシオの袖を、イオが引いた。


「フィアさま、ごしゅじんさま、だめ、ですか?」

「いや、そういうわけでは──」


 ターラのついででイオを見た(・・)ルシオは、イオの頭上に輝く文字をたしかめて──


「明日、フィアと一緒に神殿にいってこい」

「はぅ? え、あ、はい。です?」


 不思議そうに返事をするイオに「思ったよりも早かったな」と呟いた。

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