紅の薔薇2
どこもかしこも人が多く、まともな話し合いをするには、それなりの場所しかない。もしくは、真っ当な旅人達が立ち入らないような場所か。
そんな中でルシオが選んだのは、町から離れることだった。
どうせならばのんびりと草原を楽しもうと決め、食事を買い求める。
手頃な食べ物と飲み物を大きな風呂敷で包み、フィアとイオで分けて運んでいた。
「キミは持たないのか? 男だろう」
「ん? ああ、いや。まだ様子見だな」
「ふうん。キンロには偉そうに言っておいて、やはり忌み子は忌み子ということか? か弱い少女が、大きな荷物を抱えていても気にもしないのか。そういう、表裏がある男にはヘドがでる」
手ぶらで歩くルシオにターラが言う。
そういうターラも荷物は持っていない。いや、彼女自身の荷物は小さくまとめられ、ターラの腰に結わえられていた。
「ずいぶんと喧嘩腰だな。何か気にくわないことでも?」
「…………べつに」
たっぷりの間をおいてターラは言ったが、その表情は不満げだった。
「ねえ! あそこがいいよ。見張らしも良さそうだし、誰もいないし。ね!」
一人で先を走っていたリカが、息を切らせて帰って来た。
あそこ──と指差す所は、雑草もなく地肌が見えていた。確かに見晴らしは良さそうだった──ただし、その周囲に怪しげなキノコが生えていなければ、である。
「これは……また、大きな妖精の輪だな」
「このキノコ、おいしーんですよ!」
あれあれ、とリカが指差すキノコたちは全てカラフルな色をしていた。まるで子供の落書きのように、丸く、四角く、時には星形に斑点があるのが、また恐怖をさそった。
「あまり怪しげな物を食べるんじゃない。──いや、食べるのは良いが、フィア達に勧めないようにな」
「本人が食べるのも勧めるな。何かあってからでは遅いのだぞ」
どう見ても怪しさ満点。毒キノコとしか思えないそれらを恐ろしげに見て、ターラが文句を言った。
何だか、とルシオはターラの声を聞きながら思う。
ターラはずっと怒っていて、ルシオと会話するのも喧嘩上等という態度である。どういうことなのだろうか。
月光石が片付くまで後半月──面倒かもしれない、とルシオは先行きに不安を持った。
「私には、尊敬する師がいたのだ」
リカが見つけた妖精の輪の横に風呂敷をひいて、一段落というところでターラが言った。
「紅の薔薇の師匠といいますと、"破壊"の方と吟遊詩人は歌っております」
「"破壊"──ああ、あいつは違う。力で全てを押さえつけようというアホに、捧げる尊敬などはない。
そうではなく、私が尊敬するのは"俊兎"と呼ばれた男性だ。もう……亡くなられたのだが」
かすかに肩を落として、ターラが言う。
「その方が亡くなられた後のことだ。残された家族達は──よりにもよって、最悪なことに──彼の襟章を好事家に売ったというんだ! しかも、金貨数十枚……たったそれだけで……」
「襟章を売る……? そんなことが可能なのですか?」
襟章とは、"ギフト"を持っていることの証明だった。神殿でギフトの確認をした時に、その証明として渡される。
細工師には細工師の、動物使いには動物使いの。それぞれの職に合わせた意匠でつくられている。これをつけていることで、自分が"忌み子ではない"との主張にもなるのだ。
勿論、忌み子であるルシオには、正式に与えられる襟章はない。ルシオは、他人には言えないルートで襟章を手に入れたのだった。
本来、この襟章は個人の物ではないため、死亡時には神殿に返すのが常識なのだが──
「師の襟章は特注品で、私が送った物だ。師はそれを生涯つけてくださったと聞く──それなのに。私から師への贈り物を、かってに売り払ったというのだ。まったく、信じられない!」
特注というなら、話は別だ。あまり良いことではないのだが、お洒落の一つとして許容されている。
「しかし、贈られた時点で所有権は"俊兎"に移りました。その後、持ち主が亡くなられたのですから、所有権は遺族に移るのが当然ではないでしょうか」
「だよねー。細工師たちだって、そんなこと言わないよ?」
「な」
初めは冷静だったターラの話だが、どんどんと熱が入ってゆく。それが分かっているだろうに、フィアとリカは冷たい返事を返した。
「加えて、何かがひっかかるんだよな。売ったというとか、生涯つけてくださった、と聞くとか……
なあ、売れっ子。実はその師匠とあんまり交流無かっただろ?」
「う、そんなわけでは──。
ともかく! 師の襟章を手に入れた好事家を探しだしたところ、金では売らないと言われたのだ。それ以上の品との交換ならば受け入れる、とね。
そこで目をつけたのが"月光石"だ。小さな物でかまわないから、一つを護衛料としてもらい受けたいと考えている」
こほんと咳をして、ターラは続けた。どこかで聞いた事がある話だと、ルシオは記憶をたどって、「おお!」と声をあげた。
「なるほど。わらしベ長者か」
「なんだ、それは?」
「わらしべ長者を知らないのか! 情けないな。ちゃんと話してやるから、良く聞くんだな。
昔、男がいた。ある夜、その男の夢に神様が現れ言った。
『目が覚めて初めて会ったものをつかみとりなさい』
朝になって、目が覚めた男は夢のことを覚えていなかった。
あくる日の夜も、男は夢を見た。やはり、神様の声がする。
『目が覚めて初めて会ったものをつかみとれ』
翌朝、目が覚めた男は変な夢を見たと、家族に話をした。
三日目、やはり男は夢を見た。
『いいか。朝起きて、最初に会ったものを手に取るんだ。いいか、今度こそちゃんと言うことをきくんだぞ』
夢を見ている間ずっと、男はこめかみグリグリの刑にされていた。
翌朝、こめかみが痣になっていることに気がついた男は言った。
『天啓だ! 神の啓示をうけたんだ』──と」
「なかなか理不尽な夢ですね」
「で? その神様、は何がしたかったわけ?」
「その話と私の話と──どう関係してくるのだ?」
「こめかみ、いたい」
「いや、まだ途中だぞ──
朝起きて、男が手にしたのは一匹の猫だった。まるで白い靴をはいたかのようなサビ猫は男の飼い猫で、今日も枕もとにネズ──いや、小動物を見せにやってきていたのだ。
『おお、よしよし』
そう言って猫をなでた男は『はっ』とした。この猫こそ、夢のお告げの『最初に会ったもの』だと気がついたのだ。
男は白い靴をはいた猫を抱えて、仕事に出て行った。
その後、なんやかんやあって、男は領主の娘に見初められて結婚した。
結婚式では新婦の母が赤い靴をはいて踊り狂ったといわれている」
話を聞いていた女達は首を傾げた。どういうことだろうか、と浮かべる疑問符が見えるようだった。
「なるほど。いえ、ええと──ご主人様、それは、その──」
「え? 神様は? 神様どこいっちゃったの?」
「だから、その話が私に、どのようなかかわりがあるというのだ?」
「猫、猫」
仕方がない、と大きなため息をついてルシオは解説に入った。
「これは、元手が無料の夢を見て、飼い猫という安全な手段を選んで動いた結果、領主の入り婿という地位を勝ち取った男の成り上がりの物語なんだ」
「……もしや、ご主人様がおっしゃった”なんやかんやあって”というのは、物語をはしょったということではありませんか?」
頭を抱えたままのフィアが言う。さすがに一年近くの付き合いで、フィアにはルシオの話のどこに問題があるのか、あっさりと見抜いていた。
「この話は、まったく信仰心が無い者をも、神の深い慈悲は救う。という神殿のアピールのために作られた話だ。だから、最初に神様が登場する」
「ああ、それで神様か。なるほど……そういう話で、貴族達に信者を増やしていくわけだ。え、本気で? だまされる人いるの?」
ルシオの出まかせをリカは本気で受け取ったようだ。真面目にこの子大丈夫なんだろうかと、ルシオはかなり不安になった。
「ターラの話によく似ているだろう? 今よりも良いものと交換するわけだ。どんどん良いモノに交換していって──さて、最後には何になるかな?」
「その交換していく部分を、はしょったら分からんだろうが!」
ぶつぶつとターラは文句を言った。物語の構成に問題があったかと、ルシオは少し反省した。
「猫はかわいいな。だが、犬もかわいい。だが、動物使いの使役獣は最強にかわいい」
「どうぶつ……すき、です」
イオの素直さだけが、ルシオの癒しといえた。