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紅の薔薇1

「え──イオは忌み子だったの?」


 何をいまさらな声があがったのは、月光石の競りについて公表された後だった。


 祭りの大目玉としてお披露目された作品達は美しく、皆を魅了してしまっていた。

 それを見た者達は浮き足立って、どうにか月光石を手に入れられないかとソワソワしている。

 特に商人の使いや貴族の従者と思われる者達は主と離れ、いまでも町に滞在し続けている。それどころか、毎日のように人が増え続けていた。


 今、町中が四方八方から集まった人々でごった返しているのだ。

 宿屋の中、朝食の席も満員で、リカの言葉を聞いた隣人が「忌み子」の単語に、嫌そうに顔をしかめていた。


「まったくもって今更です。それがなにか?」

「何か……って、どうしてそんな平然としてるの? 信じられない。だって、忌み子なんだよ」


 ちらちらと、イオの姿を見ながらリカが言う。

 リカから初めて向けられる悪意の混じった視線に、イオが体を震わせた。


「先日までの屋台では、一緒に食事を楽しんでいたはずです。どのような心境の変化でしょうか?」

「だって……一緒に旅をする先輩には、ホラ、良く思われたいでしょ。ただでさえ、おしかけ弟子なんだし──だったら、最初は愛想良くしとかないと損じゃない?

 でも……なんだ。忌み子なら、気を使わなくても良かったんだ。あたしのほうが上だもんね。うん」


 うんうんと頷くリカは、ルシオとフィアの視線が厳しいものになっていると気がついていなかった。


「上とか下とか、忌み子とか。バカなことを言うな。

 イオはフィアが必要とした子だぞ。勝手に押しかけてきた不必要な弟子モドキと比べるな」

「ごしゅじんさま……」


 ルシオの言葉に、イオが目を輝かせる。「だって……」とリカは口をとがらせた。


「そうそう。銀髪の嬢ちゃんの言うとおりダロ。忌み子はヒトじゃぁない。それが常識なんだって」

「そんなんだから、お前は負け犬なんだ」

『人族の常識とは……情けない』

「だよね! あたし、間違ってないよね」


 思わぬ援護をうけて、リカは下げていた顔をあげた。

 そして、視線をそらす。この町で育ったリカにとっては、相手が有名なゴロツキだと分かってしまったのだ。

 そのゴロツキは椅子を手に、ルシオ達の机に合流してきた。


「他者の会話に名乗らずに口を出し、あまつさえもご主人様を否定なさいますか。これからは闇夜も多くなりましょう。夜道にはくれぐれもご注意くださいませ」

「いやいや。ちょっち、動物使いさん。この子怖いんだけど。可愛いのに怖いんだけど?」

「フィア。そいつは俺に喧嘩を売って返り討ちにあった、卑怯者の負け犬だ。気にしなくて良い」

「いやいや。その紹介もどうよ!」


 つるりと禿げ上がった頭をなでて、男が大袈裟に頭を抱える。

 道化師のような男の仕草を見ながら、ルシオが周囲をうかがうが見知った顔はない。どうやら、男は一人でここに来たように思えた。


「まったく、あん時は悪かったって! で、だ、名乗ってなかったっけ?」

「記憶にないぞ」

「あーそーか。んじゃぁ改めて。俺はキンロってんだ。この町の剣士くずれさ」

「剣士……だったのか」


 キンロの言葉にルシオは驚きをみせた。

 剣士といえば、剣を使う戦闘の専門家である。それが、まさか、酔っぱらっていたとはいえ動物使いに負ける──それを認めるとは、という驚きだ。


「くずれって言ったダロ。細工師の町で生まれた"剣士"だぜ? どうあがいても強くはなれねぇ。かといって、他の町への移住しようにも、手続きがクソ面倒臭い。この町と領主サマに飼い殺しにされる、ただのハグレ者サ。

 だが、まぁ。アレからちーっと鍛練したからな。正面から動物使いに負けるようなことは、もうないわ」

「ああ、うん。この町は、細工師と商人以外には厳しい町だからね……って、誰かが言ってたっけ」


 キンロの台詞に、ついつい同意してしまったリカはあわてて言葉をつけ足した。

 この町ではリカの容姿は目立つ。祭りの客だと思われていたからこそ、特に詮索なくここにいられるのだ。

 リカは追放者、抱えている問題は小さくはない。


「まったく残念なことにな。だが、まあ、それでも──いや。お嬢ちゃん方、お名前は?」

「え、あ、リカといいますけど」

「わたしはフィア。ご主人様にお仕えしております」

「イオです……」

「動物使いの兄さん?」

「ん? ああ、俺も名乗っていなかったか。スマン。ルシオだ」

「よーし。覚えたぞ。ンで、だ。ルシオ君に頼みがあるってゆーか、お願いがあるってゆーか。な、頼むわ」


 ルシオに向かって、キンロが手を合わせて頭を下げる。


「……頼みがあったに関わらず、ご主人様にあのような口をきいたというのですか。随分と愚かですね」

「いやあ、まあ。それは、なんというか、なあ……」


 ヘコー、とおかしな声を上げてキンロが机に突っ伏す。

 ちょうどキンロが注文した朝食が運ばれてきて、突っ伏すキンロを邪魔そうにしながらも器用に並べてゆく。すでに食事が終わっているルシオ達の皿は下げられ、飲み物が配られる。


「さっきの襟章から推測すると、リカちゃんが細工師で、フィアちゃんが巫女。で、イオが忌み子か……なあ、用心棒を一人、雇う気はないか?」

「えっ! ちょっ、何言って」

「ないな」

「こっちはこっちで即答だし! いや、どんな相手かくらい聞いてもいいんじゃないでしょうか?」


 キンロが体をおこして飲み物をすする。野菜が挟まれたパンにかぶりつきながら告げられたのは、なかなか重要な内容だった。人一人の雇用──それに伴う安全の話だった。

 それを、一言でルシオは切って捨てた。合いの手を入れているリカの方が目を丸くしていた。


「まあまあ、そう言うなって。この町に滞在するためには"用心棒"が必要ダロ? 特にルシオ君が"アレ"の持ち主だってことは、この町の細工師は皆知ってる。お嬢ちゃん達を人質に取られたりしたら、ルシオ君も困るダロ?」

「それは、やるつもりがある、ということか?」


 キンロを見るルシオの瞳が険呑な色を帯びてゆく。


「……そんな計画があってもおかしくないってことだ。

 言っただろ、オレはこの町の育ちで、裏の人間だ。うまそうな話からきな臭い話まで、ありとあらゆる話に誘われる。そんなヤバい話の一つさ。

 "伝説"を手に入れるためには、手段を選ばない。そんな人間もいるんだってことだ」

「ふん。そのウマい話に踊らされて、負けたくせに……だが、そうか。確かに三人(こいつら)には護衛が必要かもしれん」

「そんな! ご主人様、そのような必要は──」


 フィアの拒絶の言葉を手を上げて遮ると、ルシオは表情を和らげた。

 考えるように腕を組み、リカとイオを見る。襲撃に会った場合、この二人──特にイオはどうしようもないだろう。抵抗するどころか、逃げることも困難かもしれない。


「フム。確かに、この子達には戦闘能力はないな。逃げるのも無理か。

 だが、護衛につくのがお前だと言うなら、この話は流すぞ」

「いやいや。そこはそれ。安心してくれや──おい!」


 キンロが後方を振り返って声をかける。

 人々がごった返している中を、するりと抜けて一人の女性が進み出てきた。いかにも自然に出てきたが、彼女が出てきたのはぎゅうぎゅう詰めの群衆の中からである。

 その身のこなしは、彼女が一流の戦士であることを示していた。一流の"何"か、まではルシオには判断できなかったのだが。


『ほう。これはこれは……』

「腕はお前よりも上なんじゃないか。でも騎士じゃなさそうだ……興味深いな」


 龍王も感嘆の声をもらし、ルシオはキンロへとからかいの声をかけた。「うっさい」とすぐに返事が返るのは、ルシオの反応を予想でもしていたのだろう。


「まったく。お前さんは、なんで見ただけでわかるんだ。ともかく、こいつが今回のオススメ、"紅の薔薇"のターラだ」

「クレナイノバラ!」

「この方が紅の薔薇ですか。百年に一人とたたえられる剣士でいらっしゃいますね。受けた依頼は必ず成功させる方だとか。その分、依頼料も破格と聞いております」


 紅の薔薇のターラは、どちらかというと細身の女性だった。

 特に目につくのは、頭の上でくくられた長い赤毛。左頬に流された前髪から、切れ長の瞳が覗いている。

 情熱的な二つ名と赤毛に似合わぬ、理知的な瞳がじっとルシオを見つめた。


「はじめまして。紅の薔薇のターラ、本人だ」

「俺は動物使いのルシオ。で、名の知れた紅の薔薇が一介の旅人の護衛に立候補した理由は?」

「私の護衛料は高い。それこそ、月光石でもなければまかなえぬほどに。そういうことだ」

「なるほどね」


 にやり、と真赤な紅をはいたターラの唇が笑みを浮かべた。


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