満月の夜に5
一日半みっちりと作品と向き合っていたルシオは、疲労困憊の態でできあがった作品と向き合っていた。
時間が無くて外食などできない中、途中でフィアが軽食を差し入れてくれるのがありがたい。今も、差し入れられた豚汁を食べながら、ルシオと龍王は完成作を眺めていた。
キラキラの胴体をおおうのは、月光石でできた鱗。その鱗はその微妙な色まで細かく分けられ、全身の色調に変化を持たせるように配置されていた。
その五指がしっかりと握るのは、同じく月光石で作られた玉。割った跡など跡形もないほど丁寧に削られ、丸められたその玉は、昼間でもそうとわかるほどに内から光を溢れさせている。
ルシオの机の上。そこに迫力満点で鎮座しているのは、月光石でできた"龍王"の像だった。
『ふむ。これはなかなかの一品ですね』
「母上の写し身を作りたかったのですが……無理でした。母上の可憐さと慈悲深さと力強さを写し出すには、月光石では無理のようです」
『おや──そうですか。では、これは? 兄上のお姿でしょうか?』
小さな蛇に擬態した龍王よりも、その像は一回り大きかった。
興味深そうに像を見る龍王が、顔をあげてルシオを仰ぎ見た。
「いえ、俺は一ノ兄上にお会いしたことがないので。
これは、"俺"が龍族ならこうでありたい──という願望を込めたものですが」
ばし、と飛び上がった龍王が、音をたててルシオの腕を叩いた。
『龍族と謙虚に言いながら、何の疑問もなく"龍王族"を作るところが末のですね』
「ほめないでください」
『褒めてなどおりません。
ですが、月の方に差し上げるなら、まあ順当でしょう。末のの分身として作ったと知れれば、月の方も無下にはなさいますまい』
「分身とか、重くないですかね。そのあたりの事情は、秘密にしておこうと思うのですが」
何をいまさら、と龍王はため息をつく。
同時に、窓から風が吹き込んで、室内にいるルシオの髪をくすぐっていった。
今のが自然現象であるはずもなく。もちろん、精霊のいたずらだった。
「……この部屋は、精霊に監視されていますか」
『諦めなさい。風の方は噂好き。月の方にも話が回ると考えた方がよいでしょう』
おう……とルシオが唸った。
そもそも、月光石を貰う代わりの品である。ルシオとしては一般的な物を贈るつもりであったのだが。
つもりはつもり。
予定は未定。
予定と実際が変わってしまうなど、ありすぎて例をあげるまでもない。
すべては、興がのってしまったルシオがいけないのだから。
○ ○ ○
日が落ちて。月の大祭の主会場として作られた櫓の前に、多くの人々が詰めかけていた。
大祭が始まると共に、今年の展覧会の作品が月に献上されるのだ。献上されると言っても、実際に月に渡すわけではない。祭りの中で行われる、形式的なものである。
祭りの中ほどに行われる儀式で、一番盛り上がるといわれている時間だった。
祭りの参加者の中には、結局"月光石"を見る事が出来なかった者も多く居るため、彼らにとってはこの上ない機会なのだ。月光席の噂も相まって、例年以上の人々が詰めかけていた。
それから少し離れた場所で、フィア達は食べ物を求めてさまよっていた。
「昨日の串焼きは美味しかったです。今日はその先の屋台を制覇するといたしましょう」
「フィア様。イオ、綿あめ食べたいです」
「おお。このお好み焼き風ラッキョ入りタコス焼きも、なかなか……ダシが良くでていてるよ、ほら、あーん」
「う?」
リカが笑顔で差し出したタコス焼きにかぶりついたイオは、あわてて口を押さえた。ぶるぶると首を振ってリカに抗議する。
熱かったのか辛かったのか、別の理由か。イオが嫌がった理由は定かではないが、リカは笑顔のまま、残ったタコス焼きを完食した。
「"海幸・山幸・河幸"では、海鮮丼と牛の親子丼と蛤の雑炊がでていますね。どれか食べて行きますか?」
「牛の親子丼? ああ、牛丼のチーズ乗せのことね。ここは毎年変な挑戦するねえ」
笑顔のフィアとリカ、少し苦い顔のイオは全力で祭りの珍味を味わいうことを決めたのだ。
櫓の前の熱気からも、そっと背を向けて。
「そういえば、リカは"月光石"が気にならないのですか?」
「んー? 気にはなるよ。でもね、あの人ごみを見ちゃったら、ムリムリ。あんまり人の多い所って苦手なんだよ」
「なるほど。理解いたしました」