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満月の夜に4

 コツ──と小さな音がして、ルシオの持つ月光石の表面が削れた。鱗のように剥がれて落ちた欠片は、机上に広げた布の上に落ちて、尖った切り口に光が反射していた。

 不透明で艶のなかった箇所を削られた月光石は、ルシオの手の中で喜ぶように輝きを増す。その形は、昨晩に仰ぎ見た月を思わせる美しい玉──表面はならしていないのでぼこぼこしているが──だった。

 その石を目の高さまで持ち上げると、ルシオは目を細めて成した一撃の検分を始めた。

 コロコロと石を回して、光の入り具合と反射を確認する。何度も何度も見直した後、できあがった形に満足の声をだした。


 机の上に散らばる"欠片"にも使い道はある。

 ルシオは月光石の本体を転がらないように丁寧に片付けると、山になっている欠片をより分けて行く。

 形の良いもの、悪いもの。

 色の良いもの、悪いもの。

 透明感の如何とあわせて、いくつかに振り分けて行く。


 その後に、ルシオは彼の作品の中から一つの像を取り出した。

 それは、移動中に少しずつ作っていた"聖銀"の"像"だった。あと少しで完成と言うところまで作り上げられているそれを完成させようと、ルシオは手をのばした。



 ○ ○ ○



 細工師の町のお祭り騒ぎは続いていた。

 展覧会から始まり、月の大祭につながる、一年でもっとも賑やかな期間だ。

 商人や料理人など、いつもは細工師の町で肩身がせまそうにしている人々が、ここぞとばかりにはりきって出店を出している。それに負けじと細工師達も店を出し、自分の作品を並べていた。

 展覧会会場前の広場や少し大きな路には、ありとあらゆる店が並び、多くの人々──近くの町の人々や商人達が行き交っていた。


 宿に誘う声や、乗り合い馬車の連れを探す声。

 料理を進める声や、それらの声をかき消すような呼び込みの声。

 あちこちからかけられる声を振り切って、フィアとイオはリカのお勧めだという屋台を探していた。


「この町はね、良くも悪くも"職人"の町なんだよ。だから、ご飯に対する欲求があんまり無いんだよね。なんていうのかな、食べれたら良い! って、感じでね。

 旅をしてたらわかるかな。ここ、あんまり美味しくないでしょ?」

「です」

「まあ……お世辞にも、美味しいといえないのは確かです」


 女が三人よると(かしま)しい。

 全くその通りで、三人は周囲の騒がしさに負けないほど、おしゃべりで盛り上がっていた。

 盛り上がるのは良いのだが、その内容が食べ物の話だというのが非常に残念である。

 そのうちに、目的の店を見つけたリカが「あれだよ、あれ!」と指を指した。

 それは汁物を扱っている屋台だった。香りの良い香辛料の香りが、風にのって漂ってくる。


「あれがオススメ。野菜の具沢山の鶏汁。あの店主さんは、ご領主様にお仕えしたことがある、凄腕の料理人なんだよ」

「そうですか。この町のご領主というと、確か──」

「ブラウ様。もっとも、ここよりも隣町の"錬金術の町"か、"薬師の町"におられることが多いかな」


 すでに屋台に意識を取られ、走り出してしまいそうなイオの手を握って、フィアとリカはゆっくりと進んで行く。

 これだけの人混みである。ほんの少しだと油断すれば、はぐれてしまうだろう。そして、一度はぐれてしまえば、再会するのはかなり難しそうだ。

 治安も良いとは言いづらい。人さらいなどの可能性もあるので、はぐれないのが一番なのだ。


「ブラウ様とおっしゃるのですか……どのような方なのですか?」

「んー、さあ? あたしもお会いしたことはないからなぁ。良くわかんないや。

 今年のお祭りにも来られるかどうかわかんないしね」

「──今年はいらっしゃるのではありませんか。なんといっても"月光石"の作品が出たのです。加えて、それを競売にかけるとの話もあります。仮にも領主であれば、無視はできないでしょう」


 フィアの言葉に、リカがぱっくりと口を開けた。

 え。うそ。と呆然とした中からも声がもれる。


「月光石! 何、それ。ウソ──嘘、本当に、げっこうせきぃ?」

「きらきら、げっこうせきー」


 リカの口から悲鳴のような声が漏れ、イオがそれを追いかけて繰り返した。

 リカの言葉に、周囲の人々がぎょっとしたようにリカ達を見て。


「き、きみたちは、あの伝説を見たのか?」

「競売にかかるって、本当ですか?」

「一目惚れです、結婚してください!」

「ガセじゃねーのか?」


 三人の回りが一気に騒がしくなった。

 皆が皆、口々に"月光石"についての疑問を声にする。

 今まで以上の音量で浴びせられる質問に、イオは驚いてフィアにすがり、リカも体を震わせていた。


「うっさいよ、オヤジども! 質問は一個づつ! かぶせても聞き取れないよっ」


 リカは怖がっていたのではないようだった。威勢のよい啖呵がその口から発せられ、周囲の声を一瞬、途切れさせる。

 おおお……と、フィアにくっついたままのイオが、目を輝かせてリカを見た。


「はい! そこの一人目、質問は?」

「え、ええと。月光石が展覧会に出されたのは、本当なのか?」

「事実です。大小さまざまな月光石が、展覧会に出品されています」

「きらきらで、光ってたの」


 リカに指差された男の質問に、フィアが答える。

 もちろん、答えるのは質問されたことだけだ。その月光石の提供者が誰なのか──まったく関係のないことなのだ。


「何個あった?」

「わかりません。数えておりませんから。けれども、最低でも十作品。いえ、二十近くあったかと」

「そんなに!」

「うそぉっ?」

「ないないないない。だって、伝説なのに──いや──まさか──ないないないない」


 ヒイ、と上がった悲鳴の中には、リカの声も混ざっていた。中にはどうしても信じられない者もいるようで、ぶつぶつと自分に言い聞かせるように呟いている。


「こちらから伺います。今も展覧自体は行われているはずですが、どなたも見に行っていないのですか?」

「行きたかったさ!」

「入場制限がかかっていて、入場券も買えなかったんだ!」

「入場料が去年の倍しているから、買えなかった」

「チキショー」


 男達の悲壮な声を破るように、女性の高い声が響いてくる。


「どんな作品があったの? 髪飾りとか! 首飾りとか! 指輪とか!」

「大きな月光石の作品は置物でした。小さな物には装身具もいくつか。特に首飾りに見事な作品が二、三ありました。反対に、指輪はあまりありませんでした」

「お、おいくらくらい?」

「わかりません。ですが、小さな原石で家が買えると言っていた職人がいました。競売ですから、そこから開始になるのではないでしょうか」


 ずいぶんと直球な質問も、フィアはさらりと交わした。


「いつだ! 競売はいつあるんだ!」

「わかりません。日程はまだ公表されていませんから。

 今回の競売の責任者は、"細工師組合の役員"のオズという方です。その方に伺うしかないかと」

「オズだ!」

「細工師組合だっ」

「細工師組合はどこにあるんだ!」

「え、ああ。組合の事務所の場所なら、そこの交差点を右にまがって、三軒目の建物の一階に──」


 場所を問う声に答えたのはリカだった。

 その案内にしたがって、人の流れが変わる。今までは展覧会会場方向に流れていた人々が、組合事務所に向かって流れ始めていた。

 三人はその流れに逆らって──


「とーりじるっ、とーりっじる」

「熱いから気を付けてくださいね。

 本当に具が沢山入っていますね、美味しい。帰りにご主人様方に、持ち帰って差し上げましょう」

「んーっ。あいかわらず良い味出てる。ここしばらく、味がしないゆで野菜ばっかり食べてたから、体の芯に染み渡る旨味っ」

「うまみー」


 ほかほかと湯気のでる鶏汁に、三人は舌包みをうったのだった。


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