表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/23

満月の夜に3

 連れて帰ったリカを放っておくわけにもいかず、ルシオは宿に追加で部屋をとり、そこにリカを置くことにした。

 万が一を考えるならば、"リカ"という名前も変えた方が良いのだろうが、そこは本人に拒否されてしまったのだ。

 

「なんとも残念なことに、精霊達には会えませんでした」


 リカが部屋に移動し、イオとフィアも寝室に入った後。兄弟の話し合いが行われていた。


『おや、そうですか。目的が達せずに残念でしたね。

 しかし、こちらに精霊達は出てきています。末のもこちらに居ればよかったのに。あの者達も、末のと会えるのを楽しみにしていましたよ』

「そうですか。会えなくて残念」

『そのわりには落ち込んだ風体ではありませんね。──末の、そこには何があったのですか』


 酒杯に頭を突っ込んで、それこそ浴びるように酒を飲みながら龍王が言う。

 少なくなった酒をつぎたしながら、ルシオは「ええ、興味深いものが」と龍王の興味をあおった。

 これこれ、こんなものが──とルシオが説明するのを、龍王は機嫌良く尻尾を振りながら聞いている。


『異界への扉は数多くあります。しかし、このような人里近くに存在するのは珍しいこと。この地の人々はよっぽど上手に立ち回ったのでしょう』

「禊場としても充分作用しているようでしたよ。一月で妖精族の"擬態"を、ほとんど祓ってしまったようだから」

『そのようですね……』


 町で生活していたころのリカと、今のリカではあまりにも姿が違いすぎていた。

 それを"森の生活で苦労したから"、ですませてしまっていたリカは大物なのか、馬鹿者だったのか。


『人蛇種は子供を取り替えたあと、ちゃんと育てると聞いています。旅に連れて行くなら、本物の"リカ"に会うかもしれませんね』

「それはそれで面倒そうな……」

『会う会わない。連れて行く連れて行かない──ええ、末のの好きな道を選びなさい。

 私としては、あの子供といい、細工師の娘といい、お前が正しい道を選ぶことを、心から喜んでおりますよ』

「イオの道はまだ途中ですが」

『末のが示せるのは"可能性"。

ええ、ええ。大いに結構です。押し付けないこともまた、正しい道なのですから』


 うっとりと目を細めて笑う龍王に、ルシオも機嫌の良い笑みを浮かべた。

 窓辺による二人の頭上から、まばゆいほどの月光が射し込んでくる。龍王が口をつけている酒に、丸くふくれた月が写りこんで揺れていた。

 夜空に君臨する月の姿は満ち満ちて、ほとんど真円だった。


『月の力が満ちていますね。あと数日で満月ですか』

「ええ。月の導きの大祭。紡がれる運命の糸の鮮やかなる糸巻き──麗しき月影への献上品が、例の展覧会の優秀作品なのだとか」

『おや、それは……』

「別に良いんですけどね、受け取ってもらっても」


 室内に射し込んでくる光に、キラリと雲母のような煌めきが混ざる。柔らかく、美しく。静かなその光から、鈴の音を転がすような声が響いた。


 ──ダメよ。あれはお前が手ずから作ったものではないでしょう?

 ──月の大姫様はおまちかねよ

 ──大姫様を泣かせたら許さないわよ

 ──お前が大姫様にふさわしいと思うものを、差し上げなさい


 キラキラと音すら輝いて見えそうな澄んだ声は、ルシオと龍王の側で少しの間揺れて──不意に吹かれた風に散らされたように消えていった。

 今の声こそが、精霊の声だった。実体をもたない彼らが、空気を震わせて届けた声。


「と、なると。リカから細工の道具は一式をもらえたのは幸いだったかな」

『月の方に変なものを渡さないように、気を付けてくださいね』

「わかっています」


 明日は部屋にこもりますね、とルシオは煌々と輝く月を見上げて言った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ