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細工師の町の展覧会1

 町の中心には、赤く燃え盛る焔が揺らめいている。

 それはこの町のシンボル。人々に愛され、最も大切にされている焔。

 焔を崇める町──ここは細工師の集う町だった。




「で、一袋いくらで買ってくれる?」


 中央通りに程近い公園では、毎日いくつかの出店が並んでいる。

 そのほとんどは、見習い細工師が拙い作品を並べているだけ。客もそうおらず、売れる作品も売られる品もない。


 そんな中に、大きな布袋を持ち込んだ青年がいた。

 青年は、顔にこそ幼さが残るが、体にはしっかりと筋肉がついていた。黒い髪は短く切られ、同じ色の瞳が興味深そうに店主を見下ろしている。

 服の襟から、蛇の頭が出たり入ったりしているのが珍しいと言えば珍しかった。

 だがそれは、この町では珍しいということにすぎない。


「お客さん、"動物使い"だね」

「おお、あたりだ。よく分かるね」

「わかるとも。袖からちらちら、ご友人が顔を出している。

 それで、だ。どこで何を拾ってきたのか知らんが、本職でもないのに、そうそう良い品──」


 渡された布袋の口を開けて、いくつか取り出していた店主の手が止まる。

 店主が握りしめた石を見て、周囲からも驚きの声が上がっていた。


「ふふ。その様子だと、良い品が混ざっているようじゃないか。

 店主よ。さあ、一袋、いくらで買ってくれる?」


 持ち込んだ青年の声も弾んでいる。

 その声に、ぐぐぐ、と店主が呻き声を出した。


「確認しておくが、盗品ではないだろうな?」

「まさか! 俺がこの高い腰まで水につかりながら拾い上げた一品だ!」


 言いながら青年が腰の高さをアピールする。残念ながら、まあ──標準と言わざるをえない高さであった。


「水につかる? なんだ、それ? どこで採ってきたんだ」

「ん? さあ? たぶん、あっちか、こっちの、西門の……」

「西門は逆方向だっ!」


 店主のつっこみに、青年は軽く頷いて同意を示す。


「そう。そっちの西門を出て、三日三晩さ迷った先の森の中の川だ」

「……そうかい……」


 店主だけではない、周りで聞いていた者達も、そろって肩を落とした。


「そこは呪われた場所だったんだぞ。きもが冷える思いをして採ってきたんだ。ぜひ、色をつけてくれ」

「呪われた……って、ねぇ。お客さん」

「今持ってるのは、かなりの品なんだろう? 手を放さない」


 にやり、と青年の顔が笑みを浮かべる。

 その言葉に一瞬戸惑いを浮かべた店主は、さりげなく、けれど丁寧に石を袋の上に乗せた。


「いくらで売る?」

「いくらで買う?

 ご店主が言ったように、俺は素人だ。ソレっぽい石を持ってくることはできても、値段などつけられるハズがない。

 たとえば、金三十枚といったら? それで買ってくれるのか?」

「まさか。冗談にもほどがある!」


 まさか、とは青年の方が言いたい言葉だった。

 青年の見立てでは、店主が握っていた石が二個もあれば、金貨一枚にはなる。それが目の前の袋にはごろごろ入っているのだ。

 金貨三十枚はふっかけとしても、金貨十五枚。それが青年の付けた適正価格だった。

 それを、どこまで値切ってくるか──青年は目を細めた。


「オレはここの店主のオズだ。原石専門で商ってる。よろしくな」

「俺の名はルシオ。流れの動物使いだ。良い取引を」



 ○ ○ ○



『かなりもったいと思うのですが、二ノ(にの)兄上』


 ルシオは歩きながら"兄"に声を送った。だが、その声は音には出ない。彼の持つ特殊な力が"感応"のようなものを使って、声を届けているのだ。


 その声に答えるのは、ルシオの首筋に身を寄せた蛇──いや、蛇に見える存在である。よく見ると、それには小さな前足がついており、蛇ではないことが分かる。

 その正体は龍。それも細長い体に五つの指を持つ、龍王種と呼ばれる高位存在だった。


『そう言うものではありませんよ、末の弟よ』

『でも、あんな安く売るなんて──もったいない』

『仕方がありません。あの時のあなたは、"鉱石の価値を知らない動物使い"という設定だったのですから』


 ぶーと、ルシオが文句を言うのにも理由がある。

 先程の露店での一幕だ。

 鉱石の価値なんてわかりません、という態度で挑んだ結果、適正価格の二割の売値にしかならなかったのだ。

 あとはごっそり露店商の丸儲け──文句も出ようというものだ。

 売った物の価値がわかっているから、なおさらである。


『とはいえ、よく金貨まで報酬をつり上げましたね。そこは素晴らしい手腕でした』

『はい。あの店主は分かりやすかったですので』

『それもギフトなのですか?』

『はい。ええと……"商人"か、"詐欺師"か?』


 ルシオの言葉に、龍王が小さな手でルシオの首筋を叩いた。

 ペチと軽い音がして、ルシオは首を傾げる。


『え、っと兄上? どうして怒られたのか、わからないのですが?』

『詐欺師、などというギフトを持っている弟への戒めですよ。あなたという子は……まったく。どうしてそんなギフトがついているのでしょうね』

『はあ。それは、何ででしょう?』


 どこでついたのかなぁ、などとのんびり考えているルシオの首にしっかりと巻き付いて、龍王は首を持ち上げる。その様子はまったく蛇にしか見えない。見事な擬態であった。

 そのまま後方の人混みに視線を送る。付かず離れずついてくる男達を確認して、ルシオを見上げた。


『ついてくる者のことですが、気がついていますね?』

『勿論です。三人います。その内の一人は腕が良い戦士かと』

『そこまで分かりますか。では、彼らの狙いは何だと思いますか?』

『いくつか考えられますが……』


 ルシオは口ごもった。

 龍王を前にして、人を悪いように言いたくはない、と少し思ったのだ。

 だが、問いは問い。

 答えを促され、ルシオは仕方なく答える。


『俺の考えでは。追い剥ぎをしたり、因縁つけて身ぐるみはいだり、いきなり暗闇に引きずり込んでリンチにしたり、夜中に襲撃するために宿を確認したり──』

『あなたという子は……なんでそんなに物騒なのですか』


 龍王がペチペチと首筋を叩く。

 痛いです、とルシオは抗議した。


『普通に考えなさい、普通に。

 一般的に、こういう時は用事が──それも、おおっぴらにできない用事があるのでしょう』

『やはり追い剥ぎですか』

『違います』

『こういう場合は、人通りの無い方に向かうのが定石かと』

『……何をするつもりですか』


 さりげなくルシオが道をそれる。

 まっすぐ宿に向かっていたのを、裏道にそれた形になった。

 さて、尾行者の目的によってはここで仕掛けてくるかも──とルシオ達は相手を待ち構えたのだったが。


「どうか、どうか! どうか、お願いしますうぅぅぅ」


 初対面の男達にいきなり土下座をされ、目を丸くしたのだった。


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