白鬼夜行~人身事故から始まる人外恋愛~
連載用習作2弾目です。感想、評価いただけると嬉しいです。高ければ連載になります。
キキッー ドン!
(ヤバッ! やっちゃった!)
急制動を掛けられたタイヤとアスファルトが擦れて出来た甲高い音と、次いで訪れた衝撃を感じるとともに登走一はそう思った。
夏休みということもあってバイト先である喫茶店のクローズまでやってから帰路についた彼女。
店を出た時は既に日は暮れ、外は真暗闇。
しかも月に一度の新月で、姉のおさがりであるベスパのヘッドライトと道路脇の街灯だけでは心もとない暗さだった。
そんな暗さだったからだろうか。
彼女が道路上にいた老人を撥ねてしまったのは。
疲れていたのは否定しない。
けれども運転操作を誤るほどの疲労ではなかったはずだ。
そもそも彼女はこの夏に原付の免許を取ったばっかりで、慎重すぎるくらいに安全には気を付けていた。
今も法定速度をしっかり守って運転していたし、周囲確認も怠っていなかった。
危険な要素など一つもない。
ではなぜこんなことが起きたのか。
暗かったのも理由の一つだろうが、それよりも信じられないことに、老人が突如として目の前に現れたのだ。
一の運転するベスパのその進路上に。
僅か1メートル先に唐突に出現した老人に、運転歴半年も満たない一が取れる行動などブレーキを掛けることだけだった。
だが車やバイクはブレーキを掛けてすぐに止まるわけではない。
一の努力空しく、慣性の法則にしたがってベスパは目の前の老人を跳ね飛ばしてしまった。
出ていた速度からは考えられない程に老人は高く、遠くに吹き飛んでべチャッと地面に墜落する。
「だ、だいじょうぶですか!?」
すぐにベスパを降り、ヘルメットを投げ飛ばすようにして外して老人に駆け寄る一。
近寄ってみると、小学生程の背丈の小柄なお爺さんだとわかった。着ている立派な着物は、撥ねられた時にどこか引っかけたのか、ところどころ破けている。
「え、えっと……こういう時ってとりあえず動かしちゃダメなんだっけ? あ! そ、それよりも救急車!」
ポケットからスマートフォンを取り出し、震える指で"119"と押そうとした、その時だった――
「親父に何しやがんだぁぁぁ!」
「ゲフンッ!」
そんな声と共に一の背中を衝撃が襲い、アスファルトへと倒されてしまう。
その拍子に持っていたスマートフォンも手から離れ、ギャリギャリとアスファルトの上を滑っていった。
「イッタ~、一体何!?」
「うちのがどうもすいません」
「え?」
倒れたまま痛みに呻いていると、スッと誰かが目の前にしゃがみ込んで手を差し伸べてきた。
顔を上げると、そこには長く綺麗な白髪を背に流した優しげに微笑む男の人がいた。
睫毛や眉毛も透き通るような綺麗な白色で、そんな白の中で蒼い瞳が一際際立つ。
着ているものも、そんな彼を象徴するかのような白い単の着物。それに瞳と同じ蒼の帯を締めている。
「お怪我はありませんか?」
「あ、はい、大丈夫です」
彼の手を借りて立ち上がる一。幸いなことに大した怪我は無い、少し擦った程度だ。
「おいユウ! お前何してんだよ、ソイツが親父を撥ねたんじゃねぇか!」
しかし、そうして立ち上がった背後から荒っぽい声が届く。
一が振り返ると、そこには真っ赤な革ジャンを着て金色の髪を逆立たせた少年がいた。
手を貸してくれた人とは正反対に荒々しい印象が強い。
「そうは言ってもコテツ、いきなり蹴るのは良くないよ」
「ウッセー! 親父やられて黙ってるわけにいくか!」
「でもこの子は助けようとしてくれてたしね……そもそも頭領から目を離してしまった僕たちの責任も大きい」
「グッ、それはわかってるけどよ……」
尚も何か言いたげだった金髪だったが、悔しげに顔を歪めて堪えた。
「あ、あの、あなた達は誰何ですか? 救急車呼ばなくてもいいんですか?」
「あぁ、自己紹介が送れていたね。僕はユウ、アッチの金髪でガラ悪いのがコテツだ。何者かというと、そこの君が撥ねちゃった人の身内。それと救急車はいいよ、身内の医者は呼んであるし、そもそも人間の医者にはどうしようもない」
一の問いに、口早に一息で答えるユウ。
一気に答えられた一はそれを咀嚼して理解するまでに少し時間がかかる。
数秒かかり、ようやく理解した時には周囲を囲む人が何倍にも増えていた。
「え、あれ? なんですかこの人達」
普通に仕事帰りの様にYシャツにネクタイを締めている人や、街でよく見るような特徴のない格好をしている人も多いが、大半の人はコテツの恰好とよく似た"ヤンチャ"だったりその上を行く"その筋"の近寄りがたい恰好をしている。真っ当な、一般人とは言い難い。
そんな彼らが、一様にギラギラした目を一へと向けていた。
「なんですかじゃねーだろ、ウチの親父を撥ねといてよぉ!」
そのうちの一人が語調も荒く言葉を投げてくる。
思わず一の体がビクッと震えた。
(えっと、この人達の見た目に"親父"ってもしかして……)
どう見ても親子関係があるようには見えないのに親父と呼ぶ関係性。
尚且つ、荒々しい見た目と人数。このことから導き出されるのは――
(や、ヤクザぁぁぁ!?)
そう考えてみれば色々と納得できる反面、己のしでかしたことに物凄い勢いで血の気が引いていく一。
"親父"――つまり組長を撥ねてしまったったのだ、明日の朝には海の底っていうこともあり得る。
「おっと、大丈夫かい?」
あまりのことにフラついてしまった一を、ユウと呼ばれた白髪の男が支えてくれる。
「みんなやめよう。責任は頭領付だった僕とコテツにある、彼女は被害者だよ。それにまずは頭領の安否の方が重要だろう?」
「……ユウの兄貴がそう言うのなら」
ユウのその言葉で、騒いでいた連中の声が治まる。
そして、その場にいた人たちの視線は一から撥ね飛ばされた老人へと移った。
「――ん? なんだお前ら、こっち見てたってオヤジは治んねーぞ、鬱陶しいからこっち見んじゃねぇ」
その老人の側には、いつの間に来たのか片膝をつき具合を見ていた医者らしき男がいた。
白衣を羽織り、銀フレームの理知的な眼鏡をかけたその男は皆の視線に気づき顔を上げたが、すぐに鬱陶しげに手で払ってきた。
「タクの兄貴! 親父の様子はどうなんだ!? 大丈夫なんだろ? なっ!」
しかし、そんな邪険にされたというのにコテツだけは白衣の男に詰め寄る。
「お前は声がデケーよ、ったく。……まぁ、無理だ」
「ッ!?」
コテツの強引さに仕方なくといった感じで答えたタクだったが、その答えにコテツだけでなく、周囲を取り囲んでた者全員にザワッと動揺が広がる。
「う、嘘だろタクの兄貴?」
「嘘じゃねーよ。まぁ年だったしな親父も、仕方ねーだろ。もう死んでる、即死だったんじゃねーか?」
そのままタクは老人の側を離れる。
「おい、タバコ持ってねぇか?」
近くの男に煙草をもらい、それをフカしながら電柱に寄りかかった。
「う、嘘だ……嘘だぁぁぁ!」
そんなタクに、コテツが雄たけびをあげ、髪を振り乱しながら掴みかかる。
「親父が……あの親父が死ぬわけねぇ! タクの兄貴、タバコなんか吸ってないで何とかしてくれよ!」
「バカッ! コテツ、兄貴に向かって何してんだ!」
「コテツさん! 悲しいのはわかりますけど早まらんといてください!」
そんなコテツを周囲の人が引き剥がそうとするが、コテツはタクの胸ぐらをガッシリと掴んで離さない。
「……コテツ、お前今誰に手をあげてんのかわかってんのか? あ?」
遂には、タクの口からドスの利いた声が漏れだす。
2人を中心に一触即発の暴力的な空気が立ち込める。
「あ、これはちょっとヤバいかな」
一の後ろにいたユウも小さく漏らすと、その中心へと向かっていく。
これからどうなってしまうのか、収集が付かない様相を見せ始めたその時だった。
「あれ、親父死んでんじゃん」
呑気ともいえる、場違いな声が響いた。――しかし、その声の威力は絶大だった。
「「「若頭! おはようございます!」」」
唐突に現れたその声の主に向かって、その場にいた一以外の者が一斉に勢いよく頭を下げる。
先程までの騒ぎなど無かったかのように一糸乱れぬ動きだ。
「あぁいいよ、こんな時間だ。あんま大声出すと地域の皆さんの迷惑になんだろ」
「「「ウスッ!」」」
「それが迷惑って言ってんだけど……まぁいいか」
そう言う男は、この場の誰よりも偉いのだろう。男たちの様子を見ていればわかる。
ただ、見た目からは全くそうは思えなかった。
安そうなアロハシャツ。
これまた安そうなハーフパンツ。
片手には駅前で貰って来たのか、パチンコ店の宣伝用団扇。
オールバックにしている髪だけは周囲の強面たちと同じタイプだが、迫力は全くない。どちらかと言えばチンピラの様だ。
「うーん、とりあえず葬式の準備だな。タク、もうどうしようもねーんだろ?」
タバコを吸ってるタクに目を向け、問いかける若頭。
「あぁ、即死だったはずです」
「なら良かったじゃねーか、苦しまずに逝けて。痴呆で若い連中に迷惑かけんのが一番辛いってよく言ってたしな」
「じゃあ、俺が葬式は主導させてもらいます」
「ん、頼むわタク。……お前、タバコやめたんじゃなかったっけ?」
「……たまには吸ってもいいでしょ?」
そう言いつつ、タクはスマートフォンを取り出しどこかへと連絡を取り始めた。
「まぁ、親父のことはタクに任せよう。俺達はもっと大切なことを話さなきゃなんねぇ」
「で、でも若頭、親父が死んだんすよ?」
「わぁってるっての。だからこそ話さなきゃならねぇ――"跡目"についてをよ」
再び、男たちに緊張が走った。
「跡目は若頭が継ぐんじゃねーんですか?」
「まぁ、本当ならそうなるはずだったんだがな」
周囲から投げられた問いにそう答えつつ、若頭はハーフパンツの尻ポケットから白い何かを取り出した。
「それはなんです?」
「遺言だよ」
「「「遺言!?」」」
「うーるーせーっての、天下の往来だぞココは」
「だ、だったら尚更こんな所じゃなく一回屋敷に帰りましょうよ」
コテツがそんな風に提案するも――
「いや、そうしたいとこだが今のままじゃ"嬢ちゃん"は屋敷に入れねーからな」
若頭は一のことを指さしながら答えた。
「こいつが? こいつは関係ないでしょう! いえ、親父を殺したって点ではこれ以上なく関係ありますけど、跡目に関しては関係ないはず!」
憎々しげな瞳を一へと向けながら言葉を吐きだすコテツ。
それに同調した周囲の血気盛んな男たちも一へと敵意を向けてきた。
サッとユウが背に庇ってくれたが、それでも一の心は恐怖心でいっぱいだった。
(あぁ、もう何でもいいから早く帰りたい。逃げ出したい)
恐怖で気絶しないのはひとえに、庇ってくれているユウの存在があればこそだろう。
「あぁ、お前ら。そうカッカすんなって、とりあえずは遺言聞け」
「……ウス」
若頭の言葉で一へと向けられていた視線はなくなるも、彼らの体から立ち上る暴力的な雰囲気が消えたわけではない。ただ押さえつけ、押し込められているだけなのは誰の目にも明らかだった。
「まぁ、色々と長ったらしいから簡単に要点だけ説明すっぞ」
そんな連中を前にしても全く臆することなく、若頭は暢気に言った。
「『老衰で死んだときの跡目は若頭――つまり俺な――に継がせ、もしも誰かに殺された時はその殺した者に跡目を継がせる』ってことだ」
シーンと静寂が下りた。
その場の誰もがその言葉を理解できずに、ただ立ち尽くすしかなかった。
「わ、若頭。どういう意味だそれは?」
「はぁ? わかんなかったのかよ、つまりそこの嬢ちゃんが内の組『深桜組』の次の頭領だってことだよ」
「「「ハァァァァァ!?」」」
若頭以外、一も含めてその場にいる者全員すべてが同時に声をあげる。
「親父もまさか原付に轢かれて死ぬとは思わなかったんだろうな。シシシ、最後まで笑かしてくれるジジイだよまったく」
笑ってるのは若頭ただ1人。他はただただ呆然とするしかなかった。
「み、認めねぇ! 俺はこんな人間が親父の跡目だなんて認めねぇぞ!」
「――コテツ、お前親父の遺言に逆らうってのか? だったら組抜けろ」
今までとは打って変わって、底冷えするような声で言い放つ若頭。
「いいか? 俺は若頭として宣言するぜ、親父の遺言通りそこの嬢ちゃんを頭領に迎える。納得できない奴は抜けていい」
そう宣言し、一のことを手招きする若頭。
しかし今まで話に置いて行かれていた一は、手招きされてもすぐには動けなかった。だがその背をユウが軽く押したことで足が動き出す。
そうして近くに因ってきた一に若頭は親しみやすい砕けた口調で話しかけてきた。
「どーも嬢ちゃん、悪いねこんなことになって。とりあえず名前教えてもらえるか?」
「わ、私は、ヤクザになるつもりなんてありません」
質問には答えず、しかし勇気を振り絞り自分の意志だけは何とか伝える。
けれども――
「……ヤクザ?」
一の言葉に若頭はきょとんとした表情を浮かべる。
「ち、ちがうんですか?」
「あー、いや、うん。これは俺達が悪かったな。おい、お前ら擬態解け!」
その若頭の号令で、周囲の人々がポポポンッと言う音と共に一斉に姿を変えた。
ある者は壊れた傘に。
またある者は長い布に。
人の姿は変わらない者でも、顔が無かったり、異様に首が長かったり。
人間ではない、明らかに異質な存在だった。
「ま、つまりこういうことだ」
額から角を生やした若頭が、一の方を向いて言う。
「『深桜組』はヤクザじゃねぇ、この街、深桜市の妖怪を纏めているだけの"百鬼夜行"さ……今は1人欠けちまったから白鬼夜行かもしれねーけどな」
シシシと笑う若頭の口の端からは、獣の様な犬歯が覗く。
そんな風に笑いかけられた一はあっさりと意識を手放した。
読んでくださりありがとうございました。
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