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LN東條戦記第1部「不戦宰相」  作者: 異不丸
第1章 卿に組閣を命ず
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国策再検討要目

昭和16年10月19日日曜日 参謀本部


日曜日の午前、国策再検討の要目(案)が政府各省と統帥部に配られた。


『国策再検討要目

1.対米戦争の勝算如何。

 開戦の形態、宣戦布告・奇襲・強襲。

 開戦の時期、12月初、3ヶ月後、6ヵ月後、1年後。

 開戦の波及、北方、支那、東亜、欧州。

 戦争経過に伴う国力変遷、1年後、2年後、3年目以降。

 所要軍事物資と供給の見透し、1年後、2年後、3年目以降。

 民需物資と供給の見透し、1年後、2年後、3年目以降。

 如何なる事態条件をもって勝利、また敗北と判断するか。

 戦費。予算規模、金融的持久力、人的損失見透しと許容範囲。

 右、戦争相手を蘭のみまたは英蘭に限定の場合。

2.対米交渉を打ち切りし場合の、内外の情勢如何。

 米国の帝国への宣戦または攻撃はある得るか。英蘭は。

 支那事変への米英蘭の軍事介入はあり得るか。その規模と影響。

 欧州戦局は如何に帝国に影響を及ぼすか、独蘇戦、独英戦および独米戦。

 支那事変の見透しと所要物資・年限・予算・損害。

 右、民需、民間企業、国民の動静見透し。

3.対米交渉妥結の条件如何。

 10月2日日米覚書を全的に容認する場合の国際的地位、各国反応。

 三国同盟脱退の影響波及並びに米国動向、欧州戦局。

 右、独伊敗北後の米英、蘇連の動向。帝国への再圧力はあり得るか。

 仏印、支那撤兵の影響、国内外。英米蘭蘇、重慶、満州朝鮮台湾。

 右を緩和させる大儀名目及び工作。

 日米通商貿易の復活と帝国国力、経済・産業・国民生活の見透し』



配付された項目案を見て統帥部は猛烈に怒った。

「統帥権干犯だっ!」

「なぜ、作戦内容を政府に明かさねばならないのか!」

「統帥権をなんと心得る。陛下に対する冒涜である!」

「敗北条件とはなんだ!大逆罪だ!」

「やば」様子を見に来ていた陸軍省の課員が慌てて退散する。

「問答無用。東條、斬るべし!」

「敵は首相官邸に在り!」


さすがに参謀総長の杉山大将も傍観はできない。次長、部長を呼集すると、静謐を命じる。

「統帥部も御諚を拝したのだ。心得違いをするな!」

「しかし総長。政府から統帥に口出しされる所以はありません!」

「黙れ、服部!課長の分際で何を言うか!だいたい、貴様は呼んどらん!」

「総長!納得できません。陸軍省に鉄槌を下さねば!」

「馬鹿なことを言うな。ええぃ、静まれ!静まらんかっ!」

「諸君!これから陸軍省へ糾弾に向かう!同志は同行されよ!」

「黙らんか!こら辻、刀を抜くな、馬鹿モンがっ!」

「よし!行くぞ」

「おう!行くとも」

しゃっ、しゃっと鞘摺りの音が起こる。

「塚田!」杉山は参謀次長の塚田少将に命じる。

「兵務局から憲兵を借りて来い!」

それだけ言うと、杉山は総長室に篭った。留守第1師団に電話する。

「杉山だ。参本内が不穏だ。1個小隊を出してくれ。ああ実弾だ」


ぱんぱんと部屋の外で音がする。杉山はびくりとした、発砲音か?

突然、ばあんとドアが開くと、一群の兵隊が入ってきた。

先頭には兵務局長の田中少将がいる。後ろの兵隊は憲兵の腕章をつけている。

杉山は目を丸くした。憲兵たちは拳銃を抜いている。気のせいか、硝煙のにおいがする。

「こ、こっちに向けるな」

「杉山総長、ご無事で」

「あ、ああ。兵務局長か。なぜ後の憲兵は銃を抜いている」

「なぜって。威嚇ですよ。総長が吊るし上げを食らってると聞いて、制圧に駆けつけました」

「制圧?警護の間違いだろう」

「あれ。まあ、似たようなモンですよ」田中は、にやにやと楽しそうだ。

「そ、そうか。それはご苦労。が、ここは大丈夫だ。第2部と、その要所に・・・」

「それはもう配置しました」

「部内には東京憲兵隊が40名、外は歩一の1個大隊で包囲しました。袋の鼠です」

「早い!いや、い、一個大隊?」

「総長の命令と聞きましたが」

「いや、命じたのは1個小隊だ。なぜ1個大隊も」

「それでは、連隊長が聞き違えたか。ま、大丈夫です」

田中は、ばんばんと腰の拳銃を叩いて見せる。実包が詰められているのに違いない。

ぱんぱんぱんと、また表で音がする。

「うぅ」杉山は手を額にあて、天を仰いだ。

(大事になってしまった。これはもみ消せん)

塚田次長が駆け込んでくる。「総長、お召しです!」

「それも早い!」

「え?」

「いや、いい。わかった。行って来る。ここは頼む」

「は、はい」

「い、行くとも」

「総長。参謀本部の制圧はお任せください」田中がにやにやしたまま言う。

杉山は、田中に向かって右手を振り振り、出て行った。

杉山が宮城に入ると、軍令部総長の永野海軍大将も来ていた。顔に絆創膏を貼っている。



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