明治節
昭和16年11月3日月曜日、首相官邸。
今日は明治節で祭日である。
早朝、東條首相は明治神宮での参拝をすます。赤松秘書官は、時計を見る。
東條の秘書官は3人になった。赤松に加えて、海軍省から海軍中佐の鹿岡円平が、内務省からは地方局の広橋真光が着任した。広橋は伯爵である。内務省枠と決められた中で、華族を選び出して指名する。この辺りが、星野書記官長の非凡なところだ。
首相秘書官が全員揃ったので、毎週の日課を打ち合わせる。
「これからは来訪者を制限するわけにはいかん」
「お召しと上奏は最優先だ」
「陸軍省と内務省は毎日行って決裁しないと、事務が滞る」
「では」
『首相日程 昭和16年11月
月曜午前:内務省、総理官邸、正午:省部長次長会食、午後:陸軍省
火曜午前:総理官邸、10時閣議、午後:陸軍省、内務省
水曜午前:陸軍省局長会議、10時枢密院、大本営、正午:内務省局長会食、午後:総理官邸、面会
木曜午前:陸軍省、10時大本営政府懇談会議、午後:総理官邸、内務省、陸軍省
金曜午前:総理官邸、10時閣議、午後:内務省、陸軍省
土曜午前:陸軍省局長会議、10時大本営情報交換、正午:対満事務局、午後:面会または出張
日曜終日:公邸または自邸にて静養
備考1:上奏その他宮中の行事等により日程を変更することあり
2:状況急を要するものは随時決裁を受くるものとす
3:毎月第一、第三木曜午后1時30分大政翼賛会総務会に出席するを例とす』
東條は秘書官らと毎週の日課を打ち合わせた後、訓示を行った。
「今日は明治節である」
「明治大帝と元老諸公らは、帝国の独立を全うされた」
「そのために捨てるべきは捨てられた」
「おおいに習うべきところだ」
「「「こくり」」」
「明治維新は日本国の独立が目的であった。武士たちは、己の身分と特権を捨てた」
「肝に銘ぜねばならん」
「「「こくり」」」
「独立、自存自衛は大きな山であり、どこからも見える」
「頂上へ至る道は複数ある。どれも一長一短だが、坂道には違いない」
「「「ふうむ」」」
「どれか1つを選ばねばならん。その後は上るだけだ」
「難路であったとしても、上りきるか。あるいは、元に戻るかだ」
「戻れば、頂上は遠くなる」
「「「なるほど」」」
「今、ようやく道の入り口についた。これからは、ずっと坂道である」
「きっと、帝国の独立を護る。全員、心して務めてもらいたい」
「「「はっ」」」
9時になると、東條は参内して明治節の記帳をする。
官邸に戻ると、秘書官らに告げた。
「今日の勤務はここまでだ。ご苦労だった」
その頃、志郎と吾朗の親子も、明治神宮に参拝していた。
護衛の清水と岩山も一緒だ。今日は、4人共に背広を着ている。参拝をすませたら、今夜は横浜に泊まる予定だ。
(はじまりがここだった)それからの2週間あまりを、清水憲兵中尉は考えていた。
清水と岩山は、志郎の講義を毎日聞いている。志郎が強い国を作ろうとしているのがわかった。
(しかし、どうも迂遠ですね)それが岩山憲兵伍長の感慨だった。
(それが、国力というものだろう)清水の答だった。
(いずれ、断崖絶壁に遭うかも知れません)
(やり直せばいいのさ、何度でも。それも強さだろう)
(強い国です、それが出来るのは)
向こうに立っている岩山がこちらを見ていた。二人は目線で、頷き合った。




