序
60近い短髪の男が、文庫本を読んでいる。
「けしからん。こいつはこんなことを考えていたのか」
「大本営陸軍部、いや全陸軍の顔というのに。おのれ」
「絶対、首にしてやる。待っておれ」
そこへ、もう一人の、やはり60近い男が声をかける。
「東條さ~ん。何読んでるんですか。映画見ますよ!」
「おお、すまんすまん」
駆けつけた男は座ると、すぐに背筋を伸ばした。
「どうされました」
「やはり、この曲を聞くとな」
オープニングは『海ゆかば』だった。
「これは名作だよ」
「ベニスの映画賞をもらってますね」
「ふふ。陸軍の肝いりだ」
「重機に歩兵砲、戦闘工兵に航空支援」
「どうだ。思い知ったか」
「ちょっと潤沢過ぎませんか?」
「そうか?」
「でも、帝国歩兵戦術の雰囲気は出てます」
「これぞ肉弾戦法だ」
「浸透戦術でしょ」
「そうとも言う」
「戦争のプロが肉弾とかおかしくないですか」
「はて。それもそうだな」
「中隊長も小隊長もけっこうな年ですね」
「菊は召集兵だからな。見ろ、兵も若くはない」
「米国では反戦映画との評判です」
「なに」
「歩くばかりで、苛酷だと」
「帝国陸軍は正直なのだ。国民に嘘はつかん」
「は?」
「歩く兵隊が、歩兵なのだ」
「たしかに。これだけ歩ける軍隊は日本だけでしょう」
「ふふふ」
「しかし、歩きますね」
「ああ」
「歩きますね」
「ああ」
「まだ、歩きますね」
「ああ」
「よくも、歩きますね」
「・・・」
「・・・」
「少しは楽させてやらんといかんか」




