山師
昭和16年10月22日水曜日、南満州、新民。
新民は、奉天から山海関へ走る奉山線に乗って西へ5駅目である。新民駅で降りた探索隊は、指示された駅の近くに本部と兵舎を設定する。
増田信男の正面には見渡す限り平野が広がっていた。その下に石油がある、らしい。
遼河は、内蒙古からの本流の西遼河に、吉林山麓からの支流の東遼河が合流した大河である。双遼で合流して遼河となってからは南へ流れ、渤海へ出る。鉄嶺のあたりから平野となり、満洲平原のほとんどを形成している。遼河平野は湿地帯や池沼が多く、鶴や鴨が多く生息している。
その遼河平野の東側を大連から新京へと満洲鉄道が走っている。日露戦争の昔で言う南満洲鉄道、今は連京線だ。西側には低い山地があって、それを越えると阜新である。阜新周辺での油田試掘が中止されたのは、ほんの4ヶ月前であった。
増田の横に日鉱の技手らが並び立つ。
「なるほど、これは匂う」
「山向うの阜新とは違うな」
「ぷんぷんするぜ」
「先生、山師でやっていけますよ」
技手らは護衛の兵と一緒に、列車から降ろした機材や装備を本部へ運ぶ。
そこへ、護衛部隊を率いる冬津中尉が一人の年輩の男を連れてきた。男は中山服を着ている。もちろん、農夫でも坊主でもない。
「増田先生。こちらは李先生です」
(李先生?支那人か)
「増田先生、李五光です。大阪高等工業学校に留学していました。今は南京大学にいます」
聞いたことがある。大阪高等工業は、今の大阪帝大の工学部だ。増田は必死で記憶を手繰った。
え。大先輩だ。南京にいるどころではない、南京大学の学長じゃなかったか。地質力学を創設した大学者じゃないか。
「増田先生、先生の新理論は素晴らしい。これは地質学の大進歩です」
そう言われても、増田には感激がない。そもそも増田の理論ではないのだ。増田は大汗をかいていた。冷汗三斗だ。
「この地を選ばれたのも増田先生ですね。確率は高いと、わたしも思います」
流暢な日本語で李は続ける。
「大学で学生に古説を収集させてました。この辺りも燃える水や燃える気の伝承が多い」
「そ、そうなんだ」
技手らと李学長の太鼓判で、ようやく増田にも自信が湧いてきた。
地図を出すと、測線と実際の地形を見比べる。隣から、李が覗き込む。
「これはすごい。もう測線を引いてあるのですか」
「え、ま、まあ」
「増田先生。わたしが乗って来た車があります。見に行きましょう」
「李先生、それは困ります」
冬津中尉が反対する。警備の都合だろう。
「いいじゃないか。わたしも見たい」
「山田少佐、そんな」
「独立守備隊は昨日から出動しているのだろ?」
「はっ。そうですが」
「なら、問題はない」
結局、予定を前倒しにすることになった。
増田と技師たちを乗せた自動貨車の後ろに、山田少佐と李が乗る4輪乗用車、最後に冬津中尉と護衛の兵隊を乗せた自動貨車の3台。それを、側車付2輪が先導する。一行は、黒山に向けて新民の本部を出発した。
自動貨車の荷台に広げた地図を見ながら、増田と技師たちが測線を確認し、機材配置の段取りを打合せする。視界の妨げになる幌は降ろしたが、周囲は兵隊でぎっしりで見通しは悪い。第1独立守備隊は、昨日から緊急演習を行っているらしい。
「李先生、どうです?」
「え、何でしょう、山田少佐」
「いや、本官は学問の方はさっぱりでして」
「ああ、探鉱の方ですか」
「見込みはあるのですか?」
「はい。十中八九は間違いない」
「そんなに!」
「配置さえ間違えなければ完璧です」
「そうですか」
「それより大連の方は?」
「中将閣下はお待ちです。便も船ごと抑えてあります」
「寄り道して申し訳ないですね」
「いえ。最初からの条件ですから」
「お世話になります」
「しかし、ご自身で立ち会う必要があるのですか?」
「これは世紀の瞬間ですよ」
「へえ」
(日本ではなく、われわれにとってね)李は心中で呟いた。




