内閣統一見解
昭和16年10月22日水曜日、首相官邸
午前9時、閣議が始まった。
「では、国策再検討要目に基づいて内閣の統一見解を決定したい」
「各大臣からの検討の結果をまとめてあります」
「結論はだいたいのところが・・・・」
「「「「どきどき」」」」
「負ける戦には反対。以上です」
「「「「ぱちぱちぱち」」」」
ほとんどの閣僚が拍手する中、豊田海相が真っ赤な顔で立ちあがった。
「待て、聞き捨てならん」
「どうぞ」
「どうも。海軍が負けるとはどういう了見だ」
「いや、海軍とは言っておらん。日本が負けると・・・」
「同じことだ。対米英蘭戦となれば、海戦が必定。海軍が主」
「陸軍は従」
「そう。で、負けるとなれば、海軍が負けるということになる」
「そうでもないが」
「いや、そうだ」
「わかりました。海相のご意見を反映しましょう」
「当然だ。ふん」
「では、結論は~」
「「「「ごくり」」」」
「勝てない戦には反対。以上です」
「「「「ぱちぱちぱち」」」」
またまた豊田海相が立ちあがった。湯気が立っている。
「同じことではないか。ふざけるな!」
「いや、大きな違いと思いますが」
「なにを!」
首相が真顔で海相に説明する。
「負けるとは、帝国の陸海軍が壊滅し、さらに帝都を占領される。そういう状況だ」
「間違いなく敗北ですな。それは」
「あるいは、食糧・原材料の輸送・還流が途絶え、飢餓が起こり、生産が止まる」
「それも、敗北です」
「勝てないとは、陸海軍も帝都も残ってはいるが、戦線が膠着して動かない」
「先の大戦の独逸と同じ、いずれじり貧となるでしょう」
「何を言うか。帝国海軍は無敵だ。一発必中だ」
「しかし、米国東海岸の華盛頓までは届かんでしょう」
「当たり前だ。だが、主力艦艇を殲滅すれば米国も折れる」
「折れなかったらどうなりますか?」
「なにを!」
「海相。首相としてではなく、陸相として言うが・・・」
「お、おう」
「南京を落としても支那は折れなかった」
「「「「え、えええ」」」」
「正直、陸軍は支那事変では勝てない」
「「「「おおおおお」」」」
「そ、そんなこと言ってもいいのか」
「言っていい。閣議の場だ」
「そ、そんなあ」
「閣僚に申し上げる。陸軍は、支那では一度も負けてはいない」
「「「「こくり」」」」
「しかし、首都を落としても屈服しない支那に勝てる方法は、陸軍にない」
「「「「こくり」」」」
「支那全土を占領するのは無理だし、数億の人口を治めるのも不可能」
「であるから、外相が日米妥結に必要と言われれば、支那から撤兵する」
「「「「おおーっ」」」」
「いいのか、陸相。いや首相。あれ。やっぱり陸相」
「よろしい。陸軍は政府の決定には従うし、従わせる」
「そ、そうなのか」
ようやく豊田海相が着席する。
年配の藤原商工相が海相に言う。
「聞くところによると、豊田大将ご自身は対米戦には反対でしたな」
「う、うむ。いまも反対だ」
「では海相としての御意見も反対でよろしいのでは」
「いや、それでは海軍がまとまらん」
「「「「えええーっ」」」」
「あれ。しまった?」
「「「「じーっ」」」」
「げふんげふん、げふん」
「「「「・・・・」」」」
「わかった。海軍は勝てない戦には反対」
「「「「ぱちぱちぱち」」」」
「1つだけいいか?」
「どうぞ、海相」
「負ける、勝てないは誰が決める?」
「それは、統帥部でしょう」
「さよう」
「では、結論を、勝てる戦には賛成~っ、ではどうだ?」
「「「「え、えええ?」」」」
「豊田さん、ああた」
「なにぃ」
「閣僚全員がそこを検討した結果が、負けるあるいは勝てない、なのですよ」
「勝てると結論された閣僚はおられません、一人も」
「うう」
「海軍もですよ。読みますか?」
「もういい。海軍は勝てない戦には反対」
「勝てない戦には反対、これを内閣の統一見解として連絡会議に臨みます」
「これにて閣議は終了」
「なお、議事録は各省に持回りますので、ご署名ください」




