表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
LN東條戦記第1部「不戦宰相」  作者: 異不丸
第1章 卿に組閣を命ず
2/43

明治神宮

昭和16年10月17日金曜日夕方 明治神宮


陸軍大臣秘書官の赤松貞夫は、陸軍大臣の東條中将に従って参拝していた。

まさか、東條が神頼みをしているとは知る由もない。

赤松は、一昨日の10月15日に陸軍大佐となった。

陸軍大臣の東條とは長い付き合いだ。因縁とも言える。

中尉の時は、歩兵第一連隊長の東條大佐の副官となり、陸大受験の指導を受けた。

東條少将が陸軍次官になると、秘書官に望まれ、あやうく欧州留学を棒に振るところだった。

やっとの欧州留学から戻ると、今度は東條陸軍大臣の秘書官である。

「やれやれ、いつになったらこの人と離れられるのか。もう大佐だと言うのに」

参拝をすますと、神官に誘われて社務所に向かう東條と別れて、赤松は車に戻った。


適当な頃合で社務所前の車寄せへ回そうと思ったが、例によって陸相は自分で駐車場に戻ると言う。

赤松にとっては慣れっこである。車に入って待つ。

なかなか東條は戻ってこない。

「大佐と言えば連隊長だが、東條さんに付いている限りは無理だな。あ~あ」

ぼやきながら、赤松は時計を見る。

「え」

赤松の時計は、ぐるぐると異常な速度で回っている。

「なんだ?」

おいっ、と声を出した。が、運転兵は返事をしない。

車の窓から外を見ると、本殿の方が青白く輝いている。

悪寒を感じて、赤松は、鞄の中の拳銃を確かめると、腕時計を見直した。

今度は、針が止まっている。眩暈を覚えた。体中の体毛が総毛立つ。

脈拍も上がったようで、さらに体重が重く感じられた。地震か?とも赤松は思う。

その時赤松は感じた。体ではなく心の奥に、重い重い衝撃を感じた。

ど~ん。


三人の男が立っている。

一人が言う。「着きましたね」

「ああ。これからだ」一人が答える。

もう一人は腰を落して、あたりを見回している。

「どれくらい持ち込めた?」

「やはり、背負った分だけみたい。ダンボール箱は着いてない」

「前と同じか、仕方がない。なんとかするさ。さて」

「まずは、君ら二人の住まいだ。今晩から忙しい。憲兵を呼んで頼むとする」

「早速、憲兵ですか」そう返事する声は、しかし弾んでいる。

「ま、今このときは憲兵が一番だ。直に呼べるからな」

「「・・・」」

「好きに使っていい。なに、死ねと言えば死ぬよ、大丈夫だ」

「流石ですね、東條さん。口調も変わっていますよ」

「ま、君たちの言葉で言えば、ホームだからね。では失敬するよ」

「東條さん、御武運を」

「ありがとう」


赤松が本殿を見ていると、青白かった屋根に赤みが戻りつつあるようだ。

腕時計を見ると、針はもとのようにゆっくりと刻んでいる。

外を見ると、陽炎のような3つの柱が近づいてくる。

陽炎は、人の形に集束しつつある。

しゅしゅしゅ、しゅ~っ。

赤松秘書官は、書類鞄の中の拳銃を握り締めた。なむさん。

「赤松、どうした」唐突な声は、東條陸相のものだった。

「はあ」毒気を抜かれた赤松は返事をした。汗でびっしょりなのに気がついた。

戻ってきた東條は、東郷神社に行くように赤松に告げた。

そのあとは靖国神社へ行くのだ、と言う。

「どうされたのです」

「組閣の大命を拝した。恐懼で何も奉答できなかった。お上から漸時の猶予をいただいた」

「ただただ恐れ入り、この上は神霊のご加護をと思い、参拝することにした」

「そうでしたか」赤松も驚いて、続ける言葉がなかった。

すると、

「神慮というものはあるものだな」そう、東條陸相は呟いた。

「は?」赤松は、しばらく陸相の顔を見つめていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ